農協おくりびと (37)合コンがはじまる


 「びっくりしました。けど、似合いますなぁみなさん、僧兵の衣装が!」

 

 妙子と名乗った年配の尼僧が、複雑な笑みを頬に浮かべる。

言葉の端になんとなく、京都風のなまりがある

出身は何処と聞くと、「京都府の最北端。東経135度子午線が有る京丹後市どす」

とさわやかな返事といっしょに、可愛い笑顔がかえってきた。


 「日本海に突き出た岬の上に、子午線最北端の塔が建っているんどす。

 昔は方角を、干支(えと)の十二支で表しました。

 真北の方角を「子(ね)」。真南の方角が「午(うま)」。

 「子午線」は地球を垂直にすぱっと切って、真北と真南を結んだ線ということどす。

 別の言い方をすれば任意の点を通る、南北の線ということになりますなぁ」


 「東経135度と言えば、日本の時計の標準時になっている子午線のことだろう。

 線の真上に建っている、明石市の天文科学館へ行ったことが有る。

 へぇぇ。その線の真北で君は生まれたのか。

 で。そっちの若いほうの君は、いったいどこで生まれたのかな?」


 祐三の問いかけに、若いほうの尼僧がむっとした顏を見せる。


 「すんまへんなぁ。期待に応えられなくて。

 うちは地元の出身ですから、取り立てた話題もありまへん。

 朝な夕なに赤城山を見て育っただけの、なんの取りえもない上州女どす。

 中途半端な京都弁なまりは、妙子先輩から教えてもらいました。

 子午線の近くで育った先輩に、京女らしい雰囲気だけを教えてもらった

 つまらない女どす。ウチは・・・」

 

 若いほうの尼僧も指名されると、よく喋る。

祐三に向かって反発しているくせに白頭巾の下で、目が柔らかく笑っている。


 「こら悪かったのう。ぶしつけな質問をしてしまったワシのほうが悪い。

 初対面だというのに、大人らしくなかった。

 ワシは先ほども名乗った通り、有機キュウリを作っている山本祐三じゃ。

 ワシは女房ありの家庭持ちじゃが、残りの3人はいずれも正真正銘の独身じゃ。

 おい。順番に自己紹介をしろ、お前たち」


 祐三に促された男たちが、あわてて膝を戻し、正座する。

生唾をごくりと呑み込んだ最初の男が、大きな声で自己紹介をはじめる


 「トマトを作っている松島と、申します。

 あのぅ、ひとつだけ質問が有るんですが、尼さんと言うのは、

 好きな人が出来た場合、世間の人と同じように結婚することができるんですか?。

 今日はそれが知りたくて、こうして顔を出しました」


 この男は仏門に入った尼僧と、本気で結婚することを考えているのだろうか・・・

茶化している様子は微塵もない。松島の表情は、あくまでも真剣だ。

妙子が若い尼僧にかわり、松島の質問に答える。


 「世俗を捨てて出家していますので、答えは、不可どす。

 すんまへんなぁ。尼さんと結婚することは、しょせん無理どす。

 あきらめておくれやす。

 けどなぁ。まったく方法が無いこともおへんのや」


 「え・・・可能性が有るんですか!。

 どんな方法ですか。教えてください、僕、真剣に努力をしますから!」


 「熱いなぁ、あんたはんという方も。

 出家の出家という、乱暴な方法が有るんどす。

 尼僧を辞めて世俗の世界に戻ることを、還俗(げんぞく)といいます。

 つまり。尼でいるあいだは恋をすることは出来ても、結婚することは出来ません。

 残念ながら、そういう結論になりますなぁ」


 「あ。でも、恋は出来るんですね、尼さんと!」


 「恋くらいはしてもええんやないどすか。尼僧といえども。

 良寛和尚と美しい尼僧・貞心尼の、恋の歌のやり取りは有名どすから」


 「良寛和尚って・・・子供たちとよく遊んだいうと、あの良寛の事ですか?」


 「そうどす。その良寛和尚どす。

 無欲恬淡な性格で、生涯にわたって寺を持たず、諸民に信頼された良寛のことどす。

 その良寛が70歳になってから、美しい尼僧と恋をするんどすなぁ」



(38)へつづく

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