農協おくりびと (38)良寛、70歳の恋

「初めて聞く面白そうな話だ。良寛がよんだ恋の歌か。

 よかったら続きを語ってくれ。なんだか急に興味が湧いてきた」


 ワイングラスをもちあげた祐三が、妙子に向かって身体を乗り出す。

弁慶の白頭巾は、すでに頭から外している。

部屋の冷房が利かず暑くなってきたためか、墨の衣を肩までたくしあげる。

たくましく日焼けした2本の腕が、にょっきりとむき出しになった。


 「若い良寛は円通寺で修業しています。

 その良寛が、晩年になってから生まれ故郷である越後へ帰ります。

 そこで若くて美しい尼僧、貞心尼と運命的な出会いをはたすんどす

 貞心尼と良寛は、激しい胸の内を読んだ歌をたくさんこの世に残します」


 「ふぅ~ん。良寛が生まれたのは、いつごろのことだ?」


「良寛が生まれたのは、1758年どす。

 22歳のとき、越後を訪れた円通寺住職、大忍国仙和尚と運命的に出会います。

 国仙和尚に随行して玉島円通寺へ行き、修行につきます。 

 その後、全国を行脚して1796年、39歳のとき越後へ帰国しています。

 粗末な五合庵に住み、1827年、70歳のとき、貞心尼と出会います」


 「70歳で美女と行きあうのか・・・老いらくになってからの恋なのか、良寛は?」


 「五合庵に住んでいた良寛は、晩年ちかく 木村家の裏屋へ越します。

 30歳の美しい尼僧・貞心尼が、この裏屋へ訪ねてきます。

 福島村で閻魔堂の庵主をしていた貞心尼は、良寛の詩と歌に深い共鳴を覚えます。

 貞心尼は一人で長岡を発ち、信濃川を渡し船で超えます。

 難所で知られる塩入峠を超えて、ようやくの思いで木村家に辿りつきます」


 「女のほうから、はるばる訪ねてきたのか。

 なかなか積極的だったんだなぁ。江戸時代の尼僧というのは・・・」


 「あいにく良寛が留守だったため、土産に持ってきた毛鞠に歌を残します。

 傷心の想いで再び元の道を通り、自分の家に帰るんどすなぁ。

 そのおり、貞心尼がこんな歌をのこしています。


 これぞこの 仏の道に あそびつつ つくやつきせぬ みのりなるらむ


 これに対して良寛が、暫くしてからですが貞心尼に返歌を送ります。

 つきてみよ ひふみよいむなやここのとお とおとおさめて またはじまるを」


 「おいおい。なんだか難しすぎて、無学のワシにはよう分からん。

 分かるように解説してくれ。頼むぜ、別嬪の妙子さん!」

 

 「”毛毬をついてみよ”と”仏道に就いてみよ”を掛けた、良寛独特の表現どす。

 ”つく”は、門をたたくという意味にもとれますなぁ。

 入門を許すことを暗示しているんどす。

 10までついて、また1から始まる毛毬も歌の道も、仏の道もみな同じ。

 最終ゴールなぞありません。それが理解できたら一緒に修業しましょうと応えた歌どす。

 この歌を受け取った貞心尼は、再び塩入峠を越えて、良寛に会いに行きます。

 この時、貞心尼がこんな歌をよみます。

 君にかく あひ見ることの うれしさも まださめやらぬ 夢かとぞ思ふ


 この歌に対して良寛が、こんな歌を返しますなぁ。

 ゆめの世に かつまどろみて 夢をまた かたるも 夢も それがまにまに」


 「70歳と30歳の間を、恋の歌が行ったり来たりするのか・・・

 ふぅ~ん。70歳を過ぎても男は、女に恋をすることが出来るのか。

 夢も有るが、体力も必要とするようじゃのう」


 おい、2杯目を注いでくれと祐三が、ワイングラスを若い者たちの前に

ぐいと突き出す。



(39)へつづく

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