農協おくりびと (40)いきなり、プロポーズ?
祐三と妙子が、良寛の恋の話で盛り上がっているころ。
もうひとりの尼僧。若い圭子は、3人の独身男たちから集中攻撃を受けていた。
「可愛いのに、なんで尼さんなんかになったの?」
「恋人は居たの?。もしかして、振られた腹いせで出家したのかな?」
「地元出身といっていたけど、実家はどこ?。ここの近所かい? ひょっとして」
矢継ぎ早の質問に、若い圭子がついに切れた。
「うるさい。セッカチすぎます、質問が。
せっかくのA5ランクのお肉だというのに、味がまったく分からないじゃないの。
呑むのか、食べるのか、お喋りするのか、どれかひとつにして下さい。
わたしは歌う尼さんのやなせななさんに憧れて、尼僧になりました。
恋人は居ません。だいいち、男に振られたくらいで出家いたしません。
わたしの実家は、隣の町です。
はい、君。次の質問は?」
いきなり指でさされたトマト農家の松島が、ステーキを口にくわえたまま、
呆気に取られ目を丸くする。
「ねぇ。高校時代にわたしの同級生とつきあっていた松島君でしょ、あなた。
わたしのことなんか、覚えていないでしょうねぇ・・・
彼女の輝きの外で、いつも日陰に居たからなぁ、わたしは」
「あ、あのときの圭子か、お前は。もしかして・・・」
白い頭巾なんかかぶっているから、見間違えたぞお前・・・と松島が立ち上がる。
「よくいうわ。わたしのことなんか、まったく眼中になかったくせに!」
圭子がふふふと笑いながら、追い打ちをかける。
「いじめるなよ。たしかにあの時は眼中になかったが、いまは興味津々なんだ。
嘘じゃねぇ。先日の葬式でお前を見た瞬間、俺の頭の中を電撃が走り抜けた。
一目ぼれをしちまったんだ。
俺が結婚する相手はこの人しかいねぇ。その時、そう確信したんだ」
「ちょっと待ってよ。なに勘違いしているのさ、あんたって人は。
わかるように説明してください。
尼さんに向かって結婚してくれなんて、頭がどうかしてるとしか思えません」
「そうだな。俺だけ焦っても、はじまらんようだな・・・」
ステーキを咥えたまま立ち上がった松島が、ようやくのことで冷静さを取り戻す。
「実は俺のほうから、尼さんと合コンしたいと、祐三さんに持ちかけたんだ」
ごくりと肉の塊を呑み込んだ松島が、斜め頭上から圭子の瞳を覗き込む。
「そうか。やっぱり、あんときの圭子だったんだ、お前は・・・
そんな気はしていたんだ。はじめて斎場でお前さんを見た瞬間から」
「本気なの、あんたって。
尼僧の修業をはじめたばかりだけど、出家している身分なのよ、わたしは。
そんな女に求婚するなんて、どうかしてます、あんたって人は」
「尼さんだろうが何だろうが、好きになっちまったものは仕方がねぇだろう。
昔から、好きになったら突っ走る。それが俺の流儀だ。
そういえばお前、さっき、何か言っていたなぁ。
歌う尼さんのやなせななに憧れて、尼さんになったと言っていたよなぁ。
何者だ。お前さんを尼さんにしちまった、やなせななというのは?」
「幼い頃はいじめられっこ。学生時代は落ちこぼれ。
音楽事務所やデモテープ審査とオーディションに落選すること、およそ100回。
未婚のまま、30歳で子宮体ガンを克服。
なかなか思うように進まない人生の中で見つけたのは、生まれ育った「お寺」の存在。
なつかしい場所で歌うという、シンプルなスタイルを確立した女性。
それが、わたしが憧れている、やなせななという尼僧です」
(41)へつづく
農協おくりびと 36話から40話 落合順平 @vkd58788
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