駆逐してやる!
「なあ、森繁」
「何すか、先輩」
深夜のコンビニ。先輩と二人でレジ前に立っていると話しかけられた。
「チョコってさ、虫歯になるよな」
「なりますね」
「虫歯になるとさ、歯医者行かなくちゃならないじゃん。そうなると、治療費掛かるよな」
「掛かりますね」
「たかが五百円程度の物を食って、その後何千円もの出費を考えたら、食わない方がいいよな」
「気が合いますね。俺も同じ事考えてましたよ」
「だよな。そんなリスク背負い込むならチョコなんて――」
ピンポーンと来店音が鳴ると、大学生くらいの二人の女の子が姿を現した。飲み物やお菓子類をカゴ一杯に入れ、レジに来る。
「あれ? 美由紀チョコ買ったの?」
「う、うん。まあね」
「へ~、あげる人いたんだ~」
「な、何よ。茜だってその手に持ってる箱は何よ?」
「えっ? ま、まあこれは、ほら……あれだし」
「例の人に?」
「う、うん……」
「そっか。頑張ってね。応援してるから」
「ありがとう。美由紀も内気だけど、勇気出して渡しなよ」
「うん、頑張ってみる」
「じゃあ、今日はお互い作戦会議だね」
会計を済ませた二人は恥ずかしそうでありながらも笑顔で帰っていく。ありがとうございましたと声を掛けたのだが……。
「……チクショオォォォォォォォ!」
その二人の姿がいなくなった瞬間、先輩は涙を流しながら床に崩れ落ちた。
「何がバレンタインだ! ぬぁぁぁにがチョコレートだ! んなもんレンジで温めて溶かしてやるわぁぁぁぁ!」
クソッタレェェ、という悲痛の叫びが店一杯に広がる。
「誰だよこんなくそムカつくイベント始めたのは! マジでぶっ殺す!」
「先輩……」
崩れ落ちている先輩の背中に俺はそっ、と手を置く。おかしいな、先輩の気持ちが痛いほど理解できてしまう。
「大体何で今年は本命バレンタインなんだよ……今までは気楽に渡すイベントだったじゃんか。それなのに、それなのに……うぅ」
「諦めましょうよ、先輩。バレンタインは今に始まった事じゃないんですし」
「森繁……」
これでもかというぐらい涙と鼻水で顔がグチャグチャになった先輩が見つめ返してくる。
「俺達がバレンタインチョコを貰える可能性はゼロ。そんなの分かり切っていたじゃないですか。今の俺達がするべき事はチョコを貰う事じゃない。そのチョコを別の男に渡すであろう女子に売る事です」
起こり得ない事態をいつまでも願っても時間の無駄だ。今俺達はチョコを売る機械となるべきだ。そのためにこうしてバイトの制服に身を包んでいる。
「でもさでもさ! やっぱ男としては貰いたいだろ!?」
「もちろんそうですが、無縁な事にいつまでもしがみついていたら、そっちの方が格好悪いです」
っていうか、さっさと立ち上がってください。仕事しろ。
「森繁、お前良い奴だな」
いくらか元気が取り戻せたのか、ようやく先輩は立ち上がった。鼻水拭け。
「お前の言う通り、今の俺達は男じゃない。このコンビニのイチ店員だ。となれば、やる事は一つ」
「そう、俺達がやるのは……」
ピンポーン。
「「世の男共にチョコを食べさせて(虫歯にさせて)やる事だ!」」
二人で叫ぶと同時にまた女性二人組が来店。それを聞いた二人はヒソヒソと小声で何かを話したかと思うと店の中には入らず立ち去っていった。
あぁぁぁぁ、待ってぇぇぇ! 違うから! 同姓愛者じゃないから! お願い話を聞いてぇぇぇ!
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