第4話:Following is kill

 痛みが訪れるよりも驚愕が、驚愕を実感するよりも痛みが、交錯する。


「な、ん……で?」


 眉一つ動かさずイクスはノエに刀を突き立てている。

 ノエが悲痛と慟哭が入り混じった瞳で問いかけると、刀が胸から抜き取られた。鮮血が胸に広がる。

 赤く染まった刀が、冷酷に再び突き立てられそうになる瞬間、菫が割って入った。刀の先端と銃が衝突する。


「イクス! てめぇ何してんだ!」


 菫の怒鳴り声で、無表情だったイクスの顔に色が戻る。


「あっ……」


 イクスの刀を握っていた手が震え、赤に染まった刀が零れ落ちる。

 力を失ったノエが菫の背中へ倒れかかる。菫は左手を回してノエに手を添え、イクスと向き合ったまま銃を離さず警戒する。


「何してんだよ!」

「す、すみません……こんなつもりでは……の、ノエ! 大丈夫ですか!?」


 イクスが取り乱しながら菫を退かしてノエに触れようとするのを銃でけん制する。


「なんだよそれ……無意識だってのか?」


 菫の問にイクスは答えない。ただ、ノエ、ノエ、と声をかけている。

 吸血鬼とノエが告白した瞬間、イクスから瞬時に感情が全て消え去り流れる動作で刀を突き刺していた。

 この国で吸血鬼は人間の敵だ。

 滅ぼすべきものとして認識されているがゆえの行動か、はたまた吸血鬼に個人的な恨みがあるのかまでは判断のしようがないが、どちらにしろ――年端もいかない子供を切りつけていいものではないと菫はイクスに対して怒りがこみ上げていた。


「ふざけるなよイクス。てめぇは」

「すみません……ノエ……申し訳ない……」


 菫の言葉は全く聞こえていないが、もうノエを切り殺そうとはしないだろうとイクスから背中を向ける。

 胸から血を流すノエの顔色は悪く呼吸が悪い。


「待ってろ、すぐに病院へ連れて行ってやるから」


 ノエを抱きかかえる。センター区にある病院へ連れて行けば幸い急所は外れているため何とかなるだろう。

 一歩駆け出そうとしたとき菫のもみあげがぴょんと伸びた髪を、ノエの小さな手がつかんだ。


「なんだ?」

「菫の、家でいい。病院は、いかなくていい……から」


 掠れた、けれど病院を拒絶する声が切実で菫は駄目だと強く言えなかった。


「お願い……菫の家で、大丈夫だから、オレは」

「……わかった」


 今度こそ菫は走り出す。イクスは茫然としていたが、慌てて地面に落ちた刀を拾ってから追いかける。

 菫の自宅へ戻ると、二階の階段を駆け上がり寝室の扉を乱暴に開けて、ベッドの上にノエを寝かせ上着を破くと刀の跡が痛ましいまでに存在を主張していて、菫は思わずノエの柔らかい手を握りしめる。


「ノエ、やっぱり医者を呼んだほうが……」

「……大丈夫だ」

「応急手当を持ってくる」

「それも、必要ない」


 ノエが苦悶の表情を浮かべていて痛みに唸っていたが、必要ないの言葉を証明するかのように、傷口が徐々にふさがり始めた。

 その光景に菫とイクスは目を丸くして驚く。


「高い治癒能力……」

「吸血鬼に、そんな力があるのか?」


 イクスの呟きを聞き逃さなかった菫が鋭い視線で訪ねる。


「えぇ」


 取り乱していたイクスはノエの回復を見て落ち着きを取り戻し始めていた。


「吸血鬼が不老不死とまで呼ばれていたころの名残で、その血が薄れた今でも稀に過去の力を色濃く有して現れる吸血鬼がいるのです。ノエの場合、一瞬で怪我が完治するような再生力はないまでも、他の吸血鬼よりも傷が長い回復力があるのでしょう」

「……だから病院はいらなかったのか?」


 ノエがベッドに横たわったまま頷く。傷は治りかけているとは言え、痛みはまだ取れないのだろう表情が辛そうだ。


「ノエ。ごめんなさい」


 菫を退けてイクスは頭を垂れる。今度は制さなかった。


「大丈夫だ」


 平謝りするイクスに、ノエは苦悶しながら笑みを作る。

 イクスはノエを刺した瞬間殆ど意識がなかった。気付いたら手が勝手に動いてノエの身体に白い刀を突きさしていた。

 吸血鬼と聞いて、身体が反応してしまった。

 幼い子供を傷つけてしまった事実に、心が苦しくてノエと瞳を合わせられず逸らしてしまう。


「ノエ……俺は……本当に……すみません」

「だから、オレは大丈夫だ。こっちこそ、悪かったゴメン」


 横になっていた身体を起こし、イクスの頭に手を伸ばして何度もイクスが撫でてくれたようにノエも撫でた。小さくて暖かい手が頭に触れている。

 イクスが顔を上げると微笑んだノエと視線が合う。


「どうしてノエが謝るのですか、悪いのは俺ですよ」

「この国では、吸血鬼は人間の敵だ。いきなり吸血鬼だ! なんて言い出したオレが悪かったんだ……ゴメン」


 イクスと菫は優しいから、吸血鬼であることを隠しておきたくなくて告白したが、突然すぎた。前置きをするべきだったとノエは反省する。


「……本当に吸血鬼なのですね」

「うん。傷の治り見ただろ? 昔のように一瞬で再生! とかはできないけど普通の人間やほかの吸血鬼より早いから大丈夫だ」

「ごめんなさい」

「だから気にするなって! あんまり謝られるとオレが気にする」


 ノエの笑顔につられてイクスも笑みを浮かべる。その様子を菫は黙ってみていたが、やがて立ち上がる。


「飲み物でも飲むか?」

「飲む!」


 痛みももう消えたのか、我慢してない屈託のない笑顔でノエが手を挙げる。


「わかった、じゃあ持ってくるよ。イクスも手伝え」

「えぇ……じゃあノエ、少しいってきますね」

「わかった!」


 ひらひらとノエが手を振る。

 無言のままイクスと菫は階段を下り、リビングの前で菫は立ち止まり殺意を含んだ視線をイクスへ向ける。


「ノエがイクスと同じ服着ているから、兄弟にしては顔が似てないけど親戚とか、お前に近しい子だと思っていたけど……違うのか?」

「違いますよ、ノエとは偶々出会ったのです、ノエの服は濡れていたので、俺のかえを貸したのですよ」


 ノエとは昨日であったばかりだということは伝えない。


「なるほどな……だからあんなにぶかぶかだったのか」

「えぇ」

「イクス……次、ノエをケガさせたら殺すからな」

「……ノエを傷つけた事実は変わりませんからね……」


 ややかみ合わない返答をしてからイクスはキッチンへ進み、汲んである水を煮沸し始める。


「アップルパイを作ったらもっていくから、お茶用意したら先に運んでくれ」

「わかりました」


 お茶が用意できたイクスは菫を置いて無言のまま階段を上っていく。寝室へ足を踏み入れると、ノエがベッドに座り足をぶらぶらと交互に揺らしている。


「おかえり、イクス! 待ちくたびれたぞ」

「お湯を沸かしていましたからね」

「そっか。菫は?」

「アップルパイを用意してくれるそうですよ。だから戻ってくるまでに時間がかかるでしょう。少し、昼寝をしますか?」


 温かいお茶をふーふーと冷ましながらノエは頷く。


「うん。寝る、少し眠い」

「ノエ。俺の元から離れますか?」


 イクスが訪ねるとノエはきょとんとする。


「何故だ?」

「俺は、ノエを傷つけてしまいましたから」

「嫌だ。いや……オレがイクスと一緒にいるのが迷惑なら離れていくぞ」

「いえ、俺は迷惑じゃありませんよ」

「なら、しばらくは一緒にいさせてほしい……オレは、オレが殺したい相手を殺すために、しばらくしたら此処から離れる予定だけど、それまでは……ダメかな?」


 ぎゅっとお茶のコップをノエは握りしめて、目を伏せる。

 断られることを恐怖しているかのような態度に、イクスは安堵させるために微笑む。


「何を不安がっているのですか、俺は断りませんから」

「でも……オレは、イクスに助けてもらっただけで何もできてないし、吸血鬼だ……だから」

「子供は遠慮しなくていいんですって」

「だから、オレ十五歳……」

「二十六の俺からしたら子供です」

「十一もイクスは年上だったのか」

「えぇ。だから子供なんですよ、わかりましたか? 子供は、甘えていいのです」

「うん! ありがとう」


 ふにゃっと表情を和らげてノエが笑う。


「一つ、いいですか?」


 意を決してイクスは訪ねる。


「ノエが、昨日審判に連行されている男を見て人間だと判断したのは、ノエが吸血鬼で、吸血鬼か人間か区別がつくからですね?」


 昨日は追及しなかったが、ノエが吸血鬼であったのならば一つの仮説が生まれる。


「うん。そうだ。オレは吸血鬼か人間か、区別がつく。人間と吸血鬼は、漂う香りが違うんだ、うまく説明できないけど……」

「そうでしたか」


 吸血鬼が人間と共存の道を歩み寄るより昔、彼らは匂いで吸血鬼と人間を区別することができた。

 高い再生能力を持っていたように、強い魔術を行使できたように、夜行性であったように、長命であったように、様々な特徴は共存の道を歩んだ結果、失われつつあるが、それでも血の名残か稀に過去の特徴を有した吸血鬼が生まれる。

 ノエの場合は、回復力が高く、吸血鬼と人間を区別する力に秀でているのだろうとイクスは納得する。


「じゃあ、オレは少し寝る。アップルパイが出来たら起こして」

「えぇ、おやすみなさい」

「おやすみ」


 イクスがベッドを背もたれに座っているとほどなくしてノエの寝息が聞こえてきた。規則正しい寝息に、刺した相手が眼前にいるにも関わらず安堵した表情を浮かべている姿にイクスの顔が歪む。


「だから……安心しすぎですって」


 ノエが熟睡したのを確認してイクスは階段を下りると、キッチンで菫がパイ生地を作っていた。


「菫。少しの間、寝ているノエを頼んでいいですか?」

「怪我させたノエを置いて、どこかへ行くってことか?」

「えぇ、ちょっと出かけます」

「……わかった」

「アップルパイができるまでには戻りますから」


 キッチンで菫は手が離せないが、ノエが寝ているのならばそのままで大丈夫だと判断し頷く。

 イクスはいつの間にか外に出ていた。



 イクスは、センター区から移動して枯れ果て腐ったディス区へ移動する。

 さらにディス区の中でも犯罪が祭りのように横行している場所へ赴くと、一人の女性が殴られて血を流していた。ごめんなさいと叫んでいるが、男の手がやむことはない。

 悲痛な言葉を放ってはおけず自然と足が動いた。


「その辺でやめたらどうですか」


 イクスは男に声をかけるが、意に介さず暴力を振るう。腐った町の腐った日常。

 ずっと変わらない腐った街。


「やめなさい」

「うるせぇ!」


 男は邪魔をされたとイクスへ手を上げようとする瞬間、イクスの瞳が怪しく光る。

 真っ白な刀を抜き、音もなく男を殺す。鮮血が飛び散り頬に血が付着した。

 突然のことに困惑する女性にイクスは手を差し伸ばす。


「大丈夫ですか?」

「え、えぇ」


 男を躊躇なく殺したイクスに恐怖覚えながらも助けてもらった手前、差し伸ばされた手を握り、お礼を言ってから女性はそそくさとその場を立ち去った。

 死体を眺めていると、足音が複数聞こえる。

 足音が止まるのを待って視線を上げると、男たちに囲まれていた。

 イクスは笑顔を見せて、どうしたのですかと尋ねる。


「は? 俺たちの仲間を殺して女を逃がしたんだろてめぇ! どうしたもねぇよ!」

「殺すのは当然でしょう? 彼は女性を殴り、女性は助けてと叫んでいました。なら、助けるのも当然でしょう」

「てめぇ」

「ところで」


 イクスは淡々と白い刀を構えながら訪ねる。


「貴方たちは俺を殺そうと思っていますか?」

「当たり前だろ」


 その言葉に満足したようにイクスは笑った。



 白の刀が無数の軌跡を描き、死体の山を築く。

 イクスはしゃがんで死体のポケットを探ると財布を見つける。中身を取り、空になった財布はその辺へ捨てる。


「これでノエのご飯を用意できますね」


 全ての死体からお金を抜き取り、札と小銭を数える。


「貴方たちは敵ですけど、俺の役には立ってくれましたね、有難うございます」


 ほくそ笑むと、ふと一人の老婆が影でこちらを見ているのに気づいた。

 イクスと視線が合うと震えるように地面へ座り込まれる。

 構わず近づくと殺さないでと悲鳴をあげられたのでイクスは困ったように眉を落とす。


「危害は加えませんよ。安心してください。……すみませんが、これで死体処理家を呼んでいただけますか? 残ったお金は貴方の食費にしてくださって構いませんので」


 死体処理家を呼んでも残るように多めにお金を老婆の手に渡す。骨と皮だけのようにやせ細った老婆が恐る恐る金銭を受け取ると、これは私の物だと主張するように握りしめた。


「有難うございます」


 イクスはお礼を言ってその場を立ち去る。

 抜き取ったお金を自分の財布へ戻しながら菫の家に戻った。



 菫がテーブルで完成したアップルパイを均等に切り分けていると、血を付着させたイクスが戻ってきたので、露骨に顔を顰めながら無言でキッチンを指さす。

 ため水で血を洗い流せということだろうとイクスはキッチンへ踏み入れ、血を洗い流していく。


「本当にタイミングを見計らったようにアップルパイが出来上がった塩梅だな」

「アップルパイが出来たらノエを起こすって約束しましたから」

「約束した男は普通、血塗れで戻ってこねぇよ。何してたんだよ」

「貴方に答えることはありません」

「ちっ」


 悪態をつきながら、菫は三人分に分けたアップルパイと用意したお茶をお盆にのせて階段を上がる。

 寝室へ足を運ぶと、ノエはまだ熟睡していた。


「ノエ、アップルパイが出来ましたよ」


 柔らかい表情でイクスがノエの肩を何度か揺する。


「アップルパイ!」


 ノエは一瞬で睡眠から目覚めたのか起き上がり、アップルパイの芳醇な香りにうっとりとする。


「菫のアップルパイ、楽しみだ!」

「楽しみにされるほどの腕前かはしらねぇが、食べるぞ」

「うん!」


 ノエの怪我が治っているとはいえ、動かさない方がいいのではないかと思った菫は、ベッドに腰かけ、床にお盆を置きアップルパイをノエとイクスに手渡す。


「頂きます!」


 ノエがかぶりついた。

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