第16話:Scarcity value
同居人が一人増えた菫は本格的に物置を何とかする必要があると判断し、翌日、イクス、フェア、ノエと共に大掃除をすることにした。
「いつまでも床で寝るのは身体が痛いですもんね」
「お前はそれでも俺と床だ」
「酷いですね」
「年下を床で寝かせるわけにはいかないだろ」
「年上をいたわってほしいものです」
「たかが二歳差だろ」
「ならたかが三歳下じゃないですか」
イクスと菫は手慣れた手つきで片づけを進めていく。
物珍しい品々が埋もれている物置にフェアとノエは興味深く見渡している。引き出しを開けていくと猫の置物があったのでノエが手の平に乗せて遊ぶ。
「それにしても菫。高価なものが結構ありますね」
戸棚にしまわれ布に巻かれていた銃を見ながらイクスが問う。物置にある品々は売ればしばし生活に困らないものもあり、余裕のある生活をしている菫だがそれでも不釣り合いに感じる。
「……俺に銃を教えてくれた人がいたっていったろ?」
「えぇ」
「その人の生まれが元々レーゲースの市民街出身で軍属だったんだ。怪我による引退して、やけくそになってモルス街にきてそのまま住み着いたんだ」
「やけくそすぎますね」
「だよな」
懐かしくて菫は笑う。
「で、家財一式を持ち出したわけだ。貴族じゃないとは言え、モルス街で暮らすのには困らないくらいレーゲース街の人間なら裕福だろ? これらはその人の置き土産ってこと」
「納得です」
菫が不要なものと必要なものに分けて、戸棚の中を整理して空間を作っていく。
「フェア! 綺麗な銃があるぞ」
「本当だな。クロシェは銃の収集癖はあまりなかったから興味深い」
ノエとフェアが楽しそうにアンティーク調の銃を触っていると、うっかり引き金を引いてしまった。
あっという声に気づいた、菫とイクスは顔を見合わせてから頷く。
「ノエ。フェア。下で遊んでこい」
弾は全て抜いてあるが、万が一ということもあるので、追い出すことにした。
「うっ……役立たずでごめん……。あ! アイリーンのところへ行ってきてもいいか!」
「ん? まぁアイリーンのとこならいっていいぞ、ただ留守中だったら戻ってこい。片付け終わったらイクスと迎えに行くから」
アイリーンは以前、ノエに色んな服を着せたいといっていたことだし遊びに行っても迷惑にならないだろうと菫は判断する。
「フェア、行こう!」
「あ、あぁ」
ノエが元気よくフェアの手を引っ張って階段を下りて行った。
四人と物だと手狭だったが、半分に減ると広くなる。
「ところで菫。終わったら酒くらいご馳走してくれるのですよね?」
背伸びしながらイクスが尋ねる。
「あぁ。それくらいなら奢るよ」
玄関から外に出ると、燦燦とした太陽の光が眩しく存在を主張する。
フェアは雲一つない空を見上げる。
「フェア? どうしたんだ?」
「……いや、何でもない」
ノエが記憶を辿りセンター区とレリック区の狭間にあるアイリーンの自宅へ赴く。
ノックして中に入るとアイリーンはいた。アームチェアに足を組んで座り、カウンターテーブルにはオレンジの液体が半分ほど入ったグラスがおかれていたため休憩をしていたのだろう。
陶磁のような指先が赤いフードに触れていたから、来訪客から素性を隠すために被ったのだとノエは判断しながら、てくてくと近づきアイリーンに抱き着く。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいなのだ!」
アイリーンは笑顔を柔らかくしたが、フードを被っているので表情が見えにくい。
「そちらは?」
視線がフェアの方へ向いたので、ノエが笑顔で答える。
「フェアだ! 新しい友達だ」
猫耳を彷彿させる独特な黒緑の髪は緩やかにウェーブし、数本異なる青緑の髪が混じっている。虹彩異色症の紫と青緑の瞳には見覚えがあったので、なるほどとアイリーンは頷く。
「クロシェのところの猫」
「猫ではない」
「失礼。で、ノエ君。今日はどうしたの? 菫ちゃんがいないみたいだけれど」
アイリーンが小首を傾げて尋ねる。
情報屋とは言え、全ての人の動きを把握しているわけではない。少し物知りなだけだ。
「遊びに来たんだ! ……って迷惑だったかな?」
「そんなことないよ。有難う、嬉しい」
白髪赤目を知られ、年齢も近く、ノエから漂う無垢な雰囲気がアイリーンの警戒心を解し嬉しく接することができた。
「そうだ、何か飲む? フェアさんもノエ君もオレンジジュースで構わない?」
「いいぞ!」
「……あぁ。なんでも構わない」
アイリーンが立ち上がるとふわりと羽織りが揺れる。静かな歩みで移動して戸棚からオレンジジュースとグラスを取り出し二人に注いでカウンターテーブルに並べた。
「どうぞ」
ノエとフェアは礼を言って冷たいオレンジジュースを飲む。
「そうだ、ノエ君! ちょっと服を買っておいたんだけどさ、着てみてくれない?」
「着てみたい!」
「じゃあ奥の部屋に行こ。フェアさんはそこでちょっと待ってて、戸棚に色々飲み物入っているから必要なら好きなの飲んで構わないから」
「わかった」
奥の部屋にアイリーンとノエが足を運ぶ。
衣装箪笥から、ノエに似合いそうだと購入しておいた白いリボンがついた黒のゆったりとしたケープに袖口が長く広がっている服と、ケープの色と合わせたズボンを取り出す。シンプルだが、無駄のない作りは洗練されていた。
ノエが服を着替えるとサイズがぴったりだった。
姿見で恰好を確認すると、ノエは嬉しそうに両手を頬に当てる。
「うん! 僕の見立て通りにあっているね。プレゼントするよ」
「いいのか! ありがとう!」
ノエは勢いよくアイリーンに抱き着いて喜びを全身で表現した。本心から喜んでくれたのでアイリーンも嬉しかった。
ノエがふと視線を移動させると、前回は気づかなかったが奥に扉があるのを見つける。
「あれはなんだ?」
「裏口だよ」
暫く衣装箪笥の前で服について話してからフェアがいる場所へ戻る。
アイリーンがグラスを見ると、底にはオレンジュースが僅かに残ったままだったので、追加はしなかったようだ。
「そうだ、折角だし何かデザートでも買ってこようか、ノエ君もフェアさんも一緒に行く?」
「行く!」
「私は此処で待っている」
「わかった」
初対面のフェアを一人にすることとなるが、ノエは菫の知り合いで、その知り合いのフェアもまた菫の知り合いだろうから、物を盗む行為をされる不安はなかった。
アイリーンは菫に対して信頼の重きが多い。
最もお人よしだから何も気づかずにいることもあるが、それを含めてそれも菫らしくて信頼している。
「じゃいこっか」
「うん!」
アイリーンが伸ばした手に触れるより先に、ノエはフードを被ってからその白くて柔らかな指を触る。
「フードを被ってどうしたの?」
「アイリーンとお揃いだ!」
「……ありがと」
ノエの気遣いが心に染みた。
軽やかな足取りでノエと共に商店街でアップルパイを購入する。
フェアを待たせすぎるのも悪いと早歩きでセンター区の通りを歩いていると、強面の男たちが建物の間から現れて道を塞いできた。
五人の男のうち一人に見覚えがあったアイリーンはため息をつきながらノエに囁く。
「ノエ君。ちょっと僕に用がある人たちのようだ、逃げて」
返答は待たず一歩前に出て飄々とした態度で男へ尋ねる。
「君、この間お金が足りなくて僕の情報が買えなかった人だよね――臓器でも売る気になった?」
剣呑な雰囲気を漂わせる男に臓器を売るつもりがないことは明確に理解しながらも、アイリーンは余裕を示すために笑みを浮かべる。
「それとも別の方法でお金用意した?」
「――あぁ、他の方法を用意したよ」
「そう。どんな方法かな」
状況的に考えると、逃げるのが正解だろうがうまく逃げ切れるかの保証はない。ならば怯えた素振りを見せるわけにはいかないとアイリーンは飄々とした態度を崩さない。
白昼堂々街中で襲ってくることはモルス街にとって珍しい光景ではない。
襲われている場面をわれ関せずと素通りするのが普通であることをアイリーンは熟知している。よほどのお人よしでもない限り、日常の光景として受け入れている。
五人相手では不利だが、相手を一撃で殺せることができれば――先手を打てば状況が変わる可能性がある。
「吐かせりゃいい」
「だよね」
ははっとアイリーンは身体を丸めて笑った。袖口から瓢を取り出し素早く跳躍して男の背後に回り髪に隠れた首裏を一線して切り付ける。
血しぶきが鮮明に上がり男は、地面に倒れて絶命する。
驚愕の隙をついてさらに一人急所を突いて殺す。
やられる前にやるしか手段がない。残り三人と視線を鋭くしながら迫ってきた拳を交わして背後へ回ろうとするが、手法を警戒され中々回り込めない。
死体に足を取られないように移動した先を予測した男の一人が正面から剣を振りかざす。咄嗟に瓢で受け止めるが勢いを殺しきれず背中から地面へ倒れる。
衝撃に肺から空気がこぼれると同時に被っていたフードが外れて、透き通るように白い髪と、血のように赤く宝石のように輝く赤い瞳が露になる。
「あっ――」
しまったとアイリーンは焦るが遅い。白い肌が青くなる。
「……まさか、情報屋が白髪赤目だったとはな」
言葉がナイフのように突き刺さり唇をかみしめながら、力で押さえつけてくる剣を瓢で懸命に留めようとするが、華奢な腕では力が足りない。
「くっ……」
まずいと思った時、男が横に倒れた。力を失った剣をどかすのは容易かった。視線を向けると男の背中から氷が生えている。
そして目の前には、ノエが立っていた。
「大丈夫か、アイリーン!」
「……吸血鬼だったんだ」
ノエが差し伸べた手は、太陽の光を背にして影を作る。起き上がろうと手を伸ばすと、残りの男が鎖鎌を振り回して突進してくるのが見えた。
「ノエ君!」
アイリーンが慌てて叫ぶとノエがすぐさま反応してナイフで攻撃を受け流しながら、氷の魔術で氷柱を無数に展開し放つ。
氷が二人の男に突き刺さり苦悶して倒れる。
今度こそ大丈夫だと、ノエが微笑む。
「もう、大丈夫だぞアイリーン!」
「……ありがとう」
アイリーンが微笑むが、顔が強張る。
苦悶して倒れていた男の一人が憤怒の形相で起き上がってきたのだ。
すぐさま対処しなければと瓢を構えるよりも早く発砲音がしたと思うと、男の足が赤く染まり貫通した弾が地面を抉った。
「菫ちゃん……」
襲われている人間を助ける物好きなど――この街には限られている。少なくとも、そんなお人よしで銃を扱う人間など情報屋は一人しかしらなかった。
「ノエ! アイリーン! 大丈夫か!」
駆け足でやってきたのは銃を担ぐ菫と、イクス、それにフェアだった。
素性を隠していたアイリーンが稀有な白髪赤目の持ち主であったことを知り、イクスは目を丸くしながらも、情報屋だから素性を隠していたわけではないと納得する。
白髪赤目で中性的に整った顔立ちは、堂々と歩ける顔ではない。
「フェアはノエを、菫はアイリーンを連れて行ってください」
「お前はどうするんだ」
「周囲を確認してから菫の家にいきます」
「わかった」
菫は思うことがあったが、アイリーンは両肩を掴み震えている姿に一刻も早くこの場から退避した方がいいと頷く。人通りは少ないが、何処で誰が目撃しているとも限らない。
イクスと菫からは少し離れた位置で走っていたのでまだ追い付いていない――単純に走る速力の問題だ――フェアが到達するのがじれったいとばかりにイクスがノエの首元を掴んで、ボールのようにフェアへ投げた。
「よろしくお願いします」
「は?」
「え?」
ノエとフェアが同時に惚けるが、ノエが宙を飛んでくる現実は変わらない。
フェアは慌てながら、自分では受け止めきれないと風の魔術を使ってノエの飛んでくる勢いを殺しふんわりと両手で受け止める。
「ほわっびっくりしたぞ」
菫の家に逃げればいいんだなと判断したフェアはノエを担ぎながら走り出すがすぐに力尽きて地面にノエを下して一緒に走ることにした。
菫はアイリーンにフードを被せると白髪と赤目は隠れた。
普段であれば、アイリーンが直にフードを被りなおしている。外で白髪赤目を曝したことに動揺して頭が回らないのだなと、か細いアイリーンを担ぎ――こちらは、フェアとは違い力も体力もあるので、軽々と走る。アイリーンの手は自然と菫の羽織りを掴んでいた。
ノエがいなくなったのを確認してからイクスは周囲へ視線を巡らせる。
此方からでは死角になりつつも、相手側からは都合よく見える位置を発見し、手を鍔に置きながら進むとイクスの予想通り仲間が一人隠れていた。
「――どうしたのですか、こんなところで」
イクスが笑顔で声をかける。男はしまったと焦ったがすぐに見逃してもらえる話があったことを思い出す。
忘れたくても忘れられない強烈なインパクトが、つい先ほど訪れたばかりだ。
「なぁ、兄ちゃん」
「なんでしょうか」
「白髪赤目のあいつを売ればかなり儲けが出る、だから、おれと一緒に儲けないか?」
「――お断りします」
えっと男の顔が呆ける。
まさかモルス街の人間で、白髪赤目を見て金儲けを企まない人間がいるとは思いもしなかった。
仲間だと知っていたが、金の前では裏切りが日常だ。骨の髄まで染みついている常識。
だから、真白の刀で殺されるとは思いもしなかった。
「あぁ、そうだ」
イクスは死体となった男の身体を探り、財布を取り出す。中身を確認したが、大した金額は入っていなかった。
「まぁこんなものですかね」
財布から札と小銭だけを抜き取り自分の財布へ移す。
「さて、と――全員殺しましょう」
パチリと手をたたく。
道に戻ると、三人の男は苦痛に呻きながらも生きていた。魔術の痕跡と、銃痕があるのはノエと菫だ。
殺していない事実を甘いと思いながら背中から刀を突き立てて順々に男たちを殺害していく。
白髪赤目のことを知っている人間を生かしておけば、あとでアイリーンが狙われるのは必然だ。
なのに、生かしている。
「あぁ……でも情報屋は人殺しできたのですね」
首筋を横に切り裂かれて死亡している二人の男は、アイリーンの仕業だろう。
財布から金銭を拝借しながら、イクスは呟いた。
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