心の叫び
加藤さん達のお願いを了承すると、俺は鈴木さんに別ね部屋に案内された。六畳ほどの広さの部屋で、従業員の休憩室として使用している部屋らしい。壁際にテーブルが寄せられ、パイプ椅子が畳んで立て掛けられている。
「ミミと遊ぶ時はいつもこの部屋を使っているんです。遊び道具もあの箱に入っていますので、それを使っても構いません。おやつもあるのであげてもいいですが、あまり与えすぎないでくださいね。多くてもジャーキー三つまでで」
そして、お願いしますと頭を下げた鈴木さんは仕事に戻るため部屋から出ていった。
「さあ~て。思いっきり遊ぶか」
そう言うと隣でレイが目を輝かせ、待ちきれなさそうにソワソワしていた。ミミも早く早く! というように尻尾を振っている。
「分かった分かった。そう焦らすなよ」
俺はまず遊び道具が入っているという箱の中身を確認してみた。
「え~と、ボールが四つに人形が五体、丸められた靴下が三束に紐が三本、チョロQが三個」
中々数が多い。どれもかなり痛んだり崩れたりとボロボロになっているが、それだけミミのお気に入りであるということを表している。
「おっ、これはおかし袋だな。え~と、ジャーキーにボーロ、ガムにクッキー、スナック……」
……いや、多くね? オモチャといいおやつといい、ここの従業員ミミに入れ込みすぎじゃね?
「ま、まあ、おやつは後だな。まずは遊ぼう。ここは無難にボールでいくか」
俺は四つの内の一つを手に取り、ミミから少し離れた。ミミはお座りをした状態でこちらを見ている。
「よ~し、いくぞミミ。そら!」
俺はボールを部屋の隅に向けて投げた。しかし……。
「……」
ミミは動かず、俺が投げたボールをただ眺めていた。
「あれ? 何で取りに行かないんだ? もう一回やってみるか。ほら、ボールだぞ」
俺はボールを拾い、今度はミミに向けてそっと投げてみる。ポンポンと跳ねる動きに合わせてミミが頭を上下に動かす。だが、それだけだった。その場から動く気配がない。
「う~ん、おかしいな。ボールは興味ないのか?」
ボロボロになっていることからお気に入りと思われるが、ミミはいまいち乗り気ではない。
『ねえねえ、悟史。私にやらせて!』
既に置いておいたひらがな表記でレイが主張する。
「いや、お前投げれないだろ」
『大丈夫。ポルターガイストを使えば』
「バカバカ、よせ。万が一そんな所見られたら洒落にならん。鈴木さん達がいつ来るか分からないんだぞ?」
ボールが空中に浮いていたら間違いなく騒ぎになる。色々と問い詰められてしまうだろう。
『で、でも私だってミミと遊びたい!』
「そりゃ分かるが……う~ん、どうしたもんか」
『……あっ、ねえねえ。こうしましょ!』
腕を組んで何かないかと考えていると、レイが妙案を思い付いたようだ。説明を聞き、俺はその通りやってみる。
「……本当にこれでいいのか?」
準備ができた俺はレイに聞いてみる。レイの提案というのは、ボールを握った俺の手にレイも手を添え、同時に動かして投げる、というものだった。
『うん。じゃあ、せ~の、で投げてみて』
「えっと、どのタイミングだ? せ~の、ののでいくのか? それとも、せ~の、って言ってからか?」
『どっちでもいいわよ、そんなもん。くだらないこと聞いてないで早くして!』
バカを見る目で俺を見るレイ。そんなくだらないか? タイミングは重要だぞ?
「じゃあ、いくぞ? せ~の!」
掛け声と同時に俺とレイの動きがシンクロし、ボールを投げる。すると、ミミがボール目掛けて駆け出した。隣ではそれを眺めてレイがはしゃいでいる。
「……」
あっれぇぇぇ? こいつは一体……。
ボールをくわえたミミがこちらに尻尾を振りながら近付いてくる。俺は手を差し出し、レイも隣で同じようにする。すると……。
ポトッ。
ミミがボールを離した。レイの手の方で。お利口にお座りし、尻尾を振りながら次次! と訴えている。
『きゃあぁぁぁ! 可愛いぃぃぃ!』
ウネウネと身体を捩らせ、悶え死ぬのでは? と思うくらい悶えている。それから伏せ、ローリングの合図を送ってミミがそれを忠実に従い、また身を捩らせた。
……。
ちくしょぉぉぉ!
ああ分かってたさ、分かっていたさ! ミミが好意を寄せているのは俺じゃなくてレイだということは! でもさ、でもさ! それは露骨すぎないかい、ミミさん!?
ショックを受ける俺とは裏腹に、レイとミミは楽しそうに部屋を掛けている。もう二人の世界に入り込み、俺は完全に蚊帳の外である。
俺は床にあるボールを拾い上げ、今の気持ちをぶつけるように思いっきり叩きつけた。
****
「本当にありがとうございました! ミミもすごく喜んでいます!」
閉店間際、閉店時間を知らせに鈴木さんが顔を出しミミとの遊びはお開きになった。建物の入り口で鈴木さんが頭を下げて俺にお礼を述べる。横には加藤さんもおり、二人で俺を見送りに来てくれたのだ。
「とても全力で遊んでくれたんですね。そんなに
「……ええ、まあ」
俺はドン底の気分で返事をする。あれからミミは一度として俺に振り向きもせず、ずっとレイと遊んでいた。ボールを投げる時は俺に近付くが、それ以外は用済み。まるで石か何かのように無関心で、俺は部屋の隅で体育座りして縮こまっていた。俺とは対称に、レイはホクホクの笑顔で生き生きとしている。
「いや~、本当に感謝します。ミミがこんなに元気になるなんて」
ミミを抱きながら加藤さんもお礼を言う。一切俺には振り向いてくれなかったが、たしかにミミは元気そうに見えた。
……まあ、いっか。そもそも動物園に来たのは、レイに振り向いてくれる動物を探すのが目的だったわけだし。レイは満足し、ミミも嬉しそう。これでよしとしよう。
「美山さんという方が早く退院するといいですね」
「ええ。予定ではあと一週間程で退院出来るようですので、ミミにはまだもう少し我慢してもらうことになりますが、この調子なら大丈夫でしょう。昨日までは本当に元気がなく食欲もなかったのに、今日は一杯食べていましたから」
今の様子からは想像も付かないが、加藤さんと鈴木さんの雰囲気からかなり元気がなかったのだろう。それこそ病気になったぐらいに。
「お役に立てたのなら良かったです。俺達も楽しめましたから」
「俺達? 他に誰かいたんですか?」
「あ、ああ、すいません。俺とミミ、という意味です」
あぶね。危うくレイの存在を言ってしまう所だった。
「ああ、なるほど。どうやら相当仲良くなったようですね。もしよろしければまた遊びに来てください。歓迎します」
「ありがとうございます。それじゃあ」
俺は靴を履き終え、入り口に向かい始める。すると、俺が到達する前に入り口のドアが開き、そこから一人の女性が姿を現した。松葉杖を突き、足にはギプスを嵌めている。
骨折した女の人? えっ? もしかして……。
「美山さん!」
後ろから鈴木さんが声をあげる。やはりこの女性は話に出てた美山という従業員らしい。髪型は写真と異なるが、顔立ちはやはりレイに似ている。
「ただいま戻りました。ご迷惑かけてすいません」
「え、でもどうして? 退院は来週のはずでは?」
「ええ、実は――」
「ワンワン!」
「ミミ!」
ゆっくり腰をおろした美山さんに、加藤さんに抱かれていたミミが暴れだしてすり抜けると、一目散に美山さんに駆け寄った。
「ごめんね。寂しかったでしょ?」
「クウゥゥン、クウゥゥン」
もう離れないというように、美山さんの身体に必死に寄りすがるミミ。こんな甘えた声を出すミミは初めて見た。聞いた通り、一番に懐いているのはこの美山さんなのだ。
「美山さん、大丈夫何ですか? 足の方は」
「あっ、はい。問題ないです。予定は来週でしたが、院長に無理にお願いして今日退院させてもらったんです。それに、早くミミにも会いたかったし」
「それなら連絡寄越してくれればいいのに」
「驚かせようと思ったので」
「サプライズか。まあ、たしかにミミにはサプライズだな」
これでもかというぐらい、ミミの尻尾は振り回っている。とてつもなく嬉しいようだ。
「あの、こちらの方は? 新しい従業員ですか?」
美山さんが俺を見てから加藤さんに尋ねた。
「ああ、実はこの人は森繁さんといって、一般のお客さんなんだけどミミが偉く懐いていね。さっきまでミミと遊んでもらっていたんだ。君が入院してからミミは元気がなかったからね」
「そうなんですか。ミミと遊んでくださりありがとうございます」
丁寧に頭を下げてお礼を述べる美山さん。
「いやいや、そんな。俺も楽しかったですし」
「ミミはそう簡単に初対面の人に懐かないのですが、遊んでくれたことからとても人柄が良い方なんですね、森繁さんは」
レイと似ているせいか、誉められてるが何だか複雑な気分だ。調子が微妙に狂う。
普段のレイからは想像も付かない姿だよな~。こんな風に頭を下げるなんて。こいつ絶対頭なんか下げないし。少しは見習ったらどうだ?
目でそう訴え掛けるが、当の本人は感動の対面に涙を流して――ってまた涙かよ! 涙腺緩くないか!?
「じゃあ、俺はこれで」
「ありがとうございます。是非また会いに来てください。ミミもきっとそう思っています」
ミミを抱き抱えた美山さんが改めてお礼を言う。レイがバイバイ、と笑顔で手を振った。すると……。
「ウゥゥゥ、ワンワンワン!」
ミミが急に吠え出した。レイに向かって。それから威嚇するように唸っている。
「こらミミ。どうしたの?」
「あれ~? 何で怒ってるんだ? さっきまで仲良く遊んでたんだろ?」
「はい。私が向かえに行った時も、それは楽しそうに。ミミ、どうしたの? 森繁さんはさっきまで遊んでくれた人でしょ?」
「ワンワン! ワンワンワン!」
だが、ミミは吠え続けている。隣では石のようにレイが固まっていた。
ああ……これは多分、レイが美山さんの偽物と気付いて「よくも騙したな!」と怒っているのだろう。
「あの、失礼します……」
俺は逃げるようにドアを抜けて閉める。その間もミミはずっと吠え続けていた。そして、閉めると同時に俺は駆け出し、星空動物園を出ていく。
最寄り駅までの途中ちょっとしか丘があったので、俺はそこ目指して全力で走る。頂上に辿り着いた俺とレイは並んでこう叫んだ。
動物なんて……動物なんて大っ嫌いだぁぁぁぁ!
【二部、完】
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