明けましてお説教
「ハッピーニューイヤー! 今年の栞様は遥か高みへ昇る年になるであろう!」
一月十五日。
曜日は土曜日。
インターホンが鳴り、ドアを開けると開口一番に栞がそう叫んだ。
「……はぁ~」
「ちょっとなによ、その溜め息は」
「いや。朝っぱらから元気だな~、と思って」
「何言ってるのよ。今日の天気を見なさい。雲一つない快晴よ? 心も晴れやかになるでしょうよ」
栞の言う通り、今日は見事な晴れ模様だった。テレビで流れた天気予報でも、一月でありながら最高気温が十四度になるらしく、薄手の格好でも快適に過ごせる程だ。栞も今日は比較的薄着で、腰まである白のカーディガンにジーンズの生地の短パンを身に付けていた。
「まあ、確かに今日はいい天気だ。ポカポカして暖かい」
「でしょ? こんな日はやっぱり――」
「昼寝日和だな」
「そうそう、こんな日はなんにもしないで家でグータラするのは最高よね!」
「だろ? だから俺は寝る。おやすみ~」
「おやすみ……って、待てやコラ!」
あと数センチでドアが閉まるであろう所で栞が割って入る。
「なんだよ、おやすみって言ったろ」
「おやすみちゃうわ! 私が来てなぜ昼寝をする!」
「眠いからだ」
「今何時だと思ってるの!?」
「一時過ぎだな」
「こんな日に午後になっても寝るなんて、しかも私が遊びに来たのに相手をしないとか勿体ないとは思わないの?」
「俺にとって休日は寝る、食う、寝る、寝る、寝る。それが優雅な過ごし方だ」
「それただの堕落!」
堕落。最高の言葉じゃないか。嫉妬、暴食、色欲、憤怒、怠惰、強欲、傲慢と人には七つの罪があると言うが、俺はその中でも怠惰が一番好きだ。これだけは罪ではなくむしろ福だろうと解釈している。だって他のは惑わす要素あるけど、怠惰だけは家で何もしなければ誰にも迷惑掛けないんだぜ?
「私、一応新年の挨拶も兼ねてここに来たんだけど?」
「それ元旦にしたろ? 零時回った瞬間電話掛けてきたじゃねぇか」
最初はLINEで「明けましておめでとう!」と通知が来たが、返事が面倒臭くて放置していた。そしたら「ハッピーニューイヤー!」「今年は二○一九年! 十年代最後の年だぞ!」とさらに続けざまに通知が届き、最後には「このLINEを見て十秒以内に返事を寄越さないと不幸が訪れる」なんて来てはいたが全部無視。そしたら十秒過ぎた辺りに電話で「返事出せやバカ悟史!」と罵られ、新年最初の言葉がそれだった。
「あれはあれ、それはそれ。直接会って挨拶するのも礼儀よ?」
「おおう、お前の口から礼儀なんて言葉が出るとは……」
「私も大人よ。礼儀知らずな人間なわけないでしょ」
「その格好でそれを言うか?」
栞は未だにドアの隙間に足と手を入れて必死に抵抗している。家主の意思に対抗しているその姿は礼儀とは遥かに掛け離れているだろう。
「とりあえずその手と足をどけろ」
「イヤよ。閉めるじゃない」
「そうだよ。閉めるのに邪魔だからどけろ」
「入れてよ!」
「断る!」
そんなやり取りがしばらく続く。すると、俺の頭に衝撃が走りドアを閉めていた手がノブから離れてしまった。
「いって~!」
「ありがとう、レイちゃん!」
隙を見た栞がすかさず中に入り込み、俺の後ろで腰に手を当てて立つレイに向かってお礼を投げる。頭にぶつけたのはどうやら漫画であり、レイの手のひらの上で浮いていた。
「レイ、何すんだよ」
「何言ってるのよ。悟史が子供みたいな事するからでしょうが」
「俺じゃなくて栞だろ。ガキみたいに駄々こねやがって」
「悟史でしょ」
「いいや、栞」
「悟史!」
「栞だ!」
俺と栞が睨み合う。そんな俺達にレイがまた漫画を頭にぶつけてきた。
「ぐおぉぉぉ! 角が当たった!」
「いった~! レイちゃん、何で私も!?」
『……』
レイは呆れた顔で見返している。すると、壁に張り付けてあるひらがな表記に指を走らせた。
『あのさ、栞さんが来る度にそのやり取りやってるけど、それ二人の間の何かの儀式なの?』
「儀式じゃねぇよ。普通に帰そうとしてるんだよ」
「だから何で帰そうとするのよ!」
「お前がいるとゆっくり出来ないからだよ」
「私は邪魔だってか!?」
「率直に言ってそうだな」
「ムキィィィ!」
スパァン、スパァン!
「また!?」
「くっそ~。レイ、お前もいいかげんに――」
……ゴオォォォ。
髪を逆立てて揺らしながら、レイが腕を組んで仁王立ち。顔は満面の笑顔を浮かべているが、あれは明らかに怒っている笑顔だ。
「……あの~?」
「……レ、レイちゃん?」
レイの圧に俺と栞は縮こまり、恐る恐る声を掛ける。
『二人とも、本当にいい加減にしてほしいな? 玄関でそんなやり取り子供でもしないし、近所迷惑なの分からない歳じゃないよね?』
「いや、だから栞が――」
『だから?』
「……」
『だ、か、ら?』
「……ごめんなさい」
「あはは~。悟史怒られてやんの~」
『栞さん、あなたもですよ』
「むゃあ!?」
『意地になって反発してれば結果はそうなるでしょ。大人だと言うなら落ち着きなさい』
「いや、だって悟史が――」
『だって?』
「いや、あの……」
『だ、っ、て?』
「……」
『二人とも、正座』
「……はい」
「……はい」
俺と栞は玄関でレイの前に正座させられ、母親に叱られる子供の様に三十分程説教を食らってしまっていた。
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