第6話:You're an idiot

 イクスが何とも言えない表情をしながらツッコミを入れると、菫が朗笑する。


「情報屋のアイリーンってのがいるんだ。小柄でちっさいからノエが合う服もあるだろうって思ったんだ。服のセンスの悪くないし、色んなの持っているから下手に商店街で買うよりはよっぽどいいものを中古で買える」

「てっきり服を買うのに情報屋を利用するのかと思いましたよ」

「流石にそんなことで情報屋を利用できるほど金持ちじゃねぇ」


 菫は脳内でアイリーンの姿を思い浮かべる。菫よりも頭一つ分は小柄で、ノエと比べれば多少高かった気がするが華奢な体つきで小さいのには変わりない。


「こっちだ」


 情報屋の居住場所へと菫は案内する。商店街とは反対側にありセンター区の外れでレリック区との狭間にあった。

 レリック区の入口が近いため静寂な雰囲気を醸しているセンター区にしてはやや喧噪が多く騒々しささえある。

 それでもディス区やレリック区の狂騒と比べると物静かだ。

 外れにある壁に赤い造花を巻いて飾っている茶色の一軒家へ菫が足を運ぶ。


「アイリーン。いるか」


 菫が二度ノックしてから扉を開けるとカランコロンと鈴がなった。イクスが扉の上へ目をやると内側に金色の小さな鈴が二個ついていた。

 薄暗い室内は電灯がついていない。イクスの自宅には電気が通ってないので蝋燭の明かりで夜は過ごしているが、センター区やレリック区は電気が通っており、特にレリック区は夜も眠らぬ街と言われるほど明かりに満ちている。

 目が見える範囲で周囲を観察すると、元々はバーであったのではと思わせる作りになっていた。

 カウンターの後ろの戸棚にはビン類が並べてあり、種類豊富な酒があるようだ。スツールではなくアームチェアが五席おかれている。

 左手にカウンターがあるのに対して右手奥には地下室への扉が開かれていた。そこから軽快な音が響くと、フードを被った人物が地下室から現れた。


「菫ちゃん!」


 菫に飛びつきながら、白い指先でフードを脱ごうとした小柄な人物は菫以外の客がいることに気づいて伸ばした指を引っ込めた。


「……菫ちゃん、一体どうしたの?」


 初対面の人間を連れてきたからか、やや警戒した声色で菫へ尋ねる。

 情報屋だから慎重なのだろうとイクスは柔和な表情を作りなるべく相手に警戒心を与えないようにするが、フード越しに鋭い視線を浴びせられた。


「こっちはイクスで、小さいのがノエ」

「そう。僕はアイリーン、菫ちゃんから聞いていると思うけど情報屋をやっているよ。今日は一体何ようかな?」


 アイリーンが部屋の明かりをつけたので、イクスは明順応するまで眩しく目を細める。


「服を探してる」

「は?」

「ノエに着せる服がほしい。今着ているのはTシャツがイクスので上着は俺のなんだ。商店街へ行ってきたけどいまいちなのしかなかった」

「闇市は?」

「子供を連れて行く場所じゃない」


 きっぱりと菫が断言するとそうだねとアイリーンは同意を示す。


「アイリーンも小柄だろ? 衣装いろいろ持っているし中古で売ってくれないかなって思ったんだ」

「中古で売るのは別に構わないよ、けどさ。僕よりこの子のほうが小さいから服が合うとは限らないよ」


 フードを被ったままアイリーンはノエの隣に並ぶ。


「あっ……」


 並んだ姿は、菫の予想よりも身長に差があり、十㎝以上アイリーンのほうが高い。

 脳内で並べたときは数センチ差だった。


「……お前、背伸びた?」

「変わってないよ。菫ちゃんは何? 僕をそんなに小さくしたいの?」

「いや、俺からみたらどっちも小さいから同じくらいだと思ったんだよ」

「菫ちゃんが身長あるだけだよ」


 アイリーンははぁとため息をついたが、そのため息はどこか楽しそうな明るい響きがあった。


「にしても小さい子だねー。冗談で菫ちゃん子供誘拐してきちゃダメじゃんって言おうと思ったよ。でも、彼もいたからやめーた」

「ノエはともかく、さすがに俺と同年代のしかも男誘拐してどうするんだよ。いくらイクスの髪が白髪だからって赤目でもないのに野郎は誘拐しねぇ。いや白髪赤目でも誘拐しねぇけど」

「だよねー」

「それに、これでも十五歳らしいぞ」

「はっ!? 僕より二個下!?」


 これでもってなんだ、とノエが抗議する前にアイリーンが驚きの声を上げてまじまじとノエの顔を凝視する。柔らかそうな頬に、幼い顔立ちの外見はとても十五には見えなかった。何よりぶかぶかの上着と黒のTシャツに生足、それに花飾りのついた茶色のブーツを履いている姿が余計に幼く見える。


「そうそ。って、は? お前、二十一っていってなかったか?」

「あっしまっ……君。一緒に服を選ぼう。君たちはそこで待っていて!」


 露骨にごまかし、菫から逃げるようにアイリーンはノエの手を引いて薄暗いときには見えなかった正面奥の扉へ入っていった。


「アイリーンのやつ何が二十一だ。十七のガキじゃねぇかよ」


 菫はため息をつく。年齢を誤魔化しているのは舐められないためだとはわかるが、サバを読みすぎだ。

 確かに、二十一と名乗られたときはだいぶ童顔だなとは思ったが嘘だとはおもわなかった。


「任せて大丈夫ですか?」


 フードで素性を隠した人物は、菫と親しく話していたがイクスにとっては初対面。ノエだけ奥の部屋に連れていかれれば不安がある。

 アイリーンの声は中性的で男とも女とも区別がつかない。

 身長はイクスや菫と比べれば頭一つ分程度小さいが、ノエよりは身長があり百六十㎝はあるだろう。フード部分は黒で、全体は赤いマントを羽織っているが、そこから見える体つきは華奢で女性っぽさがあった。


「大丈夫だ。アイリーンはその辺の情報屋よりよっぽど信頼できるし、腕も確かたぞ」

「でも……ノエ一人ですし」

「心配ならついていけばいいだろ」

「……それもそれで心配しすぎかなって思ったんですよ」

「めんどくさいやつだ」


 菫はカウンター側に入っていき、適当な酒を取り出しグラスに氷を入れて二人分注ぎカウンターテーブルに置く。


「酷いですね。ところで菫」


 イクスはアームチェアに腰掛け、向かい合う。グラスには手を付けない。菫が出してくれたものだが、ここは情報屋アイリーンの家だ。

 警戒するイクスに一笑しながら菫は酒を口に含み毒が入っていないことを示す。


「なんだ?」

「もう少しの間、菫の家に泊めてもらってもいいですか?」


 突然すぎる申し出に菫は酒を吹き出しそうになったが寸前のところで喉に通す。


「家賃とるぞ」

「ではこれで」


 財布からイクスは数枚の札を手渡す。


「血まみれなんだけど!?」


 受け取った菫の目に映ったのは血液のまだら模様に染まった札だった。

 すでに乾いており、色は暗く触っても付着はしない。


「あぁ。きっと財布が胸ポケットにあって運が悪かったのでしょう。大丈夫です、お金はお金ですから」

「……お前、普段何しているんだよ」


 言葉の意味を正確に受け取り、顔を引きつらせながら尋ねる。


「いただいたものですよ、気にしないでください」

「あぁもうわかったよ。別に綺麗ごというつもりもないしな」

「モルス街で綺麗ごとだけで生きていけるわけありませんからね」

「知ってる」

「ノエから見たら、菫も俺もいい人らしいですけど……」


 無垢に微笑むノエの姿がイクスの脳裏から離れない。


「俺のお前もいい人なわけあるかよ」


 菫が一刀両断する。


「ですよね」


 イクスは笑いながらグラスに手を付けた。


「で、どうして急に泊まりたいなんて言う? ノエのためか?」

「それ以外にはありませんよ。ノエは、暫くしたらやることがあるそうです」


 殺したい人がいるからだということをイクスは知っているが菫には告げない。


「だから、それまでの間一緒に俺と行動します。しかし、俺の家はご存知の通りカーテンが扉で、今にも崩れそうなぼろ家ですから俺一人なら崩れてきたところで構いませんがノエが一緒ではそうはいきませんし、ディス区にありますからね……衛生面もいいとは言えない」

「それもそうだな……まぁ、いいよ」


 イクスはともかく、無邪気で表情がコロコロと変わる吸血鬼のノエを放っておくことはできなかった。

 吸血鬼だと知られたら審判に殺される。ノエが殺される場面など見たくない。

 菫の脳内に凄惨な場面が蘇りかけて、慌ててグラスに次いだ酒を一気に飲み干す。


「どうしました?」

「いや、ただ思い出しただけだ。親友が死んでいた場面をな」

「そうですか」


 イクスは追及しない。したところで菫が答えないことなどわかりきっている。




 イクスと菫が会話をしている間、奥の部屋でアイリーンは衣装ダンスから服を取り出し、服の山を作っていた。


「どの組み合わせがいいかなー。上着は別に問題ないけど下だよね。七分丈のズボンとかにしたらいけるかな? 確かこの辺にしまったはず」


 独り言をつぶやきながらどんどん引き出しを開けていくと、色とりどりで種類豊富な服が出てくる。


「すごいぞ。魔法みたいに服がポンポンでてくる」

「服は色々あるからね」

「なんでフード被っているんだ? 折角のオシャレが見えないぞ」


 引き出しの間に割り込んで、ノエが素早く手を伸ばしアイリーンのフードを外した。


「あっ――!」


 アイリーンが慌てて被りなおそうとしたが、それよりもサラリと白い髪が流れる。


「白髪赤目」


 ノエが目を丸くする。アイリーンは見られたら仕方ないとフードを被るのをやめた。

 白髪赤目の色合いを持つものは滅多に現れないため非常に貴重なカラーとして扱われている。

 故に、信頼できる相手にしかアイリーンは素顔を見せていなかった。


「そうだよ」

「うん。キレイだ」


 真白の髪は後ろでお団子に纏め蝶の簪をつけていて、赤い瞳は血のように宝石のように美しく、白くきめ細やかな肌を合わさってその美貌を引き立てる。

 ノエは綺麗だと満足そうに眺めてからフードを被せる。


「ゴメン」


 謝られてアイリーンは小首を傾げる。


「どうして謝るのかな」

「白髪赤目は貴重だ。珍しいものを持っているから、それを隠すために被っていたフードを外してしまった、だからゴメン」

「いいよ、別に。僕は気にしていない、まぁ口外されたら困るけど」

「口外はしないぞ。菫は知っているのか?」

「菫ちゃんは知っているよ。僕が見せた」

「菫のことを信頼しているんだな!」

「――そうだよ、信頼しているんだ」


 アイリーンが破顔したのが、フード越しからでも伝わってきてノエは自分のことのように喜びながらいう。


「優しいもんな!」

「そう、菫ちゃんは優しいんだよ」


 和やかな雰囲気で、アイリーンが選んだ服にノエが着替えると案の定ズボンが七分丈でもやや大きかったので、裁縫でサイズを調節する。

 それから、イクスと菫が待つカウンターへと戻った。


「ノエの服これでどうかな」


 アイリーンが尋ねると同時に、ノエがくるっと回ってワンターンした。ふわりと肩にかけたポンチョが浮かび揺れる。


「ぶかぶかより全然いいな」

「えぇ。一番見栄えがいいですね」


 黒のポンチョの下は白のゆったりとしたブラウスに、黒のフィッシュテール形状の波打つ布に白いズボンをはいている。その姿はノエが元々着ていた服とどこか酷似していた。

 恐らく、ノエが前はこんな服を着ていたと身振り手振りで教えたのだろうなとイクスは判断する。


「ノエ、何か飲むか?」


 カウンターテーブルに肘をつきながら菫が尋ねる。


「飲む!」

「わかった。アイリーン、酒じゃないのはどこだ?」

「勝手に人のものを飲んで……まったく。一番左下の戸棚」

「サンキュ」


 オレンジジュースを注いで菫がノエに渡す。アームチェアにノエが座ると地に足がつかずぶらぶらと揺らす。

 イクスにも代わりに酒を出すとカウンターから菫は出て会話をする二人の様子を横目にイクスから距離を取ってアイリーンを手招きする。


「何?」

「あの情報は?」


 音量を下げて、真剣な顔で尋ねる菫にアイリーンは首を横に振る。


「情報が過去のものだからね。中々見つからないよ」

「そっか。わかったら教えてくれ」

「わかっているよ。そうだ、これ」


 アイリーンは懐から黄色いメモを一枚渡す。


「らしいって話だから。確率は五十」

「わかった。受け取っておく」


 黄色のメモを懐にしまう。

 イクスはこちらの様子が気になるようだが、菫に答えるつもりはない。

 ノエのオレンジジュースが飲み終わった頃合いを見計らって


「イクス、ノエ。服も見つかったことだし、そろそろ行くぞ」


 菫が声をかけ、情報屋を後にした。




「菫ちゃんは――バカだね、ほんと」


 アイリーンは見送りながら切なく呟いた。それは、喧噪にかき消されて誰の元にも届かない。

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