三人の思い出作り

「では改めまして、二人とも明けましておめでとう」

「おめでとう」

『おめでとうございます。今年もよろしくお願いします』


 説教が終わってようやく一息付いた後、栞の挨拶に俺とレイは返事をした。


「いや~、去年は色々あったわね~。レイちゃんと知り合ったり、悟史の目的も知ったりと」

「まあ、そうだな」

『まだホンの数ヵ月だけど、ずいぶん長く交流しているような気がします』


 テーブルを囲んで俺達は今日までの三人の日々を振り返っていた。


 レイの言う通り、俺達三人が知り合ってからまだ一年も経っていない。当たり前のようにこうして面と向かっているが、回数で言えばまだまだ数える程度。


 そうか。考えてみたらまだそれぐらいしかレイとの思い出はないのか……。


 思い出というにはまだまだ足りない時間だ。話題に出せばパッ、とすぐに思い付いてしまうし、懐かしいと話が膨らむほど時間が経過しているわけでもない。


 毎日共に生活しているのだから、その一日一日が記憶に残る出来事であるはずだろう。ましてやレイは幽霊だ。幽霊と同居なんてネタの宝庫だろうし、今俺はそれを現在進行形で体験中。話題に事欠かないはずだが、これという話題は見当たらない。


 これはおそらく、レイとの生活が当たり前になっているからだろう。レイとは赤の他人であるのだが、別に気を遣う事は一切しない。部屋をパンツ一枚でウロウロしないといった最低限のマナーは守っているが、幽霊という立場に関係なく接するし、喧嘩なんてしょっちゅうだ。まるで友達や家族との関係のように……。


 おっと、いかんいかん。柄にもなくなんか耽ってしまった。


 意識が過去に飛んでいた事に気付いた俺は現在に引き戻す。レイとの思い出は少ない。懐かしむにはまだまだ量が足りないし、この先話題に出た時も膨らまないだろう。なら答えは一つ。その思い出を築き上げよう。今日も何かしらの記憶に刻むよう心掛ける。それだけだ。


「んで、今日はどんな予定で来たんだ?」

「遊びに来たに決まってるでしょ」

『何して遊びます?』


 レイは楽しそうに栞に話し掛けた。


「え~とね、実は今日あるお店で新しい服が発売されるらしくて――」

「断る!」

「まだ最後まで言ってないけど?」

『何で断るのよ?』

「断るに決まってるだろ。お前らのした仕打ちを忘れたとは言わせんぞ」


 栞の意図を理解できた俺は即座に否定する。数少ない思い出の中、服という単語を聞いて思い付くのは一つしかない。


 あれは去年の十一月。栞の誘いで三人で街へ買い物に出掛けたのだ。俺は荷物持ち要員だったが、栞とレイは楽しそうに買い物を楽しんでいた。その内の一つに、ある女性服を扱うお店に入ったのだが……。


「なんかあったっけ?」

『何もなかったと思うけど?』

「嘘つけや。最大珍事をしてくれただろ」

「……?」

『……?』


 首を傾げて眉に皺を寄せる二人。すっとぼけているのが丸分かりだ。俺はあらんかぎりの怒りをぶつけるように叫ぶ。


「……俺に憑依して女性服を着せただろうがぁぁぁ!」


 経緯はこうだ。試着をして楽しんでいた栞に、レイが羨ましいと口にしたのだ(出掛けように作った小さなひらがな表記を持参)。栞に憑依すればいいものを、体型が違うからと落ち込んでいると栞が「じゃあ、悟史に憑依したら?」なんて言ったもんだから、レイが俺に憑依して試着を始めたのだ。


「何で俺が女装しなきゃならんのだ!」

「いや、あんたの女装じゃなくてレイちゃんの試着だから」

「俺達はそうでも周りから見たら明らかに俺が女装趣味のある人間にしか見えないだろうが!」


 せめてズボンとかならいいものの、よりにもよってワンピースとかスカートとか女性服をチョイスしやがって。他の客や店員からの怪しい視線がグサグサと刺さってしんどかったぞ。


「せめて着ずに鏡の前で合わせるだけにしてくれよ……」

「気に入った服を試着するのは当然でしょ?」

『いや~、久し振りにああして服を選ぶ楽しみを味わえたわ~』

「俺は拷問に等しかったですがね!」

「大丈夫よ。今は男性が女性の服を着るのも寛大な世の中になっているんだし。その辺はみんな理解してるわ」

「誰も理解してくれなんて言ってないわ! 次からは女性服の店に行くのは禁止! 絶対イヤだからな!」

『え~、でもまた服を見に行きたいな~』

「言ってるそばから何を言ってるんだ!?」

『で、で? 栞さん、その新しい服ってどんな?』


 やめろぉぉぉ!


「ああ、うん。レイちゃんにも似合いそうな可愛いヤツも雑誌に載ってたから行きたいな~、って思ったんだけどなんか今日は休みみたいで残念、って話」

『休み? あ~、それは残念』


 休み? よかった~。またあの拷問を受ける事になるかと思ったぜ。というか、休みなら最初から休みって言えよ。その前振りは何だったんだ?


 心から安堵を噛み締める俺。


「他にも食事所とか色々探したけど、目ぼしいものは見つからなくて出掛ける場所がなかったわ」

「じゃあ、今日は家でゴロゴロしようぜ」

『いやいや、栞さんが遊びに来てくれてゴロゴロはないでしょ』

「けど、ウチには今遊べる目ぼしい物は無いぞ?」


 トランプといったカード系はあるが、これまで何回かやっているので正直飽きてきた。


「ふっふっふ……そう言うと思って私がゲームを持ってきたわ」


 栞は後ろに振り向くと、自分のカバンの隣にある大きめの紙袋を引き寄せた。


「なんだ、それお土産じゃなかったのか。てっきり新年の挨拶で食いもんかなんかだと」

「何で私が悟史に律儀に挨拶の品を持ってくるのよ?」


 ……さっき礼儀とか言ってなかったか?


『随分大きなヤツですね』

「そうよ。レイちゃんも知ってる懐かしいゲーム。そ、れ、は……じゃーん!」


 紙袋から出した物を栞が俺達の前に付き出す。それは過去に大人気になっていたボードゲームで、箱の真ん中にデカデカと『人生ゲーム』という文字が刻まれていた。

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