第17話:希少価値
イクスは周囲に人の気配がないかを確認してから、適当な家をノックする。
数度ノックしたところで居留守を使っていた住民が面倒そうに頭をかきながら現れた。
盗んだ金銭を財布から取り出し、手に握らせる。
通りの死体を業者を呼んで片付けてほしい残りは好きにして構わないと頼む。
死体があれば、ノエは悲しむ。ならば死体がなければ、逃げ延びたのだろうと勘違いしてくれるはずだと思った。
菫の家に戻ると、リビングで隠す必要はないとアイリーンのフードから降ろされた白髪は簪でお団子に纏められ、透き通るように肌を触れ、赤い瞳が存在を主張していながら、日焼けのない手がお茶に触れている。
「イクス、戻ったか。おかえり」
菫はイクスに状況を尋ねる。
アイリーンが襲われている場面に駆けつけることが出来たのは、大掃除が終わって迎えにいったらフェアが一人で呑気に寝ていたからだ。買い物に出かけたアイリーンとノエが心配になって駆け付けた。
「目撃者の存在は目視した限りではいないようでしたけれど、白髪赤目の情報が外に漏れていない……と楽観視は出来ないでしょうね」
「だろうな」
菫はイクスが生きていた男たちを殺害したことは憶測がついていた。
普段から物騒なことを平然と行うイクスだが、今回は彼に対して申し訳ない気持ちがあった。
処刑人として殺さなければ凄惨な死が待っている人間を殺害している菫だが、殺さなくていい人間ならば殺したくない気持ちが強い。咄嗟に、男の足を撃ち抜いて動けなくしたものの殺さなかった。生かしておけばアイリーンに被害が及ぶことはわかっていたはずなのに、と。
「アイリーンが白髪赤目だったことは驚きですけど、ある程度戦えたことも驚きですね」
イクスが正直な感想を伝える。アイリーンの瞳は一瞬怯えを見せたが、すぐに無理やり柔らかい表情を作った。弱みを見せたくないから強気に振舞うよう態度にイクスは微笑んだが、警戒は解かれなかった。
「情報屋だから恨みを買おうこともあるからね、多少は戦えないと生きていけないよ。とはいっても、正面からは苦手なんだけどね」
「背後からや、暗殺ですか」
「うん。正面で打ち合いできるほど僕に技量はないから。武力行使になった場合、相手を一撃で仕留めないと勝ち目は薄くなるからね。殺さないで済むだけの実力ないから」
「そうでしたか。何はともあれ、無事でよかったです」
イクスが笑ったので、アイリーンは目を背ける。
「本当に。アイリーンが無事で良かったぞ!」
「うん。ノエ君もありがとう」
「吸血鬼だったの、黙っててゴメンだ」
ノエがペコリと頭を下げる。
アイリーンを助けるとき氷の魔術を使ったことに後悔はしていない。
けれど吸血鬼はこの国で敵だ。
アイリーンは首を横に振ってからノエの頭を右手で優しく撫でる。
「別にいいよ。僕のお客さんにだって吸血鬼はいるからさ、気にしない気にしない」
「うん!」
満面の笑顔を作るノエを見ていると、白髪赤目を曝してしまった恐怖が薄れていく気持ちにアイリーンはなった。
虹彩異色症より遥に数が少なく、希少価値が非常に高いのが白髪赤目の色合いだ。
裏では目玉が飛び出るほど高値で取引がされるため、高価なものとして狙われる。
生きていくには、目立つ髪と瞳を隠し続けなければならない。それか誰も手を出せないと思わせるほどの力を誇示するしかない。
「よしっ、ノエ。今日は俺と一緒にアイリーンの家で寝るか!」
パチンと手を叩いて菫がいう。
「えっ」
「うん! 泊まるぞ」
アイリーンの驚きをかき消すようにノエが元気に返事をした。
「何驚いているんだ。お前を一人にしておけないだろ。それに、ノエや俺が一緒のほうが安全だろ?」
「そうだけど……いいの?」
「ダメだったら最初から言わねぇよ。というわけだ。勝手にお邪魔するよ」
「ありがとう、菫ちゃん」
はにかむアイリーンの表情を見ると、この間まで二十一だと鯖を読み大人ぶっていたとは思えない年相応の姿だった。
「というわけだ、イクスとフェアは留守番頼んだ」
「夕飯はどうすればいいのですか?」
「適当に何か作ってくれ。材料は何かしら揃っているから」
「わかりました」
「じゃイクス。フェアに後で寝床の勝手を教えてくれ。宜しく」
行くか、と菫はアイリーンとノエへ外に出るよう促すと、アイリーンの手がそっと菫の羽織りを掴んだ。
「うん」
道中襲われることもなくアイリーンはフードを被ったまま――ついでにノエもフードを被ってお揃いだった――帰宅する。
菫が勝手知ったる振る舞いで夕食を振る舞い、カウンターテーブルで横一列に並んで食べる。
日が落ちて夜になるとカウンターに隠され正面入り口からでは見えない階段を上り、二階のベッドにノエとアイリーンは眠った。
「菫ちゃんも一緒に三人で川になって寝る?」
「いや、お前とノエが小柄っていっても流石にシングルで三人は無理だから。俺はその辺で寝るからいいよ」
「じゃあ、一階の奥部屋で寝ていいよ。敷物とか一応あそこにもあるから」
「わかった」
寝る前にそんなやり取りをした。
菫はノエとアイリーンが眠るのを暫く立って見守っていると、やがてすやすやと寝息が聞こえてきた。
仲良く抱き枕のように互いに抱き着いて寝ている姿は無垢な子供で、微笑みながらずれたタオルケットをかけなおす。
「おやすみ」
菫は電灯を消して、下に降りる。
カウンターの裏に入り、戸棚から酒とグラスを取り出し次ぐ。アームチェアに座って、横には布から取り出した銃を置いた。
アイリーンを自宅へ戻した理由は、情報屋が白髪赤目である噂が出回っているか確認するためだ。
噂が広がっていれば我さきにと襲撃してくる輩がいる。
いなければ、ある程度は安全と判断して問題ない。
菫だけ待ちかまえ、アイリーンをより安全な菫の自宅に置いておくことも考えたが、ノエとアイリーンは仲がいいようだが、イクスやフェアは知り合って間もない。
無意識のうちに震える手が羽織りを掴んでいたことを思うと、おいてくることは出来なかった。
襲撃してくるならば今度は容赦しない、と思いながら静寂な空間で一人、酒を口に運ぶ。
同時刻、遅めの夕食を済ませたのち、イクスはフェアを今晩寝る大掃除をした部屋へ連れて行く。元菫の部屋を通り過ぎて奥の扉を開けると雑多に詰め込まれていた物は、未だ多いものの整理整頓がされており、ベッドの上にあった置物は一切なくなっていた。
一人暮らしなのにベッドが二つあったのは、親友と一緒に暮らしていたか、銃の扱いを教えた人と一緒だったかのどちらかだろうとイクスは推測している。
空の引き出しは好きに使っていいとイクスが説明するのをフェアは右から左へ流す態度でベッドに座り向かい合う。
「なぁ」
「なんですか?」
「血。くれ。喉が渇いた」
フェアが指先で喉をさしながらイクスに要求する。
「――お断りします」
イクスが迷う素振りなく拒絶したのでフェアは鼻で笑う。
「吸血鬼と一緒にいるのに、か?」
「ノエは血を欲しいとは言ったことがありませんよ。それに裏切り者の吸血鬼ユベルでもあるまいに、血を日常的に今の吸血鬼は欲しがらないでしょう」
「残念だが、私は割と日常的に血が欲しいタイプの吸血鬼だ。毎食とは言わないが、一日二日に一度は血が欲しい。ここはクロシェの屋敷じゃないからな、血を貰うならお前か菫しかいないだろ」
左右異なる瞳がイクスをとらえる。
「それでもお断りします」
「はっ――なるほど。お前、吸血鬼がきら」
真白の刃がフェアの言葉を遮る。
首筋にピタリと当てられた刃は、数ミリずらしただけでフェアの首を赤に染める。
――何も、見えなかった。
忌々しく思いながらもフェアは余裕の笑みを浮かべる。刃を突き付けてきた時点で、否定か肯定の答えは示された。
「図星をつかれて怒ったか?」
「それ以上、減らず口をたたくなら、喋れなくするまでですよ」
「刀を私に突き付けている時点で否定の可能性なんてないだろう」
フェアの冷笑がイクスの頭に響くと自然と刀に込める力が強くなった。だが、フェアは余裕の表情を崩さないので切り付けたくなる衝動が増加する。
「吸血鬼を殺したいと思っている癖にノエと一緒にいるとは不思議なやつだ。お前は、ノエに血が欲しいと言われたらどうするんだ?」
イクスが答えないでいると足元が不安定になり歪む。眩暈がして視界がぼやける。感覚が正常に戻るとフェアはベッドにいなかった。イクスの背後――扉が開いたままの廊下に腕を組んで立っている。
「――幻術ですか。力を行使してばかりですと、ますます喉が渇きますよ」
「多少は我慢できるさ」
「そうですかでは、我慢してください。俺は貴方に血をあげるつもりはありませんから」
「我慢できなくなったらかぶりついてやるよ」
「できるものなら、どうぞ」
イクスが笑顔をフェアに向けてから真白の刀を鞘に納める。
廊下に出てフェアの横を通り過ぎる。お互い語るものはないと無言だった。
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