第13話:クロシェ邸
元々は荒地だった周辺一帯を買い占めてレリック区の外れに位置する場所に、貴族クロシェは豪邸を建てた。
レーゲース街の貴族邸には劣るものの、市民街の住宅より豪華で悠然と聳え立つ白は、モルス街の住民からすれば城と勘違いしても不思議ではないほどで、誰も近寄らない審判の拠点に勝るとも劣らない雰囲気を醸し出し、死と犯罪のモルス街には不釣り合いだ。
周囲をあまり高くはない壁が四方を多い、正面には門扉があるが、門番はいない。
「おおっ……なんかすごいぞ」
モルス街で初めて見る光景にノエは圧巻される。切り取られた別世界のように華々しいく映る。
「さて。どうする?」
菫が廃墟の影に隠れながら尋ねる。一歩踏み出す足を変えれば豪邸が広がる夢の空間から、現実の荒れ果てた現実に戻される。
「そうですね……俺が騒ぎを起こすので、その間に菫とノエはフェアを探してください」
イクスは笑顔で告げながら、白の布に包まれた刀を指さす。
「……殺すのか?」
ノエの言葉に、胸に針がチクリと刺さった感覚がイクスにはあった。
「大丈夫ですよ――敵じゃなければ、殺しませんから」
「ありがとうイクス」
裏切り者の吸血鬼ユベルを殺害するのがノエの目的だが、しかし殺さないで済む相手まで殺したいとは思っていない。
フェアに会いたいという我儘のために、別の誰かが犠牲になってほしくはなかった。
それは甘えでも――それでも、イクスの力量なら殺さず生かして戦意を喪失させることなど容易いはずだ、とイクスと出会った初日の追いはぎを撃退した姿を思い出す。
ノエはイクスの言葉を信じたが、菫はイクスへ疑いの眼差しを向ける。
「では、二手に分かれましょう。菫、ノエを頼みましたよ。くれぐれも怪我をさせるような危険な真似をさせないでくださいね」
怪我させたら貴方を殺しますと言わんばかりの態度に菫はわかっているよと頷く。
菫が門扉に近づき手で押すと鍵はかかっておらず、ギィと音を立てて開いた。
「まさか、ぶっ壊さなくていいとは思いませんでした」
泥棒大歓迎ともろ手を広げるかのような屋敷にイクスは呆れながら、菫に目くばせをする。
菫は頷いて、ノエの手を引いて裏側へと移動する。移動し始めたのを見て、イクスは正面から堂々と扉を開けて屋敷内へ足を踏み入れる。
悠々としたエントランスホールの天井にはシャンデリアがぶら下げてあり、キラキラと贅沢な光が照らす。
あれ一つ盗んだだけで一か月は生活に困らなさそうだなと思っていると、執事の恰好をした男がやってきて胸に手を当てながら何ようか尋ねてきた。
「ただの泥棒です」
泥棒の言葉に、執事はベルを鳴らした。
外側の防犯意識は皆無だが、中はそうではないようだとイクスは微笑みを崩さず白の鞘から真白の刀を抜く。
「酷いですね、正直に名乗ったのに」
「泥棒相手に何を言うか」
「それもそうでしたね。そして貴方は、そんな俺を殺そうとする、敵ですね」
「当たり前だ。侵入者は排除する」
執事の男がナイフを向けて殺意を表明してきたのでイクスは瞬時に距離を詰める。
執事が驚愕するよりも早く刀が彼の命を奪う。飛び散った血痕が頬に付着したので、袖をまくって腕で拭う。執事の胸ポケットへ手を伸ばそうとするとしたとき殺気を感じ取り離れると、先刻イクスがいた場所に斧が突き刺さる。
増援が現れたのを確認したイクスは、洗練された動きで次から次へと敵を躊躇なく殺害し、死体の道を作り上げていく。
「おいおい、玄関が血まみれになっているんだけど?」
やれやれと肩を竦めながら現れたのは、
紅桔梗にうっすら桜模様が描かれたマフラーを巻き、黒のシャツに茶色のチェスターコートを羽織り中はピンクと紫のベストを着て、白のズボンに黒のガーターベルトに茶色の編み上げブーツを履いている姿は、モルス街では不釣り合いな豪華な恰好だ。
「屋敷の主が登場するには早すぎませんか?」
ははっと青年――クロシェは笑う。
「馬鹿正直に侵入してくるアホがいたら面白いからやってくるに決まっているだろ? そしたらなんだ? 俺の部下が悉く死んでいる。容赦ないねぇ」
血が付くのも構わずクロシェがしゃがみ込み殺害された執事を眺めると急所を一突きにされて死んでいた。
「敵に対して情けや容赦は必要ですか?」
イクスは首を傾げながら問う。その瞳を見たクロシェは眉を顰める。
「なるほど、敵と認識したらほかの選択が思い浮かばない視野が狭い奴か」
「酷いですねぇ……そんなこと、ないですよ」
「いやいや、どう考えたってそんなことしかないだろう。しかし真正面から泥棒ってくるってことは、本当に馬鹿なのか、それとも誘導か? 本命は裏口から盗みに来たとかか」
「だとしたら何か問題はありますか?」
「いや、それはそれで面白いからないな。けど、そうなるとお兄さんは捨て駒ってことか?」
「そんなわけないじゃないですか、仮に俺が陽動を買って出たとしても捨て駒ではありませんよ。何せ、貴方も殺してしまいますから」
「わーお。貴族に対して殺害発言とか勇者だな。俺が死んだら正規軍が動くよ」
モルス街の住民の生死には眉一つ動かさず何もしない正規軍だが、貴族が殺害されれば話は別だ。犯人を血眼になって探し出ししかるべき罰を与える。
「審判より生易しいとは言え、正規軍だって酷い奴らばっかだぞ? 過去に貴族を殺したやつを油で揚げたりとかしてたし」
「そうですね」
「全く動揺しないあたり肝が据わっているんだか怖いもの知らずなんだか――過信しているのか」
「そういう貴方はお喋りですね」
「暇なのが嫌いなもんで」
「そうですか」
イクスは身体の重心を前へずらし、踏み込む。クロシェを殺害しようと血濡れた真白の刀を振るうが、猛威を振るう前にクロシェのナイフに防がれる。
金属同士が衝突する音が響き、イクスは目を見開きながら勢いを利用して後退する。
「舐めるなよ」
「この屋敷で、俺の前に敵として現れた中で一番強いことくらい見ればわかります、それでも一撃で殺せると思っただけですよ」
「それを舐めているっていうんだろ。それと一つ訂正」
「何をですか?」
「君は、俺の敵じゃないよ」
クロシェが走り出し、二刀のナイフを交互に巧みに操り連撃を繰り出すのをイクスは真白の刀で的確にはじき返す。
「敵でしょう」
「違うよ。君は正面から乗り込んでくるなんて面白い泥棒だ、そんな君が敵なわけないじゃないか!」
クロシェの言葉が脳内をうるさく木霊して、思わず額に手を当てる。
「なんだ? 今の言葉が気に入らなかったのか?」
「――えぇ、そうですね!」
刀を構えなおして振るうが、クロシェには当たらない。
「そういや真白の刀なんて珍しい武器、何処かで見た記憶があるなーって思っていたんだけど、思い出した。確か、審判で真白の刀を扱うやついたよな」
「あぁ、ウルドのことですか?」
「ウルド……審判の片翼か。なるほど、そういやあいつの刀白かったな」
柔らかいウェーブがかかったプラチナブロンドの髪に、金の瞳を持つ審判の姿がクロシェの脳内に浮かび上がる。
納得したクロシェは今までより一歩強く踏み出し、身体を回転させながらナイフの一撃を重く振るう。
クロシェが楽しそうに笑っているのが、イクスには不快だった。
刀で捌きながらクロシェの隙を探し連撃の際にできる空白を狙って刀を突くと、クロシェの左肩をかすめる。
クロシェは後方へ逃げるように飛びのきながら距離を取る。
「いってな」
ナイフを握ったまま切られた肩にクロシェは手を置く。
「そりゃ刀で切られれば誰だって痛いですよ」
イクスは微笑む。
「当然のことを笑いながら言われるのは、腹立つな。笑うのは、俺の特権だ」
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