夢見たっていいじゃない
「あ~あ、貰えないバレンタインチョコを売る程苦痛なのはないよな。拷問の何物でもない」
普通なら感謝の気持ちを込めて渡すべきだが、今日に限っては怨念込めて渡してやったぜ。それを食った男は虫歯だけじゃなく、原因不明の腹痛に悩まされるように。
「ふっふっふ……果たして何人の男が苦しむのか、楽しみだぜ――イテッ!」
頭に衝撃を食らったので振り返る。すると、そこにはポルターガイストで雑誌を浮かせたレイが立っていた。
「痛ぇな。何すんだよ」
『気持ち悪い』
テーブルにあるひらがな表記でレイが言葉を紡ぐ。誰が気持ち悪いって?
『不気味な笑み浮かべないでくれる? 今日は寒いっていうのに、そんな気持ち悪い顔見たら余計寒気がするじゃない』
「うるせぇな。これが笑わずにいられるか」
『一応聞くけど、何を考えていたのかしら?』
俺は今思っていた事をそのままレイに伝える。
『……ダサッ』
「あぁん? ダサいとはなんだ、ダサいとは」
『そのままよ。ただ妬んでるだけじゃない。接客業の人間がそんな考え持つとか最低ね』
「接客業の人間だって人なんだ。完全な真心込めれるわけないだろ」
『うわ~、コンビニ店員にあるまじき言葉だわ~』
蔑む目を向けながらレイが俺を見下ろす。
何とでも言え。今日の俺は真心を忘れる事にしたんだ。バレンタイン等、遠い世界の出来事と考える事にしたんだ。
『まあ、悟史じゃ絶対貰えないもんね。妬むのも無理ないか』
「絶対とは何だ、絶対とは」
『絶対でしょうよ。彼女いないんだし』
「ああ、たしかにいないな。でも、いないのはお前のせいでもあるんだぞ」
『はあ!? 何で私が!?』
心外と言わんばかりにレイが目を見開きながら驚く。
「何をそんなに驚いてるんだよ! 当たり前だろうが! 忘れたとは言わせんぞ!」
『私、何もしてないけど……』
「嘘をつけぇぇぇ!」
数々の妨害(?)行為の一例を羅列するとこうなる。
一、バイト先で可愛い子が入った時、仲良くなろうと会話していたら、レイがポルターガイストで棚を倒す。頻繁に起こすのでその子は俺に近付かなくなった。
二、先輩から合コンの誘いを受け、いざ行こうとしたら脳天を鈍器で殴られ気絶させられる。気が付いたら朝を迎えていた。
三、前に一度、遊んでいて仲良くなった女の子を家に招待したらレイがポルターガイストやラップ音を鳴らし、恐怖に陥れて追い返した。
……等々。
こんだけの事をしといて、よくもまあ何もしていないなんて言えるな。
「俺の青春を悉くぶち壊したのはどこのどなたですかね!」
『さ、さあ~? 私は覚えてないな~?』
顔をそらして音にならない口笛を吹くレイ。
とぼけるのヘタクソだなこいつ。まさか口笛を吹くヤツが本当にいるとは。
「何なの? お前は何がしたいの? 何が気に食わないの?」
『べっつに~。悟史がどこの誰と付き合おうが、私には関係ないし~』
「関係ないなら邪魔するなよ!」
俺だって女の子とイチャイチャしたいんだよぉぉぉ! 夢見させろよぉぉぉ!
はぁ~、なんか疲れた。もう寝よう。どうせ何もないんだし、さっさと寝よう。
『ね、ねぇ、悟史』
「何だよ?」
ベットに向かうため立ち上がろうとした時、レイが話し掛けてくる。
『悟史もやっぱ、女の子からチョコを貰いたいの?』
「当たり前だろ。俺だって男なんだ」
『ふ、ふ~ん……』
「何だよ、どうした?」
何かを考える仕草をしたかと思えば、レイはこう続けてきた。
『ま、まあ、あまりに可哀想だから? 私が悟史にチョ――』
ピンポーン。
そこで家のチャイムが鳴った。こんな早くから誰だろうと思いながら、俺は玄関へ向かいドアを開けた。
「やあ、おはよう!」
そこには敬礼の体制で立つ、俺の幼馴染み獅子川栞がいた。白いもふもふの可愛らしい小さめのコートを着て、それでも豊満な胸が強調されている。大分身体が冷えているのか、頬はほんのり赤く染まっていた。
寒そうだな。
そう思った俺は……。
……バタン。
静かにドアを閉めた。もちろん、鍵も忘れずに掛ける。
さぁて、今日は冷えるし、さっさと寝――。
ドンドンドンドンッ!
「こらぁぁ! 何閉めてんのよ! さっさと入れなさい! 寒いのよ!」
目覚ましはいいかな。時間気にせずゆっくり寝るべ。
「聞いてんの悟史!? 開けなさいよ! 寒くて死にそうなのよ! えぇい、開けんかこのおバカ!」
あっ、そういや買ったばかりの漫画があったな。あれ寝る前に読も。
「あ~あ~そうですかそうですか。開けないつもりなのね。いいわ、それならこっちも黙っていないわよ?」
うるせぇな。早く帰れよ。近所迷惑――。
「小学四年生までおねしょしてた森繁悟史君、プールの時間泳いでいる途中で水着が脱げてスッポンポンになった森繁悟史君、中学の時走り幅跳びで着地失敗して足首骨折した森繁悟史君、高校の時告白したけど鼻で笑われて振られた森繁悟史君、あとあと――」
やぁぁぁぁめぇぇぇぇろぉぉぉぉ!
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