第55話:past. How to prevent you from dying


 草原で胡坐をかいて座っていると、声をかけられた。

 それはイクスが渇いた大地の上で水を探し求めている――審判になるより前の出来事。

 イクスが背後を振り返って見上げると、太陽の光を背に、プラチナブロンドの髪をした有名人が立っていた。白く澄んだ肌と、金色の瞳が此方を見ている。


「……ウルド・ユーツヴェル。なんの用だ?」


 刺々しく、イクスは吐き捨てる。

 ウルド・ユーツヴェル。

 彼の存在は、貴族社会に興味がないイクスですら知っている。

 将来的に、軍属か審判に所属する人間たちが勉学を学ぶ場所に在籍するウルドはあまりにも異色だった。

 貴族の中での最上位に位置する人間に、この場は必要ない。

 目的のために貴族の養子となった、モルス街出身の異端児であるイクスも奇異の対象ではあったが、ベクトルが違う。

 イクスに好意的な人間はおらず、学校内では常に一人だった。

 仲間たちと切磋琢磨するにもその相手がいないが、別に問題はなかった。

 イクスはあくまでも吸血鬼を沢山殺すための手段として審判になりたかったし、そのための道でしかここはない。


「イクスさんが、審判になりたいと耳にしたから忠告をしようと思って声をかけたんだ」


 草をむしって投げなかったのはなけなしの理性だ。


「俺はそのために、此処にいる。どうしてそれを赤の他人に、忠告として否定されなきゃいけない」

「死ぬことを選んでいるから」

「……ウルド・ユーツヴェルこそ、どうしてこんな場所にいる。軍属に所属するために、此処へ来ている貴族も少数ながらいるが、お前はそれすら必要ないだろ」


 異色の存在。王族に次いで権力を有する大貴族ユーツヴェル家の嫡男であり、次期当主だ。

 何もしなくても未来永劫、ぬくぬくと温室で生きていける正真正銘の御曹司。


「ああ。君は知らないか。譲ったんだ」

「は?」

「君の質問の答えだよ。弟が家督を欲しいっていったから、僕は此処にきたんだ」


 柔和な表情を崩さないウルドは、貴族に多い傲慢さはなかったし、モルス街出身のイクスを見下す様子もない。

 汚らわしいと抱く感情すらなかった。


「お前、馬鹿か?」

「馬鹿とはあまり言われたことがないかな。新鮮だね」

「……嫌味か……」

「違うよ」


 平坦に応じる様は、柔らかいのに感情が足りないようにイクスには思えた。

 激情をもって吸血鬼を殺そうと思っている自分とは正反対だから、そう読み取れるのか――それとも、人の感情の機微を読み取るのは、得意ではないイクスですら読み取れる程に異質なのか。


「忠告はしたよ。君は、審判になるべきではない。審判になったら死ぬよ」


 淡々とそれだけを告げて、ウルドは去っていった。

 真っすぐに伸ばされた背筋からは、一度も人生に挫折したことがないような過去が見えて、イクスは苛立った。


「なんなんだ、あの男……」


 舌打ちは、心地よい陽気の中に溶ける。



 初めてウルド・ユーツヴェルと出会ってから数週間が経過した。

 イクスは相変わらず一人だったが、不自由はなかった。吸血鬼を殺せればいい。それに、鍛えるにしても同級生では殆ど相手にならなかった。

 期待はしていなかったが、正直弱くて失望した。

 好意的な視線は向けられないが、虐めの対象にならないのは、イクスが強いからだ。自分より強い相手は、虐められない。

 その時、ふと廊下から外のグラウンドを見ると、別クラスが実技実習を送っていた。剣を構えて打ち合っている一人が、ウルドだった。

 イクスはその様子を廊下から眺める。ウルドと打ち合っている男からは、ウルドに対して委縮した気配は伝わってこなかった――というよりも、ウルドの攻めを捌くのが手一杯で余裕がないのだ。程なくして決着はついた。ウルドが鮮やかに勝利を決めている。


「へえ」


 イクスは思わず感嘆の声が出る。気分が高揚したのは、久しぶりだ。

 学業は苦手だが、それを補って余らせる実力のお蔭で、クラスの人間ではイクスの相手にはならなかった。

 ウルドは、イクスの目から見ても強かった。




「ウルド・ユーツヴェル」

「ウルドでいいよ」


 夕刻。イクスはウルドを探して声をかけた。ウルドは、一人で本を読んでいた。夕焼けの中で、ウルドはより一層上品に映り、知らず知らずのうちにイクスは舌打ちをしていた。


「この間は、なんで俺にあんなことをいった?」

「ああ、審判に向かないよって話?」

「そうだ。俺は審判になって吸血鬼を殺すために、貴族の男に養子にしてもらったんだ。なのに審判になったら死ぬって――俺の目的を全否定したいわけか?」

「君は審判には向かないんだ。だから、止めたんだよ?」

「……断る」

「どうしても?」

「俺が向かないのか理由も言えないような言葉をかけられて、どうして、はいそうですかと頷かなければいけない」

「それもそうだね。でも、理由が、君の審判になったら死ぬことに直結しているんだよ」


 感情がないのかと思わせるほどに、平坦にウルドは答える。


「まあいい……ウルド」

「なんだい?」

「手合わせしてくれ。俺のクラスだと相手になるやつがいない」

「知っているよ。君、実技は飛びぬけているって。素行は悪いし、態度も悪いし、モルス街出身だけど、実力だけは驚嘆だって話しているのが聞こえた」

「そうだ。だが、今日。お前のクラスの実技をみた」

「ああ、それで僕と手合わせを希望したんだね。いいよ、君がそれを望むのなら」


 イクスは、切磋琢磨できる相手を見つけた。ウルドはイクスの剣技を的確に受け止めていなしてくる。実力はほぼ互角だった。攻めへ転じるのはイクスの方が早いが、守りはウルドの方が上だった。イクスは次第にウルドと過ごす時間が増えていった。ウルドは知識も豊富だったので、学力試験の前に勉強を教えてもらうことも多々ある。補講に引っかかりたくはない。


「そういえば、どうしてウルドは俺に話しかけてきたんだ? 俺は、モルス街出身の、得体のしれないやつだし、赤の他人に死ぬから審判になるなよって忠告するのはおかしな話だろ。俺が一人死んだところで、道端のゴミと同じだ」


 一通り打ち合いをしてから休憩をしている時、水筒を手にしながらイクスは尋ねる。清涼な風が肌を撫でて、汗を冷やしてくれる。


「自分を卑下するのはいかがなものかな。君がモルス街の出身だから話しかけてはいけない、なんて理由はないし、差別する理由に、そんなものはないよ」

「……やっぱさ、ウルドっておかしいよな。お前、ユーツヴェルだろ。お前より偉い貴族何て王族しかいないんだぞ」

「そうかな?」

「汚れた物には手を触れたりはしない。汚い、と思うだけだ。好奇心もないのに、それが出来るのはおかしい奴だけだ」

「イクスは汚れてはいないよ」

「…………俺は偶にウルドの将来が不安になる……」

「そう?」


 他愛ない会話は、理解できないことが多かった。イクスにとってウルドは未知だった。

 もしかしたら天上の貴族は、そんなものなのかもしれないとさえ思った。

 イクスを養子にした貴族の男は、物好きの審判だった。審判になりたいというイクスの申し出を受け入れて養子にはしてくれたが、それだけだ。

 多分、面白いと思ったのだ。

 興味本位で、虫かごに虫を入れているようなものでしかない。それでよかった。レーゲース街にいれば審判になれるから。

 ウルドに何回か忠告をされたけれど、イクスは審判以外の道を選ぶつもりは毛頭なかった。

 ある日。ウルドは言った。


「僕も審判になるよ」

「は? なんで」


 審判は吸血鬼を殺す組織であり、死亡率が高い。

 貴族の人間で審判を選ぶなど、余程の物好きか狂人しかいない。

 ましてやウルドは大貴族ユーツヴェルの嫡男だ。家督を弟に譲ったとはいえ、死地に赴くことなど通常あってはならない。軍に所属して将校になるべきだ。

 貴族であれば、表立って前線に出されることもない。


「イクスは審判になるのだろう」

「ああ」

「なら、僕も審判になるよ。イクスが一人で審判になったら、君は死んでしまうからね」


 何でもないことのようにウルドがいった瞬間。

 イクスは鳥肌が立った。それは、何でもないことのように言っていい台詞ではない。


「は――? 俺が、審判になるから、ウルドもなるのか?」

「そうだよ。何も、問題はないだろ。僕が審判になれば、君は死なないよ」

「……ふざけるな!」


 ウルドの胸倉をつかんだが、その優しさで構成されたような顔は崩れなかった。


「優しさのつもりか、施しのつもりか! 俺は弱くない。お前がいなくても、審判として吸血鬼を殺していける!」

「優しさでも施しでもないよ。僕は単に事実を云っただけだ。それに、親友が死ぬとわかっていて何もしないのは、だろ」


 イクスは理解した。ウルドは、そうであると定義した行動に従っている。イクスと親友になったから、ウルドは親友が死なないために審判になる道を選んだ。

 ウルドにとっては、何でもない日常なのだ。

 最初、ウルドがイクスに忠告だけしたのは、同じ学校の同僚が死ぬとわかっているのに死なせるのは、道徳的によくないと思ったからに過ぎなかったのだ。

 親友になったから――審判になると、彼は言った。

 誰にも隔てなく、ウルドが接する。モルス街出身のイクスにすら、変わらないように接する。それは優しさではない。


「ウルド。お前、自立しているけど、人形なんだな。感情を理解できないか。誰にも分け隔てないのは、ウルドが優しいからじゃなくて、優しいを理解できないから、外付けの『優しい』に定義されるものを実行しているに過ぎない、そういうことか」


 困っている人に手を差し伸べるのは、助けたいからではなく助けることが、人として当たり前である、とウルドが認識しているから。

 それはウルドの意思ではあるけれども――感情ではない。


「イクスが云っていることを、僕はくみ取れないけれども、イクスにとって不満かい?」

「いいや。違うよ。でも、審判になって未来を棒に振っていいのか」


 ウルドの金色の瞳が、柔らかく細まる。イクスは掴んでいた手を離した。


「僕が進む道にあるものが、棒に振った未来であるわけはないよ。僕が、選んだのだから」


 イクスは笑った。上手く笑えたかは、わからない。

 ただ、わかるのは、ウルドの忠告は正しくて、ウルドのとった行動がなければイクスは死んでいたということだけだ。

 けれど、この時はまだ、意味を理解していなかった。



 学校を卒業して、正式に審判へ加入するには、審判のトップとの面談が必要だ。

 そこで認められなければ審判にはなれない。

 面談の順番はウルドが先で、それから数名続いたのちにイクスの番だった。審判になると誓った日から年月が経った。ようやく、夢を掴める。

 イクスは柄にもなく緊張していた。

 モルス街で審判にもならず吸血鬼を狩る道もあった。少なくとも、レーゲース街の学校へ通っている期間は、誰も殺すことが出来なかった。

 けれど将来的に考えて、審判のイクスであることが、より多くの吸血鬼を殺せる道に繋がる。一人では限界がある。吸血鬼を沢山、イクスは殺したかった。

 程なくして、イクスは呼ばれた。

 深呼吸をして、扉を開けた――その先にまっていたのは金髪の男だった。面接官というには若く、そして横柄だ。

 広々とした室内で、椅子に足を組んだまま座った男に、イクスは対面で座るように促され、失礼しますとお辞儀してから椅子に座った。

 金髪の男は、笑いながら告げた。あっさりと。


「俺が審判のトップ。ユベル。吸血鬼だ、宜しくはしなくていいぞ」


 瞬間の記憶がない。

 イクスは、気づいたらユベルに殺されかかっていた。


「知っているか? 審判の死亡率が何故高いのか。それは俺が殺すからだ。俺に従えない奴をな」

「吸血鬼を殺す組織が! 吸血鬼を囲っているのか!!」


 血塗れになりながらも殺意を向けて、イクスは刀から手を放さない。

 ユベルへ切りかかるが、吸血鬼の証である魔術によって、身体が無数に切り裂かれる。膝をつく。視界がかすむ。


「ああ。そうだ。俺が吸血鬼を滅ぼしたいから作った組織だからな。だが、俺が吸血鬼だと従いたくない奴らが一定そういる。そのための面談だ。ようは、俺が吸血鬼と知っても審判に入るかどうかを確かめている。拒絶したやつは、俺が殺す。秘密は外に、漏らせないだろ?」


 イクスは理解した。

 ウルドは――ユーツヴェルの名を持つ親友は、審判のトップが吸血鬼だと最初から知っていた。だから、イクスが死ぬと告げたのだ。

 吸血鬼を殺したくて殺したくて、殺意を常に燃やしているイクスが、吸血鬼ユベルの存在を知って刃を向けないはずがない。火を見るより明らかだ。

 そしてウルドは、イクスではユベルには敵わないことを知っていた。

 吸血鬼を殺したくて、貴族の養子になったイクスに対して、審判のトップは吸血鬼だから死ぬよ、なんて真実は告げられないだろう。

 いや、極秘事項でウルドは『秘密事項』であるがゆえに告げられない、という可能性もある。

 傷みよりも怒りが上回っていた。

 審判になるために、ここまできたのに、実情は、吸血鬼がトップにいる組織だった。あまりにもふざけた結末だ。到底受け入れられない。


「ほお。まだ俺に歯向かうのか、どうせ勝てないのに」

「吸血鬼なんかに、まけて、殺されて、たまるか。ふざけるな」

「無理だ。お前では俺には勝てない。俺にとっては、人間も、吸血鬼も。等しく格下だ」


 傲慢に吐き捨てられた言葉を証明するかのように、満身創痍で指一本まともに動かせないイクスへ、止めの一撃が放たれたとき、イクスを庇う存在が刃を弾き飛ばした。

 ユベルも、イクスも、乱入者に目を丸くする。


「う、るど……どうして」


 イクスは忘れていた痛みが、襲ってきた。倒れた身体を満足に起こすこともできない。声すら、掠れる。

 乱入者――ウルド・ユーツヴェルは何でもないことのようにイクスへ微笑んだ。


「すでに試験に合格したお前が、この男を助けるというのか?」


 ユベルは理解できないと顔を顰めながら、ウルドに尋ねる。

 血濡れたサーベルを振るえば、血が地面に飛び散る。


「親友ですから。友を助けようと思うことは、当たり前でしょう」

「助けられはしない。俺とこいつの力量差が明確なように、お前と俺の力量差もまた明確だ。勝てる見込みなど万に一つもない」

「そうでしょうね。けど、貴方は私を殺すことはできない」


 真正面からウルドが見据える。揺らぎのない真っすぐな瞳。


「……そうだな。ユーツヴェルの嫡男であるお前を殺すことはできない。けど、痛めつけることはできるぞ」


 口を歪めユベルは楽しそうに笑った。


「構いませんよ。親友が、それで死なないのであれば」


 ウルドは特に迷う素振りもなく即断した。ユベルは、不快そうに顔を歪めた。


「ユーツヴェルの男が、この男を庇うのか?」

「ええ、親友ですから。当然ですよ」


 イクスは笑いたくなった。ウルドがいれば死なない、といった意味も理解できた。

 ウルド・ユーツヴェル。大貴族の嫡男。その存在をもって、イクスを助けるということだったのだ。

 ウルドは、殺せない。彼はただの貴族ではない。王族に次いで地位のある貴族。それは、流石に審判のトップであり吸血鬼ユベルといえども、殺すことはできない対象なのだ。


「愚かな男だ。すぐに、その言葉後悔させてやる」


 ユベルは、甚振るようにウルドを攻撃する。ウルドは避けもせず、悲鳴を上げることもなく切り付けられた。

 イクスは足掻こうとして、目障りだとユベルに鎖で拘束をされる。


「お前は、何もできずに見ていればいい」


 冷淡に告げられた言葉通り、目をそむけたくなる地獄が、そこにはあった。

 イクスがユベルを許容できなくて刃を向けて死ぬだけだったの未来に、ウルドは介入した。結果、拷問まがいの行為を受けている。それでもウルドは、何も言わない。

 淡々とした眼差しにユベルは嘆息してからウルドを押し倒した。ウルドは抵抗をしない。まるで、人形のようだ。


「吸血鬼の血は、人間にとって毒だ。特に俺の血は、な。精神が壊れるかもな。でも、生きているから、いいよな別に」


 ユベルは自分で腕を切り裂いて、ウルドの口内へ血を滴らせた。ウルドは目を開いて、その時、初めて悲鳴を上げた。苦痛が全身を張り巡らせて、身体が反射的に動こうとするのをユベルは押さえつける。

 閉じることのできない口からの悲鳴は、ウルドが生きていることを証明していた。

 イクスにとって、ウルドは空っぽの人形のように思えていた。けれど、違った。

 悲鳴は次第に収まった。吸血鬼の血による毒の効果は消えるのが早い。その代り濃縮された毒が身体を回る。


「へえ。壊れなかったか」


 ユベルが意外そうに笑った。ウルドは生理的に流れた涙を見せながらも、やめてと懇願はしなかった。


「いいだろう。ウルド。もう一度、俺の血を飲め。自分の意思で、俺の腕を切り裂いて、血を飲め。そうしたら、イクスを殺さないでおいてやる」

 

 ユベルは、二度目はないと確信していた。

 ウルドは初めて、悲鳴を上げた。

 それ以前の行為だって生ぬるくはなかった。散々傷つけた切り付けたのに、悲鳴を上げなかった。

 その我慢強い男が、初めて悲鳴を上げた。潤んだ瞳も、痛みを如実に物語っている。


「わかりました。約束ですよ。イクスを殺さないでくださいね」


 ユベルの予想に反して、ウルドは迷う素振りすらなく直に頷いて、ユベルの腕を切り、流した血を舌を出して舐めた。激痛に顔を歪めながらも、彼の腕が再生して血がなくなる――まで。


「これで、良いですね。ユベルさん」


 その光景に、イクスもユベルも唖然とした。異質さは、恐怖すら与えるのだ、と。

 ユベルは辛うじて言葉を返す。


「あ、ああ……。約束は守る。イクスも、殺さない……」

「有難うございます」


 お礼を言う光景が、ユベルには酷く不気味で悍ましいものに見えた。なのに、心が揺さぶられた。

 どうしてだかわからないけれども、ウルドに酷いことをしてしまったのだと気づいて胸が痛くなった。

 大けがを負ったイクスもウルドも暫くは療養した。ユーツヴェルに知られると流石に厄介なので隠すことにしたとウルドは感慨なく言った。


「……ウルド。馬鹿か」


 病室でイクスは、顔を歪めて吐き捨てる。


「失礼だな。少なくともイクスよりは、利口だよ」

「そういう意味じゃない! お前は最初っから全部知っていたんだろ」

「そうだよ。だから、吸血鬼に憎悪を向けているイクスでは死ぬ。でも僕は貴族だからね。間に割って入れば、君を生かすことが出来る。親友を死なせない方法があるのにそれを使わないのは、親友とはいわないよ」

「……ウルドは無用な傷を負った。あんな……あんなにも、甚振られる必要は、なかっただろ。俺を見捨てれば良かった」

「イクスは助かった。なら、何も問題はない」


 問題はある――俺の心に、とまではイクスも言えなかった。

 ユベルが時折お見舞いにきたのが、不思議でイクスは吸血鬼の顔を見るたびに苛立った。


「俺にだって良心くらいはある。それとイクス。お前は殺さなかったが、どうするんだ。審判をやるのかやめるかは、選ばせてやる。大人しく古巣に帰っても生かしたままだ」

「ウルドが作ってくれた道を、引き返すわけがないだろ。審判に入る。俺は――吸血鬼が嫌いだ。お前を含めて。吸血鬼は、全員殺す」


 吸血鬼が殺すほどに嫌いだが、それでも審判に所属しない道はなかった。

 

 月日は流れ、イクスの目にも理解できるほどユベルがウルドに依存した時、全ての吸血鬼を殺した暁には、最後の吸血鬼としてユベルを殺す約束をした。

 ウルドがいない世界など生きている意味がないというユベルを殺す方法を、イクスは知っていた。

 約束を果たす以前だとしても、ウルドを殺せばユベルは自らの命を絶つ。

 けれど吸血鬼を殺したいイクスであっても、親友を殺すことは出来なかった。





「はは――俺は吸血鬼を殺したいだけなのに、どうして悩ませるんだ」


 丘に佇み、イクスは――笑った。彼らが来る。ユベルを殺しに。

 無駄で無意味で愚かな行動だと嘲笑しながらも、歪んだ顔は隠せなかった。

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