第3話:告白

「何故そう思う?」


 背中越しに菫は淡々と質問に質問を返す。慌てた様子はなく冷静だ。


「貴方の武器が銃だからですよ」


 布に包まれた刀ではない形状から、イクスは菫の武器が銃であることは容易に想像がついた。


「はっそれだけか」

「えぇ、十分でしょうレーゲース街の住民ならともかく、モルス街で高価な銃を武器として使うものなんて滅多にいない。誰だって貴方が処刑人ではないかと目をつけますよ」

「俺に戦う術を教えてくれた人が銃を扱っていたから俺もそれを扱っているだけだ。銃を武器にするやつは確かに少数だろうが、俺だけじゃない」

「……否定も、肯定もするつもりはないということですか?」


 ノエと少年が待つ場所と扉を一枚隔てた先では、返答の仕方一つで刃を交えても不思議ではない一触即発が漂う。


「否定したら満足か? そんなわけないだろ。大体俺がもし処刑人だとして、お前は審判の敵として俺を殺すか?」


 菫は首筋を捉える刀を無視してイクスの正面に向き合い、布から解放された銃を突きつける。

 互いの視線が交差すること数秒。


「イクス! 菫! 遅いぞ」


 膠着状態を破ったのは外に中々出てこないのを待ちくたびれたノエだった。

 イクスは肩の力を抜いて笑う。


「今行きますよ! ――菫、別に殺すつもりはありませんよ」

「へぇ、今のところ、ねぇ」


 不敵に菫は口元を歪める。


「今のところ、貴方は俺の敵ではありませんから。あぁ、安心してください。審判に通報するつもりもありませんから」

「別に審判に通報されたって……」

「審判に通報されたら貴方は終わりですよ。銃を扱う。それがあれば処刑人と疑うに十分です、ならば連行して取り調べるでしょう。取り調べの先は白か黒かにかかわらず死ですよ」

「脅しか?」

「いいえ。審判とは関わり合いたくないので、通報はしませんよ」


 作り物の笑顔で答え、イクスは刀身が全て白い刀を赤い紐が巻かれた白鞘へ納める。

 菫もイクスへ向けていた銃を下して、布へ巻きなおした。

 菫を横切り、イクスが玄関に出ると三段ある階段に座りながらノエがむくれていた。少年もノエの隣に座っているが、こっちはクッキーが入った布を愛おしそうに握りしめている。


「遅い」

「すみません。少し菫と話していました」

「一体何の話をしていたんだ? オレに内緒話か?」


 立ち上がって、ぶかぶかコートの後ろを払いながらノエが訪ねる。


「別に内緒話ではありませんよ。菫の服装が変わっていたので、聞いただけです。ねぇ」


 菫へ話を合わせろと視線を送る。ノエに余計なことは伝えたくない。

 無垢な子供は菫が何者であるか知らなくていい。

 否定も肯定もしなかったが、刀を突きつけたときの態度からイクスは高確率で菫が処刑人だと確信している。


「あぁ。一体どこで買ったんだってな。だいぶ前に闇市で流れていたのを気に入って購入した、それ以降着ているんだ。何でも、異国の物らしい」

「そうなのか!」

「あぁ。尤もこの持ち主はもうこの世にはいないだろうけどな」

「どういうことだ?」

「は?」


 ノエの純粋な疑問に、菫は眉を顰める。


「子供に相手に機嫌の悪い顔しないでくださいよ」

「あぁ、悪い。常識を何故と問われるとは思わなかったからだ」

「子供には常識がきかないものですよ」


 ノエの物言いは世間知らずで、常識を常識として知らない。

 モルス街の住民とは思えない言動が端々から漂うからこそ、菫には疑惑をもたれてほしくなかった。

 暴君のように振る舞うレーゲース街の住民を、この街の人々は金づるとは思えど快くは思ってない。


「それもそうだな。ノエ、他国の人間は吸血鬼同様この国では異端だ。他国の人間がこの国に紛れ込んでいれば、王家から直接認められていない限り全てスパイとして扱われ排除される」

「……物騒だ」

「そう物騒。異端は全て排除するのがこの国の方針だ」

「わかった」


 ノエは頷いた。何を頷いているのだろうと思いつつ、菫はおかしくてノエの頭を撫でる。


「さて、行くか」

「ところで、なんで菫もイクスもオレの頭を撫でるんだ?」

「子供の頭は撫でるものだろ」

「子供って、オレは十五だぞ!」


 えっへんと胸を張った主張に歩き出した菫、イクス、少年の歩みが止まり目玉が飛び出すほど見開いた視線をノエへ向ける。


「な、なんだ……」

「えぇ!?」

「は? 十五? え?」

「嘘だろ……」


 ノエが怯んで半歩下がると、驚愕から解き放たれた三人が同時にあり得ないと口にする。


「オレは、十五だ!」

「……えっと何年か数え間違えていませんか?」


 よくて十二歳だと思っていたイクスが遠慮がちに訪ねる。


「そんなわけないだろ」

「……お酒飲みたかったとか」

「ならもっと鯖読むって」

「十歳程度だと思ってました……」


 正直に告白すると、むうとノエは頬を膨らませていじけた。


「いや、俺もそれくらいだと思ってた」


 菫は上から下までノエを眺めるが、どうみても十五には見えない。


「おれより年上とか……ありえない」


 年下だと思っていた相手が年上だった事実に少年は動転する。


「酷いぞ! オレは十五だぞ、というわけで子供扱いはダメ」

「いえ、例え十五が事実だったとしても、子供ですから子供ですよ」

「事実だったとしてって! 事実だぞ!」

「子供ですよ。ねぇ菫」

「あぁ。十五も子供だよ、俺らから見れば、というわけで諦めろ」


 ぽん、と菫は抗議するノエの頭を撫でてから歩きだす。


「ですよ」


 イクスも菫をまねるようにノエの頭を撫でてから続いた。少年はゆっくりとイクスの後をついていく。


「あぁマテ! オレも行く!」


 取り残されないようにノエも走り出す。

 センター区の街並みを歩き、終わりが近づくと徐々に景色が一変する。

 歪に積み立てられた家々が並び、今にも倒壊を待つだけの古びたバラックが広がるディス区へ到着する。

 暫く進むと少年が歩みを止めた。


「ありがとう、もう大丈夫……菫さん、ごめん」


 少年は頭を下げる。

 結果として盗みに入った家が、モルス街ではありえないほど親切なだけで本来は殺されていた。


「別にいいよ。あと、一つ気になっていたんだがその怪我はどうしたんだ」

「……盗みに失敗したあと、酔っ払いと肩がぶつかった」

「気をつけろよ」

「うん」


 少年はおぼつかない足取りで、ディス区の街並みへ消えていった。

 姿が見えなくなったところで、ノエは菫へ話しかける。


「菫も優しいな」

「別に俺は優しくねぇよ。目の前でガキに死なれるのが嫌なだけだ」

「それでも優しい。イクスと同じで、優しいんだ」


 裏表のない笑顔を向けられて、菫とイクスは何とも言えない気持ちになる。

 優しいとは思っていない。

 なのに、優しいと子供から言われる言葉が、針のように痛みを感じさせるのだ。


「じゃあ戻るか」

「うん!」


 ノエが先行して歩くのを続きながら、家に用があるのは菫だけなのに何故戻るかといったのだろうと口元が綻びる。


「菫」


 ノエがスキップする後ろで、耳打ちするようにイクスは菫へ声をかける。


「なんだ?」

「一つ気になっていたのですが、少年に渡したクッキーは手作りですか?」

「あぁ。それがなんだ?」

「アップルパイは作れますか?」

「ノエの好物か?」

「えぇ」

「じゃあアップルパイを作るか、林檎の買い置きもあるしな」


 生地はあったかわからないが、なければ購入すればいいと菫は考える。


「ノエ!」


 イクスが声をかけると、ノエは立ち止まり振り返る。


「なんだ?」

「菫が、アップルパイを作ってくれるそうです」

「本当か!」


 ノエが菫に駆け寄りぶかぶかの服を着た手を伸ばし、菫のもみあげが一部くるんと丸まっているところを引っ張った。


「おい、何故引っ張る」

「引っ張ってみたかったから!」


 無邪気にノエが跳ねると一緒にぴょんとはねている髪の毛が揺れて、菫はそこを掴んでみたいよと内心思うのと同時に、やはり十五歳には見えないと再認識する。


「で、アップルパイ食べられるのか!」

「あぁ、美味しいかはわからないが作ってやるよ」

「やったぞ!」


 握った髪から手を放し、ノエはくるくると回りだしたと思ったら、突然立ち止まる。

 子供の行動は本当に予想がつかないと相好を崩しながらイクスはどうしたのか尋ねる。

 ノエは向日葵が開花したような笑顔を振り向けながらいった。


「イクス。菫、オレな」


 明るく澄んだ瞳は交互にイクスと菫を捉える。


「吸血鬼なんだ」


 無垢な言葉が告げた刹那、真っ白な刀がノエの胸を貫いた。


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