第52話:誰よりも愛しきヒト

 

 それは前触れもなく起こった。

 暴力的なまでの圧倒的な光が、朝霞に後光を照らすように輝いたのだ。猛烈なともしびは後光としての役割を果たす以上の仕事をして、朝霞の姿すら塗りつぶしてしまっているけれども。

 イクスは目を細める。眩しすぎて何も見えない。

 だが、視界からの情報が全ての行動を決定づける程、頼り切っているわけではない。見えないのならば気配で対処すればいい、そうイクスが判断した時「ぐっ」と珍しすぎるうめき声が聞こえた。

 ユベルの姿は見えないが、間違いなくあの傲岸不遜な吸血鬼の声だった。


「――これは、まさか太陽ですか!」


 光の正体に気づく。

 暴力的なまでの灯は調整されたのか、それとも距離が移動したのか、眩しさは変わらないものの視界は色を戻し始めていた。


「あぁ。そうだ」


 眼前に朝霞が迫っていた。気配が薄く気づくのに遅れた。

 イクスは舌打ちをしながら朝霞の短刀を刃に触れないよう手で受け止める。朝霞は短刀を手放して、そのまま蹴りを入れる。腹に力を込めて少しでも痛みを軽減するが、鈍痛は伝わってくる。

 イクスは朝霞から距離を取り、刀を構え直す。痛みは無視できる。


「疑似太陽を作り上げるとは、面白いですね! なるほど、確かに無策ではないようですね」


 疑似太陽――吸血鬼として力の強いユベルは、現在の吸血鬼が弱点としないことを弱点として有している。最強の吸血鬼の欠点。

 その中の一つに太陽の光があった。

 とはいえ、太古の吸血鬼ではないので、日の元に出たからといって灰になって死ぬわけではないが、弱らせることはできる。

 何よりも、距離が近ければそれだけの効果が望める。

 疑似太陽は、本物の太陽よりも近く、そして光と熱をもたらしている。ユベルにだけ弱点で、朝霞やセンには害がないのもまた利点だった。

 本来ならばイクスを片付けてから使用するはずだったが、ユベルが出てきてしまってはそうもいかない。切り札を最後までご丁寧にしまい込んで使わないまま終わるわけにはいかない。


「偽物の太陽を作り出すとか、想定外だ」


 ユベルが苦笑いをしながら、息が苦しい中魔術を放つ。

 ほとばしる雷を前に、手毬がぽとんと落ちた。手毬は六つに割れて、雷を吸収して煙のように消えた。朝霞の幻術だ。


「……イクスに幻覚を見せたのは、そっちの小娘が幻術支援にたけていると誤認させるためか」

「まるで俺の落ち度だ、と言わんばかりの態度はやめてください」

「事実だ」


 イクスにとって、ユベルに言われるのは腹立たしい以外の何物でもないが、センが幻術を使ったのだと思っていたのは事実だ。

 実際には、センが術を使ったのだと思わせるタイミングで朝霞が幻術も併用したに過ぎない。

 そして朝霞が二人分の戦いに見せかけている間に、センが疑似太陽を発動させるための準備を練っていたのだ。既に後方支援をしている、と思いこませて油断させる作戦。

 格上相手に無策で挑む程愚かじゃないといった言葉は嘘偽りない事実だった。


「けど、解せないな。エミルといったか? 以前、襲撃してきた吸血鬼の名前。何故お前は手を組んで行動はしなかった。その方が勝率は上がっただろ」


 ユベルの言葉に朝霞は無数の蓮の花を咲かせながら答える。


「見解が一致しなかった。それだけだ。エミルは我儘なのさ。個で勝てないなら数で挑むのはいい。それは正解だ、そこに間違いはないと俺だって思う」


 朝霞はユベルとイクスとは距離を置いて幻の花を増やしていく。

 イクスは刀で切りかかろうとしたが現実と幻術の境界のせいでうまく立ち回れない。うっとおしくて仕方ないが、魔術を使えないイクスに幻術を消す方法はない。白く靄のかかった中で、泥から花が咲くのを待つしかない。

 ここが審判の拠点だと言われなければ忘却してしまいそうな程様相が変化していくので、もはや別天地にいる気分だ。


「だが、エミルは部下を見捨てられない。人間を不用意に巻き込みたくない。どうしようもなく甘かった」


 朝霞が腰帯から扇子を抜き取り舞う様に手首の捻り、風のうねりを生み出す。

 空白から突風の球が生まれ、イクスとユベルを襲う。動きが鈍いユベルを一瞥してから、イクスは刀で一閃して風の流れを変えて威力を霧散させる。ユベルは魔術で風を沈下させたが、肩に擦り傷を負った。右手で肩を撫でながらイクスを睨む。


「お前、俺を無視しただろ」

「当たり前です。どうして吸血鬼を助けなければならないのですか? その程度、自分でどうしようもないというのならばそれまででしょう」

「上司を何だと思っている」

「死んでくれればいいと思ってます」


 イクスとユベルが悪態をついていると、間に割って入るように朝霞が突撃する。イクスの刀と鉄でできた扇子が撃ち合う。流れるように脚を捌き、踊るように身体は動く。


「……エミルは、甘すぎた。最低限の犠牲だけで済まそうとするなんて甘い。自分より弱い吸血鬼に気を取られるから失敗する。相手は自分より格上だというのに。部下を見捨てられない。人間が被害にあわないようにしたいから、それを考えて失敗する。どれほど人間を巻き込んだってユベルさえ殺せればそれでいいのに、それが出来ないから――人間と吸血鬼を見分けることのできる子供を探し出したりしたんだ。馬鹿じゃないのか、そんな被害、そんな犠牲を受け入れられなくて最小限に済ませたいと願うことなんて、そんな贅沢を裏切り者の吸血鬼を相手にするものでも願うものでもない!」


 火花が散るような熾烈な撃ち合い。

 朝霞が耳を澄ますと心地よい旋律が聞こえる。センの歌声だ。疑似太陽を維持しながらの魔術。歌声が風に乗って魔術を運んでくる。しっとりとした柔らかさは活力をみなぎらせる。


「見捨てられないのに、数で押し切ろうなんて――矛盾している。矛盾しているんだ……がむしゃらなのに、チャンスを狙って虎視眈々と計画するのに、甘さを排除できない。けど、あいつにとっても俺の提案は受け入れられるものじゃなかった。だから手を組まず、己が信じた勝利の道へ進んだに過ぎない」

「なるほど。どちらにしても愚かですね。結局のところそれは二人とも最適解を逃していることになる」

「――なんだと」


 イクスがあざ笑う。いつの間にか足元にあった蓮の花は一つの巨大な花となっていた。


「だってそうでしょう? 双方の案を切り捨てて――融合して、そして二人で挑むが正解だったのではないですか?」

「――かもしれないな」

「ならば、その正解を選べなかった時点で、貴方もエミルも、最善からは遠いい。それを愚かと言わずしてなんというのです」


 ユベルがいい加減太陽の光はうっとおしいとばかりに魔術を放つと、幻術だったはずの花が突如実態として存在を替えて疑似太陽を守る守護者となり魔術を吸収した。


「まじか」

「そう簡単に消せると思うな」

「ははっ、そりゃいい――面白い」


 ユベルは口を歪ませる。

 飲み込んだ魔術もろとも、巨大な蓮の花は幻術へと戻り威力をなくし消える。地面が埋まっていた花はなくなり、土色が顔をのぞかせる。

 ユベルは疑似太陽を睨みつける。致命傷にはならないが、身体は普段よりも言うことをきかないしだるくて動きにくい。まるで風邪をひいたような感覚だった。

 もっともユベルは風邪というような症状とは無縁だから人間が風邪をひいたときの有様からの判断に過ぎないが。

 イクスの斬撃を受け止める朝霞。

 朝霞は一刻も早くユベルを殺しに行きたいのに、目の前の審判がそれを邪魔するのがうっとおしくて仕方がなかった。

 別にユベルを守って行動しているわけではない。守ろうという気配は微塵も伝わってこない。ただ吸血鬼あさかを殺そうとして動いているから結果として邪魔なのだ。

 疑似太陽とて万能ではない。時間は有限だ。だが、吸血鬼を殺すことでしか満たされないような笑顔を見せる相手は無視できるものではなかった。

 イクスは刀を放り投げる。

 真っすぐに投擲されたそれに、朝霞は舌打ちをして――イクスから背を向けた。刀が投擲された先には疑似太陽を維持しながら対象の疲労を軽減し身体能力を向上させるための魔術を歌って発動させているセンがいた。


「貴方もエミルと同等ですよ。だって、ほら、甘い」

 

 イクスはほくそ笑む。


「弱点があるから万全を期すことができなかったとエミルのことを評価するのであれば、貴方だってそうじゃないですか。そんな、わかりやすい弱点。狙わないわけないでしょ」


 刀がセンに迫る。センは目を開けて微笑む。歌声が止まる。刀は少女の身体を通り抜けた。


「なっ――! 幻覚ですか!」


 少女の身体は蜃気楼のように揺れて消えた。パタン、と番傘が開く音がする。トン。と足音がする。

 少女の身体を通り抜けて対象を失い、木の幹に突き刺さった刀の元へセンが姿を見せる。

 センの元へかけていたはずの朝霞はいつの間にかイクスの背後を襲ってくる。


「わざとか!」


 寸前のところで身体をかがめると、蹴りが頭上を通り抜ける。

 センは本物であると誤認させることまで作戦だったかと思うとイクスは苛立ちがこみあげてくる。

 苛立たしい。苛立たしくて腹立たしくて、目が眩しい。

 疑似太陽は行動を制限しないが、それでも視界は眩しくてうっとおしいと思う感情はある。

 だが、ならばそれは吸血鬼であるユベルの方が上だ。


「いい加減に――消えろ!」


 ユベルが魔術を爆発させた。それは濁流のように、けれど川登のように龍が天へ上るように、魔術の塊が疑似太陽とぶつかる。魔術の本流がうねり、闇が明かりを飲み込み消滅させる。


「――っ!」


 朝霞の顔に初めて歪みが出来たのをイクスは見逃さず、朝霞の横を通り抜け、木の幹に突き刺さった刀を抜き取り、幹を踏み台として勢いをつけて跳躍をする。

 イクスが落下しながら刀を振りかざす。センは番傘を閉じて、受け止める。


「おもい!」


 重力も加算されたイクスの斬撃を受け止めるにはセンはか細い少女すぎた。イクスの刀が番傘を折る。重たい音を立てる。

 驚愕に見開かれたセンの瞳には、イクスの笑みが映る。刀は少女の身体を掠め、地面に突き刺さる。時間差でイクスの脚が地面につく。

 地面についた瞬間、イクスはセンへ向けて刀を突く。咄嗟のことに反応が遅れたセンを守るように朝霞の手がセンの身体を押しのけ代わりに朝霞をその場所へ移す。

 突き出された刀を朝霞の扇子が受け止める。眩しかった光は消え、疑似太陽は完全に消滅をした。


「く――!?」


 くそ、と朝霞は悪態をつくことを許されなかった。朝霞の地面から無数の針が生えて朝霞の身体を貫通した。苛烈な痛みが身体を支配するが、無理やり針を抜き取ろうとする。ならばとばかりに拘束する針が増える。


「朝霞!」


 センが悲鳴を上げる。針の先端は赤赤しい。痛々しくて助けなければ、とセンが近づこうとするがイクスがその前に立ちはだかる。

 センは半分に折れて、折れた部分はぎざぎざのボロボロでもう開かない番傘を手にしながら愛しき主人の名前を叫ぶ。


「朝霞、朝霞、朝霞!」

「セン。逃げろ」


 掌を、肘を、ひざを、腹部を、肩を、太ももを、脇を――急所以外をいくつも針が貫通して痛みは尋常ではないが、朝霞は鮮明な声でいう。

 最早敗北は決定してしまった。覆すための手段を持ち合わせていない。

 イクスの言葉通り、エミルと共に手を組まなかった最善の正解を選べなかった時点で勝ち目はなかったのか。

 ならば、せめてセンだけでも逃げて生き延びてほしい。

 センと共にずっといる未来を朝霞は夢見た。その幸せが欲しかった。

 叶わないのならば、センが生きている未来が欲しい。

 センは嫌だ、と首を横に振って、番傘を空へと投げる。かつん、と足音を鳴らすと番傘は消え去り代わりに空からは桜の花びらが降り注ぐ。花びらは柔らかく、けれど刃をもって近づこうとするイクスへ襲い掛かるが、その瞬間桜は脆く儚く消え去る。ユベルが魔術で魔術の上書きをして消し去ってしまった。

 センの顔に、絶望が宿る。


「あっ……」

「全く持って、馬鹿ですよね。貴方のご主人も。エミルと同じでしょう。見捨てられないのならば、挑むべきではない。切り捨てられないのならば、挑んだところでどうしようもないでしょう。犠牲を甘んじて受け入れるべきでしたね」

「それは」

「弱みを握られたら、それで終わりなんですよ。例え、貴方が疑似太陽を発動するに必要な役割を担っていたとしても同じです。弱みは、弱み。弱点は弱点でしかない」

「……」

「弱みをカバーできるほど、貴方たちは強くはない」


 白の刀が残酷に、センへ先端を突き付ける。


「まぁでも、そんなことはどうでもいいですね。俺にとっては。吸血鬼は殺せれば、それでいいのですから」

「どうして、貴方はそこまで、吸血鬼が嫌いなの?」

「吸血鬼が、敵だからですよ」


 少女の身体から血しぶきが上がる。切り付けられた少女はなすすべなく地面へと倒れた上にイクスは乗りかかり、刀を構える。朝霞がやめろと叫んだのがイクスには心地よかった。

 ユベルはもう用事は終わった、と背を向けて去っていった。手を伸ばそうとしても届かない。裏切り者の吸血鬼に、手が届くことはなかった。

 センの悲鳴が、鮮明に審判の敷地にとどろく。

 悪夢の惨劇が続く。終わればいいのに、終わらない。

 朝霞は唇をかみしめる。イクスは簡単にセンを――吸血鬼を殺すような真似をしなかった。

 吸血鬼は苦しんで死ねばいいという純粋な悪意と殺意に満ちたイクスはただセンを甚振る。

 朝霞はセンが苦しむ姿を見て居たくないのに目を逸らせない。身体を引きちぎってでもいいから腕が落ちようが腐ろうが構わないからセンに近づきたいのに、身体を全く動かせない。魔術でできた針は、堅牢な檻だった。ユベルがいなくなったのに、効果が落ちない。魔術で上書きも出来ない。

 嫌だ、やめて、痛い、とセンが懇願している。イクスは嫌です、と笑顔で踏みつける。

 連れてくるべきではなかった。連れてこなければよかった。どれほど後悔したとしても遅い。

 ならば、結局エミルと同じだったか、と朝霞は自嘲する。

 エミルと違う手段をとったつもりで、結末は同じだ。ならば、どんな手段をとれば一体良かったのだろうか。

 エミルと二人だけで来ればよかったのか。お互いをいざというとき切り捨てられたのか。机上の空論だ。だが、その空論をしてしまう程度に、現実は非道だった。

 やめてほしい。

 センは生きてほしい。自分は死んでもいい。やめろと叫んだところで、イクスはやめない。もっと絶望すればいいとばかりにセンを痛めつける。


「貴方を痛めつけても、貴方は平然とするでしょう? なら、この方が貴方も絶望するじゃありませんか。まだまだ、死んでもらっては困りますよ。だって、その方が――」


 悪魔のような言葉をイクスは平然と言い放つ。血にまみれた頬は、幸せだと物語っている。


「あぁ……」


 もう無理だ。と朝霞は思った。絶え間なく聞こえる悲鳴を、もう聞きたくはない。だから、


「頼む、センを――殺してくれ」

「いいですよ」


 せめて生きてほしいと願った気持ちすら、絶望を長引かせるだけならば、一思いに殺してあげてほしい。苦しみ続けるなら、終わりを与えてほしい。切なる願いを承諾する声は救いだった。

 イクスはその第三者の声に呆然とし反応が遅れた。白い刀が少女の心臓を捕らえる。貫き、抜き取った刀は赤く染まる。

 あれほど血を流していたのに、まだ流れる血があったのかと思うほど服が、地面が、血に塗れる。

 白い刀は二本。一本はイクスので、少女の心臓に突き刺さったもう一本は


「ウルド!」


 審判の№Ⅱウルドのもの。

 イクスが苦虫を潰した顔で、朝霞の願いを聞き入れた同僚を見上げる。

 ウルドはいつも通りの笑顔をイクスへ向けてから、朝霞の方を振り返る。黒のマントがそれに合わせて翻る。


「望むならば、貴方も殺しましょう」

「――そうだな、頼んだ。センのいない世界にようなんてない」

「わかりました」

「ウルド!」


 イクスの静止は届かない。伸ばそうとした手よりも、ウルドが少女の心臓から刀を抜き取り、朝霞の心臓を貫く方が早い。

 全てが終わり、死体と生者に分かれる。


「――どうして! 殺した!」


 イクスがウルドに掴みかかる。イクスの手は真っ赤に染まっていた。乾ききっていない血が、ウルドの服を汚す。


「イクスが殺すつもりがないみたいだったからだよ」

「それは……」

「吸血鬼を殺すならその過程で甚振ったところで構わないけれどね。吸血鬼を殺さないなら話は別だろ? いつもは吸血鬼を甚振って殺すのに、どうして甚振れるだけ甚振りながら生かそうと思ったの」


 ほかの者が見たらイクスの吸血鬼への暴力に差を感じ取れなかっただろう。だが、ウルドの目にはイクスにはまだ吸血鬼を殺す意思が読み取れなかった。

 殺さないのならば、審判として自分が殺すだけ。

 吸血鬼を殺すのは審判の仕事だ。


「違いますよウルド。俺はただ、あの二人は、愛し合っていたので、何処まで絶望するかが、見たかったのですよ。その果てに、殺したかった。殺すつもりがないなんてことはないですよ、最終的には殺す予定でした、それが今日になるか明日になるか、来週になるかは知りませんけど、殺さないわけないでしょ」


 なのに、殺されてしまった。吸血鬼はもっと甚振って甚振って、死を懇願してもそれでも手を辞めることをせずに生かしながら殺すつもりだったのにウルドに邪魔をされた感情が荒立っていた。


「ウルド。横取りしないでくださいよ」

「今の僕は仕事中だよ、イクス。その未定の殺意は、仕事を終わらせるには長すぎる。ならば生かしておいているのと同じだ」


 審判のコートを羽織ったウルドはそういって微笑む。


「……そうですね。じゃあ俺は別の仕事をします」


 イクスは血に染まった手を見る。もっと染めたい。もっと殺したい。殺せなかったから、殺す前にウルドにけりを付けられてしまったから。殺したい。もっと。もっと。殺したい。


「もうここに吸血鬼はいないよ?」

「この吸血鬼がいっていました」


 イクスはセンを見下ろす。


「友達がいると。吸血鬼の友達ならば友達も吸血鬼でしょう」

「誰だか知っているのかい?」

「いいえ。でも名前は知っていますから、探し出して見せますよ。見逃す道理にはなりませんからね」

「名前は?」

「ノヴェスタ。そう言っていました」

「……イクス」

「なんですか?」

「ノヴェスタなら、貴方もよく知る吸血鬼じゃないか」

「え――?」


 あらぶっていた感情が冷却されたように落ち着く。波は消え、静寂になる。


「君が一緒にいた吸血鬼のノエさん、彼の本名がノヴェスタ・ノエノだよ。知らなかったのかい?」

「う……そ、だ」

「知らなかったんだね」

「……俺は、ノエの友達を、殺したのですか……?」

「殺したのは僕だよ」

「いいえ、違いますよ。ウルドは、吸血鬼の願いを叶えただけですよ……」

「そう」

「俺は……、俺は……どう、して……どうして」


 どうしてと繰り返しながら、血塗れた手で頬をイクスは触る。

 ――どうしてノエの友達を殺してしまった?

 声にならない嘆き。

 けれども、イクスは吸血鬼を見たら殺さずにはいられない。

 例え、それがノエの友達だったとしても吸血鬼である以上、最終的な殺意は抑えられなかっただろう。

 ノエとて、例外ではない。

 愛していた恋人を殺めてしまった時、同じことを繰り返さないためにイクスは審判をやめたが、それでも吸血鬼を殺さずにはいられなくて戻ってきた。

 イクスは吸血鬼を殺すしかない。それしか彼にはできない。

 吸血鬼である限り、イクスの敵なのだから。

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