02 二人の王子の裏の顔
少し吊り目でくりっと丸みを帯びた、猫みたいな目。
そこに嵌められた
真っ黒で細くて固そうな髪は鋭く光る眼のすぐ上までかかっていて、本来なら憎めなさそうな童顔に陰影をつけて謎めいた印象を作っている。
イケメンなのは認めるけれど、なんだかすごく感じの悪い人物だった。
「連れて来られただけなのに酷い言われようですね。やっぱり私帰ります!」
背中を向けて重そうな扉を押し開けようとすると、在人さんが慌てて体を入れてドアの取手に手を掛けてきた。
「ごめんね。
取手を押す私の手に在人さんの細くて骨ばった指先が触れる。
縋るように見つめられて「真瑠璃ちゃん」なんて呼ばれたら、瞬間で沸いた怒りだって鎮めざるをえない。
促されるままに、私は渋々と欧理という男と同じテーブルの席についた。
正面に座る彼は黒スキニーを纏った足を邪魔そうに組み、腕組みをしたままそっぽを向いて黙っている。
在人さんほど長身ではないけど、小顔で長い手足。
スタイルの良さは座っていてもよくわかる。
「込み入った話をする前に何か飲み物を用意してくるよ。真瑠璃ちゃんはコーヒーか紅茶でいいかな?」
「じゃあ、紅茶でお願いします」
「オーケー。ちょっと待っててね」
在人さんはにっこりと笑みを浮かべたまま、ホールの奥へとつながるカウンターの向こうへ行ってしまった。
欧理と二人きりのテーブルに沈黙が重くのしかかる。
「定休日って言うから、誰もいないと思ったのに……」
呼吸もままならないほどの気まずさに耐えかねて思わず愚痴をこぼすと、前髪の奥から殺気すら感じさせる眼光がこちらへ向けられた。
「自分の店にいて何が悪いんだよ」
「えっ? ここって在人さんのお店なんじゃ──」
「人の話をよく聞けよ。在人は “僕たちの店” って言っただろ。
カフェの共同経営者!?
在人さんが優しい正統派の白王子ならば、
こんな男が接客業なんてできるのかしら。
「今失礼なこと考えてただろ。無愛想でいけすかなくたっていいんだよ。俺は厨房担当で客の前には滅多に出ないから」
「ぐ……っ」
この男、人の心が読めるんだろうか。
「あんたが顔に出るタイプなだけだ。在人の容姿につられてのこのこついてきたんだろうが、そんな甘い話じゃない。怖い目に遭いたくなけりゃ今のうちに帰んな」
「ナンパについて来たわけじゃないもん! 見えないものが見える私に話があるっていうから、詳しく聞いてみたくなっただけ。私に霊が見えてることを、在人さんは気づいてくれたから……」
物心ついた時から、他のみんなに見えてないものが見えていた。
見えてるものを誰かに伝えても、信じてくれる人はいなかった。
トシエばあちゃんを除いては──
「おばあちゃんが亡くなってから、こんなこと誰にも言えなかった。だから話をしたかったの。これまでにあった、色んなことを」
さっき見かけた猫の死霊。
社長に取り憑いた怨霊。
周りのみんなには見えていなくて、私だけが怯えていて。
トシエばあちゃんから教わったおまじないだけじゃ心もとなくて、誰かに相談したかったんだ。
目の奥がじわっと熱くなったけど、こいつの前で泣きたくはない。
涙腺をぐっと引き締めて睨み返すと、漆黒の瞳を僅かに揺らした欧理はふいっと横を向いて黙り込んでしまった。
「お待たせしました」
トレイに湯気のたつティーカップを二つ、オレンジジュースのグラスを一つ載せた在人さんがカウンターから戻ってきた。
ティーカップを私の前に、オレンジジュースを欧理の前に、そしてもう一つのカップをテーブルに置くと、彼はその前にある布張りの椅子に腰掛けた。
「さて、まずは改めて自己紹介をしようか。僕は
「……私は
私の自己紹介に、真横を向いていた欧理が視線だけをこちらに向けた。
そんな僅かな反応に在人さんが軽く頷き、穏やかに微笑む。
「真瑠璃ちゃん。君に霊が見えているということと、突然のリストラ。さっき話を聞いたときに、僕はそこに因果関係があるかもしれないって思った。欧理も同じ考えみたいだ。会社で何があったのか、詳しく聞かせてくれないかな」
この二週間ほど一人で抱えていた恐怖を掬い上げてもらえる安心感が、緊張を一気にほぐした。
半月ほど前から、勤めていた会社の周辺でサラリーマン風のおじさんの霊を見かけるようになったこと。
その霊が程なくして社長に取り憑いたこと。
怖くなっておまじないを唱えたら、怨霊の怒りをかったこと。
その翌日に社長から突然解雇を言い渡され、有休消化の形で有無を言わさず追い出されたこと。
これまでの経緯を洗いざらい説明すると、たくさん頷きながら聞いてくれていた在人さんが私に尋ねた。
「真瑠璃ちゃんは今、怨霊に向かっておまじないを唱えたって言ったよね。どんなものか教えてくれるかな」
「はい。亡くなった母方の祖母も霊が見える体質だったらしく、悪霊から自分の身を守るときに唱えなさいって教わったものなんです。“オン トナトナマタマタカタカタカヤキリバ ウンウンバッターソワカ” って……」
自分でもまったく意味不明の言葉を口に出した途端、視線だけを向けていた欧理の童顔がぐりんとこちらを向いた。
「それは護身結界の真言じゃないか。あんたのばあさんはどこでそれを……」
「その昔、祖母の故郷にあったお寺のお坊さんに教えてもらったと聞きました。このおまじないのおかげで、祖母は悪霊に取り憑かれることがなかったって」
欧理にではなく、在人さんに視線を向けてそう告げる。
「なるほど。社長に憑いた怨霊は、真瑠璃ちゃんが真言を唱えたことで浄霊されることを恐れたんだね。護身結界を張られて自分では手出しできないから、社長に真瑠璃ちゃんを解雇させて自分から遠ざけたんだと思うよ」
「そんな……。霊が見えたって私には浄霊なんてできないのに……。怨霊に憑かれてから、優しかった社長は人が変わったように社員を酷使し始めて、どんどん痩せこけていったんです。社長が元に戻れば私だって復職できるかもしれないし、その怨霊をなんとかすることってできないんですか?」
「うん。できるよ」
詰め寄った私に、拍子抜けするほどあっさりと在人さんが答えた。
「カフェの経営は表向きで、実際には僕たち二人は怨霊を浄め鎮める仕事を請け負っている。――いわば
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