譲れない二人
「すべらない話だ!」
『いいえ! トトロよ!』
時刻は二十一時手前。
俺とレイはテレビの前で抗争していた。
「悪いが今日は譲れないぞ。今日の参加者を見てないのか? このメンバーは精鋭揃いだぞ。過去最高のすべらない話になる事間違いなし。それを見逃す訳にはいかないんだ」
『何言ってるのよ。そんなバラエティーよりも、トトロの方が観るべき映画よ』
「ふざけるな! このアニメ映画、何回も放送されてるだろうが!」
『何回観ても感動するからこうして放送されてるのよ! トトロは世界に愛された名作なの。名作だからこそ観るべきなのよ!』
説明は不要であろうがとりあえず言っておくと、俺とレイは二十一時から始まる番組の取り合いをしていた。俺は久し振りに放送する、芸人が語るすべらない話、レイはロードショウのトトロだ。
「今日は歴代MVPにハズレのない話で定番のメンバーがいるんだ。笑いの嵐が巻き起こるんだよ」
『何が笑いの嵐よ。こっちはサツキとメイの奮闘する姿に感動の嵐が吹き荒れるわ』
「内容覚えてるんだからもういいだろ。観たけりゃDVDレンタルショップで借りてやるから」
『私は今観たいのよ! 悟史こそレンタルで観ればいいじゃない!』
「バカやろ! 傑作選ならまだしも、今日はオリジナルなんだよ! DVD化するのは何ヵ月も先だろうが! そんなに待てるか!」
我が家にはテレビは一台しかない。つまり、観れるのはただ一人。こういう場合はどちらかを録画すれば済むのだが、つい三日前にプレイヤーが故障してしまったのだ。それにより、テレビをどちらが独占するかの話になった。
最新のテレビは一台で画面を二つに分割して二本同時に観れたりするらしいが、値段は当然高い。フリーターである俺にそんな高価なものを買えるわけもない。
開始まであと数分。しかし、お互い譲る気配もなく、いまだに観る番組が決まらない。
「レイ、今回は諦めろ。トトロはまた今度――」
主導権を握るにはやはりリモコンを手に取る事だ。そう思ってリモコンを取ろうと手を伸ばしたが、ヒョイ、っと逃げられた。
『それは悟史の方よ。私は三日前から楽しみにしてんだから』
勝手に動いたリモコンはレイの手のひらの上でゆらゆらと浮いている。ポルターガイストの力でレイが俺から奪っていた。
「ふん。だったら俺の勝ちだ。俺は四日前から目星を付けていたんだ」
『あっ、ごめん。三日前じゃなくて五日前だった』
「あっ、嘘。俺は六日前」
『と言いつつ、私は一週間前』
「俺は十日前」
『十一!』
「十二!」
ぶっちゃけ日にちの競いなど無意味だが、譲れない気持ちが爆発しているので止まらない。
「ええい、返せ! それは俺のリモコンだ!」
『違うわ! 私の手元にあるんだから私のよ!』
「触れてないんだからノーカンだ」
『悟史だって触れてないんだから悟史のものでもない』
「よ~し、じゃあ番組が始まる時間に手元にあった方の勝ちでどうだ?」
『面白いじゃない。受けて立つ!』
俺達は睨み合い、臨戦体勢を取る。そして、タイミングを見計らった俺は飛び付いた。
「おらぁぁ!」
ヒョイ。
「そこだ!」
ヒョイ。
「右……と見せかけて左!」
ヒョイヒョイ。
動きが読まれているのか、まったくかすりもしない。悉く避けられる。それがさらにレイを調子に乗せてしまい、『オホホホホ!』と口元に手を添え、笑いながら俺を見下している。
「このやろ……」
読まれている以上、フェイントを入れても意味がない。ならば、手数で勝負だ。
「ふぅ~……アタタタタタタッ!」
ボクシングの連打の如く、右左右左と腕をリモコン目掛けて突き出す。一発攻撃からの変化にレイも慌てたのか、焦った表情でリモコンをあちこちに浮遊させる。
「オラオラオラオラオラオラァァァァ!」
気合いの声と共に攻撃を仕掛けていると、レイの胸元でリモコンの動きが遅くなった。
チャンス! もらったぁぁぁぁ!
勝負所と見た俺はすかさず右腕を伸ばす。しかし、勢いが強すぎたのか握る前に触れたリモコンが上へと飛んでいった。
「ちくしょ――おわっ!」
腕だけでなく、重心も前に向けていた俺はバランスを崩し、レイの方へ倒れ始めた。右腕を胸へ目掛けながら……。
「危な――いてっ」
ぶつかった俺達は重なるように倒れ……込むことはなく、実体のない幽霊のレイの身体をすり抜け、俺だけ床に倒れた。ダメージはほぼ無かったのですぐに身体を起こし、また攻撃を開始しようとしたが……。
『――さあ、今夜のロードショウはジブリ映画の名作、トトロです』
テレビからナレーションが流れた。時計を見ると、タイムリミットの二十一時を差している。
「ああ!? もう時間かよ!?」
リモコンは今俺の手の中にない。という事はまさか……。
バッ、とレイの方へ視線を向ける。しかし、レイもリモコンを持っていなかった。というより……。
「何してんの? お前?」
レイは自分の胸の前で両腕を交差させて、俺を睨み付けていた。頬もどこか赤くなっている。
「お前も持ってないみたいだけど、リモコンは何処だ?」
辺りを探すと、壁際に落ちていた。それを拾って戻るが、レイはいまだに俺を真っ直ぐ見ている。
「何だよさっきから。どうした?」
そう聞いてみると、片腕をゆっくり伸ばしてテーブルにあるひらがな表記に指を走らせた。
『悟史……何か言う事はないの?』
「何か、って?」
『……私に何か言う事があるんじゃないの?』
「お前に? 何を?」
『だから……私の方に倒れ込んだ拍子に……ま、まあ? あれはアクシデントだからしょうがないと言えばしょうがないけど、一言あってもいいんじゃない?』
何を言ってるんだ、こいつ?
「別に何もなかったろ」
『いや、私は実体がないから感触はないだろうけど、それでもあれは……』
「感触? 感触もなにも無いだろ」
『……無い、ですって?』
ピキッ、という音が聞こえたような気がするが、気のせいだろうか。
「ああ。特に無かったろ?」
『特に? 少しはあるわよ!』
突然、レイが怒り出した。
『見た目は小さいかもしれないし、実際に触ってないから分からないかもだけど、私は着痩せするタイプなのよ!』
「着痩せ?」
『そりゃあ栞さんのと比べたらあれかもしれないけど、それでも私は平均的な大きさだ! なめるな!』
「平均的な大きさ?」
一体こいつは何の話をしているんだ? それに、何でここで栞が出てくるんだ?
『とにかく、今の発言を撤回して私に謝れ』
「何で謝るんだよ。ぶつかって怪我を負ったわけでもないし、何もなかっただろ」
『あるわ!』
「ないって」
『ある!』
「ない!」
今度はあるないの言葉の交差。その後もどこか噛み合わない話が続き、とうとうレイが限界を越えた。
『ああもう、頭にきた! 男ってみんなそうよね』
「いや、男女関係ないだろこれ」
『え~え~そうでしょうね男はみんな小さいよりも大きい方が好きだもんねこのスケベ野郎!』
「スケベ!? 今の話のどこにスケベ要素があったんだよ!」
『そんなに大きいのがいいなら栞さんを呼んで包まれて来いや!』
「だから何で栞が出てくるんだ!」
『うっさいうっさい! スケベスケベスケベスケベスケベスケベ――』
「だあぁぁ、うるせぇ! さっきからわけ分からないか事ばかり言いやがって。文句あるなら出てけ!」
『ええ、ええ出ていきますとも! 実家に帰らせていただきます!』
そう言うと、レイは背中を向けながら姿を消した。
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