第22話:隠してきたこと

「いつまで僕の肩に顔を埋めているつもりだ?」

「ウルドが女だったら良かったんですよ。なんで男なんですか」


 顔を埋めたままイクスが文句を言う。


「ウルドのほうが先に出会いました。ウルドが女だったら俺は、彼女じゃなくてウルドと付き合っていたはずなのに……」


 そうすれば、彼女と出会うこともなく出会っても恋することなく、殺すことなく生きることが出来たのに、とイクスは思ってしまう。

 出会わなければこんな思いをすることはなかった。


「無理だよ」


 普段は丁寧な口調で話すウルドだが、親しい友人の前では砕ける。


「何でですか」

「イクスが女だったとしても、イクスは彼女に恋をした。イクスが誰よりも愛するのは彼女だけだ」

「……そう、ですね」

「イクスは彼女の女っていう性別に惹かれたのか? 違うだろ。イクスは彼女に惹かれたんだ。そこに性別は関係ないよ」


 諭すような言葉に、イクスは頷く。

 吸血鬼だった彼女を殺してしまった。

 けれど、愛する気持ちは未だ揺らがない。

 例え性別が異なっても、例えウルドが女でも、結局彼女を愛するのは不変でしかなかった。


「……ユベルは、俺が戻ってきたらどう思うでしょうね」


 上司であり吸血鬼である男のことを思う。

 イクスは元々審判に所属していた。

 審判の日々を過ごしていたある日、吸血鬼だと彼女が連行されてきた。

 続くと思っていた日々は崩れた。

 愛していた。彼女だった。けれど、吸血鬼だから殺してしまった。

 このままでは、また大切な人を殺害してしまうと恐れを抱いたイクスは、審判を辞め、ユベルには無言のまま立ち去った。

 けれど、都合よく戻る道を選んだ。


「イクスがいなくなった後は多少荒れた。けど、『イクスの居場所は此処にしかない。だからいずれ戻ってくる』僕はそうユベルに言った、だから問題はない」


 吸血鬼を殺したい思いが消えない以上、吸血鬼を殺す専門部隊である審判に戻ってくるしか道はない。


「ホント、ユベルはウルドに依存していますね」


 人のことは言えないけれど、と内心でイクスは苦笑する。


「では、見透かされた通り、戻りますか。俺の居場所しんぱんへ」


 埋めていた顔を上げて、慣れ親しんだ建物へと歩みを進めた。




 レリック区中央の外れにある薬師の元から、入り口付近へ移動し目的の場所の扉を乱暴に開けると、その音にカウンターテーブルで本を読んでいたアイリーンが猫のように驚き、標を袖口から取り出し構えたが、菫の姿を見て安堵する。

 標を戻し両手で被っているフードを外す。


「菫ちゃんどうし――どうしたの!?」


 乱暴に扉を開けるなんてらしくないと問いかけようと思った言葉は、血まみれの菫を見て変わる。


「ちょっと色々あったんだ」

「色々で済ませないで。菫ちゃんが怪我するなんて一大事……」

「アイリーン、金を貸してくれ」


 菫が頭を下げて頼み込む言葉に、駆け寄ろうとした歩みが止まる。赤の羽織りに両手を当てながら顔を顰める。


「……菫ちゃんが、僕に頼むなんて、一体どうしたのさ」


 情報屋だからと言って全てを知っているわけではない。


「ノエが怪我をした。薬師の治療を頼んだ、俺の手持ちだとどうあがいても足りないんだ」


 簡潔に菫が説明と、ノエが何故怪我をしたかまではくみ取れないが、菫が何故ここに来たのかは理解できた。


「だから貸してくれ」


 その金額はアイリーンとは言え簡単に貸せるような金額では到底なかった。


「絶対に返すから。臓器だろうがなんだろうがうっぱらっても返すから、今だけ貸してくれ。ノエを死なせたくない」

「いいよ、貸してあげる」


 菫の頼みならば叶えてあげたかったし、何よりノエに死んでほしくはなかったアイリーンは微笑みながら承諾する。


「待ってて、今用意するから」

「アイリーン」


 アイリーンが背を向けて隠してある金銭を取りに行こうとしたが、菫が名前を呼んだので立ち止まって振り返る。


「イクスが、何者か教えてくれ」

「――それを知ってどうするんだい」

「殺す」


 殺意を含ませた断言にアイリーンの表情は曇る。


「何故だい」


 ノエが怪我をしたことと関係あるのか、とは尋ねず、余計な憶測で口を挟むことなく菫の口から全てを語らせたようとする。


「イクスはノエを怪我させた。いや怪我なんて生易しい言葉じゃすまないことをした。それも、二度目だ。だから殺す」

「……それは、何がなんでもかい? イクスが、菫ちゃんより強くても? たとえイクスにどんな事情があったとしても?」


 アイリーンの真剣な眼差しが菫を見据える。

 菫は頷く。

 例えどんな事情があったとしてもノエを甚振っていい理由にはならない。

 イクスが自分より強いことは、あの一戦を交えただけで承知の上だった。

 それでも殺すと、許さないと決めた。


「当たり前だ」

「ほんとうに、ほんとうに」

「しつこいな」

「最終確認だよ」

「気持ちは揺らがないよ」

「……菫ちゃん、貸すお金は返さなくていいよ」

「は? なんでだ。それとこれとは話が別だし、繋がっていない。借りたものは返す」

「いいんだよ。これは僕の、情報屋として反則をしたその慰謝料さ」


 話しの飛躍に、菫は会話の流れがつかめない。

 アイリーンは情報屋としての仕事にプライドを持ち、情報に対して明確な対価を定め、その価値を下げたり上げたりはしない。

 ゆえに、反則もしないとこれまでの経験から菫は知っていた。


「僕はね。菫ちゃんに対して情報屋としてやってはいけないことをしていたんだよ。だから、これから渡すお金は、返さなくていい」

「アイリーン。どういうことだ」

「菫ちゃん。イクスは――元審判だ」

「……そうか」

「可能性があると思っていた?」


 驚きの少ない声に、アイリーンが感情を抑え込み淡々と尋ねる。


「あいつの吸血鬼に対する態度を見ていたらな」

「そっか……菫ちゃん……イクスは」


 言葉を告げていいのか、躊躇する。

 告げると決めたのにも関わらず言葉を飲み込みたくなるが、アイリーンは拳を握りしめながら秘密にしてきた内容を露とする。


「イクスは、菫ちゃんの親友を殺した犯人だよ」

「――!」


 眼球が飛び出すのではないかと思うほど菫の目が見開かれる。

 とうとう告げてしまったとアイリーンは胸が痛くなる。


「どうして、知っていて教えなかった」


 詰問するように鋭くなってしまったのは悪いと思ったが、言葉が止められなかった。アイリーンの両肩を菫は掴む。


「菫ちゃんが殺されてほしくなかったから」

「俺が、負けると思っているのか」

「イクスはね、審判の№Ⅱのウルドと肩を並べ、ユベルを支える存在。即ち、ウルドと対等の№Ⅱなんだ」

「……そうか」


 イクスの類まれなる戦闘技術を菫は知っているから、№Ⅱだと言われても驚きはなかった。

 疑問は生じても。


「僕は菫ちゃんに復讐相手を見つけ出してほしいと依頼を受けたとき、調べた。そして見つけた。審判の№Ⅱだったんだ……菫ちゃんがこのまま挑んだら死ぬと、殺されると思った。菫ちゃんに僕は生きていてほしくて嘘をついたんだ」


 生きていて欲しかったから、情報の対価を貰いながらも、情報を得ながらもアイリーンは知らないふりをして菫を騙し続けてきた。

 親友を殺した犯人に復讐したいと願い菫の意思を踏みにじってきた。


「そしたら、驚いたよね。菫ちゃんがイクスを復讐相手だとは知らずにつれてきちゃうんだから」


 イクスを見たとき、驚愕して声が震えそうになった。それでも冷静を保つしかなかった。菫にも、イクスにも察せられては困る。

 アイリーンの表情は今にも泣きだしそうで、菫は胸が痛かった。


「それでも……僕は黙っていようと思った。イクスが隣にいても、楽しく菫ちゃんが生きているならいいと思った。でも……」


 イクスのことを知らなくとも、菫はイクスを殺すと決意したのならば、告げるしかないと思った。

 知っても知らずとも殺すのならば知らせるしかなかった。

 抱え続けてきた秘密は、墓まで持って生きたかった。

 例え、永遠に隠し通せなくとも隠したかった。


「菫ちゃん……復讐なんて、やめてよ。死にに行くような行為やめてよ。危ない橋なんて渡らないで、平和に生きてよ。僕は、菫ちゃんに死んでほしくない、生きていてほしいんだ……お願い」


 隠されていた事実に対する、怒りも恨みも菫にはなかった。

 切実なアイリーンの思いが伝わってくるたびに、申し訳ない気持ちで満たされる。

 それでも、アイリーンの切望を叶えることは出来なかった。


「悪いな、アイリーン。それでも俺は復讐する。葵を殺した犯人がイクスだっていうならば、諦めるわけにはいかない。何よりノエを傷つけたことは絶対に許せないんだ」


 アイリーンが目を伏せる。

 態度が大人びてはいても子供なんだと実感させられて思わずノエにするようにアイリーンの頭を撫でていた。


「ちょっと、菫ちゃん何!?」

「子供は大人しくなでられておけ」

「子供はって、僕は17歳なんだけど! もう子供って言われる年でもないから!」

「でも俺から見たら子供だ」

「……ごめんね、菫ちゃん。イクスのことを黙っていて」

「別に構わねぇよ。俺のことを思って黙っていてくれたんだろ」

「でも……ごめん。僕のこと、許さなくていいから」


 菫が自分の前から離れるのは嫌だけれども、それだけのことをした。


「許すも許さないも、そんなことは何も思ってないから、何も変わらないよ」

「菫ちゃん……ありがとう」


 切なく微笑むその姿に、菫はもう一度頭を撫でようと思ったが、サラリと交わされてしまう。


「だから、子供じゃないって。早く戻りなよ、ノエ君のために」


 アイリーンが隠し金庫から金銭を取り出し、それを鞄に詰めて手渡す。


「……アイリーン。やっぱり金は返すよ」

「ダメ。それは僕の情報屋としてのプライドにかかわる問題だ。僕は情報屋として失格なことをした、それをなかったことにするのは、許さないから。だから、早くいってきて」

「――わかった。いってくる」

「いってらっしゃい。ノエ君を、死なせないでね」

「あぁ。ノエが元気になったら、またイクスのことを聞かせてくれ。疑問も解消したいしな」

「……うん。包み隠さず僕の情報、教えるよ」

「頼んだ、じゃあ」


 菫がいなくなったところで、アイリーンは床に座り込んだ。

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