俺、レイ、感動
鈴木さんに案内されたのは従業員専用の建物で、事務関係をしているだろう部屋だった。机が並べられ、パソコンに書類、壁には動物達の写真やポスターが多く貼られている。
「ん? 鈴木さん、その人は?」
机で作業していた一人の男性が俺達に気付き、声を掛けてきた。
「あっ、加藤さん」
鈴木さんは加藤さんという人に近付いた。どうやら鈴木さんの上司らしい。
「もしかして一般のお客さん? ダメだよ、一般の人をここに入れたら」
「すいません。でも実はですね、このミミが森繁さんにすごく懐いているんですよ」
「ミミが?」
自分の名前を呼ばれたからか、ミミがワン、と声を上げる。ちなみに、鈴木さんには自己紹介をここに来る途中で済ませている。
「はっは~、そんなバカな。ミミは俺達でさえたまに言うこと聞かないのに、一般の人の言うことを聞くわけがないだろ」
笑いながら加藤さんが発言する。他にいる二人の従業員もまさか、と口にしていた。
こらこら、またとんでもないこと言ってるぞ。全然懐いてないじゃねえか。
「嘘じゃないですよ。今証明してみます。森繁さん」
鈴木さんに呼ばれ、俺は失礼しますと室内に入る。
「お願いしていいですか?」
「ええ、まあ」
返事をすると鈴木さんは抱いていたミミを床に下ろす。ミミは俺、というか後ろにいるレイを見上げている。
「無理無理。ミミは初対面の人の言うことなんか――」
「ミミ、お座り」
俺はそう言いながら手のひらをミミに向け、そしてレイも同じことをする。するとミミはすぐにお座りした。
「な、なにぃぃぃ!?」
加藤さんが叫ぶ。他の二人もガタッと椅子から立ち上がった。
「森繁さん、次は伏せを」
「ミミ、伏せ」
俺とレイは手のひらを床に向けると、ミミがまたすぐに伏せをした。
「な、なにぃぃぃ!? 一発で!? 俺でも三回目でやっとするのに」
加藤さんは椅子から落ちそうなぐらい驚いていた。隣では鈴木さんがどうよ! と言うように胸を張っている。いや、あなたが威張るとこじゃなくね?
「ま、まままあ、お座りと伏せぐらいは言うことを聞くかもね。ででで、でも、さすがにローリングはできないでしょ」
加藤さん、メチャクチャ動揺していますが、そんなに驚くほどなの? どんだけ?
微妙に呆れながらもローリングという新しい言葉に疑問を浮かべる。
「ローリング、って何ですか?」
「伏せの状態から身体を回らせる事です。こう、手をぐるっと回すんです。あ~、さすがにこれは無理ですかね」
そう言われながらも、鈴木さんに見せられた動作をレイと共に試してみる。
「ミミ、ローリング」
手を左に回すと、ミミは身体を左に回し始めた。一回転したのち、今度は右に回すと同じようにミミが右に身体を回す。
「ロロロ、ローリングもしただとぉぉぉ!?」
遂に加藤さんは椅子から崩れ落ちた。随分面白い人だな。
「うわ~、すごいな。本当にミミが素直に従ってる」
「でしょでしょ? だから言ったじゃないですか」
「こんなに素直に従うのは美山さん以来じゃないですか?」
「ですよね。ミミは美山さんに一番懐いてましたから」
鈴木さんら四人が口々に話始めるが、俺は疑問を覚えた。美山さんという人に一番懐いているのであれば、なぜその人がミミの面倒を見ていないのだろうか。その人は一体どこに?
「美山さん、という人は仕事中なんですか?」
美山さんが別の仕事をしていて、その間に鈴木さんがミミを見ている。可能性としてはそれが一番だろう。特に意識することなく俺はそう口にしてみた。
しかし、俺が尋ねると鈴木さん達の間に重い空気が発生した。もしかして、触れてはいけない内容だったのだろうか。
「あ~、その、ウチには美山という従業員がいるんですが、その美山は今入院しているんですよ」
「入院?」
病気か何かか? それならまずいことを聞いてしまったな。
俺の考えを察したのか、加藤さんが慌てて続ける。
「ああ、入院と言っても病気ではないです。ただの骨折です。作業中に足を折ってしまって」
命に別状はないと知り、俺はホッ、と息を付いた。
「さっき衰弱したミミを発見した従業員がいると言いましたよね。その従業員が美山さんなんです。美山さんはミミが回復するまで毎日看病していました」
なるほど。それならミミが一番に懐くのも頷ける。
「ミミは私達にも一応愛想を向けますが、美山さんには特に懐いていました。だから、美山さんが骨折で入院した時からミミは少し寂しそうで……。でも、森繁さんを発見した時に見せたミミのあの嬉しさは久し振りです。まるで美山さんに会ったかのような反応だったから」
話の内容から美山さんという人はおそらく女性だろう。それを聞いて、俺はある一つの考えが浮かんだ。
「その美山さんって、どんな人なんですか?」
「とても仕事熱心で、いつも楽しそうに動物達と接していました。心から動物が好きな人です。たしか、この辺に一緒に撮った写真があったな」
そう良いながら加藤さんが壁に貼られている写真の内一枚を手に取り、俺に見せてきた。
「従業員全員で撮った写真です。この後ろの右から二番目にいるのが美山です」
指で指された人物を見て俺は驚いた。なんとレイに似ていたのだ。レイと比べると少しポッチャリしているが、髪型など顔立ちはパッと見レイと変わりない。幽霊でありながらも、その美山さんという人に似たレイを見つけてミミは俺達に近寄って来たのだ。
「彼女がいなくなってから、ミミはよく美山の写真を眺めています。ずっと帰りを待っているんです」
なんと泣ける話なのだろうか。まるでどこかの動物番組のような内容だ。ふと後ろを向くとレイがものすごい涙を流して――って、お前泣きすぎだよ!
「鈴木さん、もしかして彼を連れてきたのは?」
「はい。ミミと遊んでもらおうと」
「そうか……。森繁さん、といいましたね。私からもお願いします。ミミのこんな嬉しそうな姿は本当に久し振りに見ました。最近のミミはやっぱどこか寂しそうだったので。代わりと言ってはなんですが、入園料はお返しします」
加藤さんら四人が同時に頭を下げて下げてきた。あまり懐かれていないと思っていたが、こんな姿勢を見せることからこの人達は本当にミミを大事にしているんだなと心を打たれた。
「はい。俺からもお願いします。実はここに来てからなぜか動物達に嫌われてたので、こうして触れられるのは嬉しいです」
「あ、ありがとうございます!」
加藤さん達が笑顔でお礼を言う。
やった! と嬉しそうに笑顔を作るレイ。それから、レイがミミに向かって手を振ると、ミミは嬉しそうにワン! と声を上げた。
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