第32話:何方でも構わない
夜風に吹かれ靡く金髪が頬に纏わりつくのをユベルは手で払い、青い瞳が琴紗の全身を見定める。
見定めた感覚は不可解で、眉を顰める。
人間でありながら吸血鬼の感覚。
けれど、吸血鬼と人間の間に子供が生まれることはないし、血が混じりあっているわけではない。
混沌と拒絶をしながら重なり合っているだけだ。
その結果、判別させる感覚が不気味に琴紗を捕らえる。
「お前は何者だ。何故、人間のくせに魔術が扱える」
重圧感のある声を発する。
「さぁ、審判に答える気はないよ」
飄々と、けれど表情に余裕はなく琴紗が答える。
「だろうな。まぁいくつかお前を見ただけでわかることもある。お前は他国の人間だ」
「そうだよ」
「ほう、あっさりと認めるんだな」
「そりゃ、君の言葉はわかっている。『この国で人間が魔術を扱えるような研究はない。俺の目を欺いて研究することも不可能だ』っていうんだろ? なら、否定するだけ無駄だ」
大鎌を構えて琴紗は地を蹴る。
ユベルの頭上へ向けて振りかざしたそれは魔術で編み出した鎖が受け止められる。
琴紗は舌打ちしながら横から薙ぎ払うが、意思を持ったように蠢く鎖に阻まれユベルまで届かない。
一度後退して距離を取ろうと跳躍する。
「その通りだ。よくわかっているな」
ユベルが指を鳴らすと、琴紗が着地したタイミングに合わせて地面が不安定になる。
琴紗はすぐさまその場所から逃れるように転がる。
体制を起き上がらせて闇にしか生まれない大鎌を構えなおしたところを狙いすましたように鎖が飛来して先端の刃が琴紗の肩に突き刺さる。
琴紗は苦悶の声をあげながらも左手で突き刺さった刃を抜き去り地面へ投げ捨てる。
地面から鎖は浮遊してユベルの周りを、主を守護するかのように回る。
「けど、わざわざどうして審判のトップが俺の前にくるかなぁ……」
冷や汗を流しながら琴紗は忌々しく吐き捨てる。
現れたのが、真偽を確認するために一先ず連行しようとする三下であったのならば殺して悠々と逃げることが出来た、と琴紗の顔が物語っておりユベルは冷笑する。
「人間なのに魔術が使える、そんな不可思議な密告があったのならば、俺が直接赴くしかないだろ。人間に区別は無理でも、俺は吸血鬼か人間か、見れば判断がつく」
「ははっ! なら審判で吸血鬼と思しき人物が連行されてきたとき、手下に任せないで自分で見ればいいのに! 見れば、それが本当に吸血鬼か、それとも人間かどうかわざわざ取り調べをするまでもなく一発で見抜けるだろ!」
琴紗はおかしいと笑う。
審判は吸血鬼と目される存在がいれば、真偽を吐かせるために連行する。
人間であれば釈放されると表向きは言われているが子供だって信じない嘘。
連行された時点で、真実は嘘になるし、嘘は真実になる。
疑われた時点で死が確定している。
それは吸血鬼が吸血鬼だと証明する手段は持ち得ていても、人間が人間だと証明する手段がないからだ。
けれど、審判の創設者にして頂点に君臨し続ける吸血鬼は、人間が吸血鬼か一瞥すれば判断がつけられる。
わざわざあらゆる残酷な方法を使って審判が真偽を確かめようとする――その先は全て死であっても――必要はないのだ。
「そうだな。けれど、俺がいちいちそんな判断を下す必要はない。部下に任せておけばいい。何、別に間違えて人間を殺したって問題はないのだから」
冷淡に言い放つ吸血鬼に、琴紗はあざ笑う。
「吸血鬼を裏切ったところで、人間が好きという結論には至らないか」
「当たり前だ」
堂々と断言しながらも一瞬、瞳に躊躇が生まれた気がしたが、琴紗には興味なかった。
魔術で水の渦を生み出し放つが、ユベルは瞬く間に蒸発させ、鼻で笑う。
「俺に魔術で勝てるわけがないだろ――いや、それ以前に人間が扱える程度の魔術なら吸血鬼を相手に出来るわけもないか」
ユベルがつまらなさそうに吐き捨てる。得体のしれない感覚をこの男は発しているが、その魔術の腕前は大したものではない、と。
「仕方ないだろ、人間なんだから。俺は
ユベルが放つ鎖を琴紗が大鎌で弾き飛ばす。
「――まぁいい」
ユベルが邪悪に微笑んだので、背筋が凍る感覚に琴紗は頬を引きつらせながら回避しようと周囲の気配に神経を集中させるが、それをあざ笑うかのようにユベルが掌から生み出した無数の鎖が琴紗を襲う。
先端に付属した刃が、琴紗が回避するよりも早く身体を傷つけ血しぶきを上げる。
琴紗が片膝をつき、大鎌を支えにして立ち上がろうとするが、鎖が身体に巻き付けられバランスを崩し地面に転倒する。
「殺さないんだ」
身動きを封じられた琴紗は、足音を立てて自分の元へ近づき見下してくる男へ引きつった笑みを浮かべる。
「当たり前だ。お前がどこの国の人間か、何故人間でありながら吸血鬼の魔術を使えるのか、色々と聞きたいことはあるからな」
「残念。俺は話すつもりはないよ」
「話すつもりはなくて結構。吐かせるだけだ」
「貴族に対して酷いんじゃない」
「審判に、貴族も何も関係ない。まぁ――流石に王家や王家の血筋が流れるユーツヴェル家を殺したら問題はあるかもしれないが、たかが貴族いくら痛めつけようが殺そうが支障はない」
「あぁ流石に審判でも王族関連はやばいんだ」
「一応、この国の組織だからな。だが、お前はそれらに該当しないし、そもそも他国の人間なら貴族ではないだろう。ならお前を吐かせるための手段はたくさんある。俺の部下は嬉々として吐かせてくれる奴らばかりだからな」
「――そう」
琴紗の手から離された大鎌は力を失い、闇を散らして消える。
抵抗をしようにも、束縛する鎖から逃れる方法は思い浮かばなかったので、諦めた。
「まぁ、他国に潜入するスパイを簡単に吐かせられるなんて、思いあがらないことだな!」
けれど、強気に琴紗は啖呵を切る。
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