第二章 動物園編

レイの日記②

 この身体になって初めて自分を呪ったわ。


 幽霊の身体になって不憫な事は何回もあった。辛い思いもした。肉体があれば……なんて数えきれない程考えたわ。でも、呪った事は一度もなかった。


 幽霊である私は何にも触れることができない。物を握ろうとしても素通りしてしまい、火に触れようが熱さも感じない。壁に寄りかかったり椅子に座ることはできるが、それらに触れている部分に感触はない。何かこう、浮いているような感覚なのよ。空気が固まってそこに身を任せているような、そんな感じ。


 幽霊に成り始めた頃はそれが嫌で嫌で仕方なかった。今でも思っているけど、その頃と比べれば不快な気持ちは薄らいでいる。それは悟史のおかげな気がする。


 まず悟史は……だらしない。出会った頃の悟史は、脱いだ服は散らかしっぱなしだし、ご飯なんか弁当やコンビニの廃棄食品ばかり。食器を使わないおかげで洗い物は少ないが、ゴミは溜まる一方。片付けなんか気が向いたらやるの。床に広がっているのに「足の踏み場があれば問題ない」ですって? 不衛生すぎるわよ!


 そんな悟史を見かねて、私は悟史を片付けや食に対して急き立てた。何も知らない悟史だから一からのスタートだったのよね。口で――というかひらがな表記――でを施したけど、もう毎日忙しくてしょうがない。気を抜けばすぐサボるから。まるで母親になった気分よ。本当は母親じゃなくて恋――とぉぉ! あぶないあぶない! 


 でも、そんな忙しさから自分の事を深く考えたり見つめ直したりする回数は激減したの。目の前の仕事のことで一杯一杯で、そんな余裕は無くなったの。何も触れないし動かせない。だけど、家事をこなすように指示したりしていると、まるで私が生きているかのような感覚になるの。自分が幽霊であることなんかほとんど気にしなくなった。悟史のだらしなさのおかげで。……いい意味でよ? とても充実した時間を過ごせているわ。


 だけど、また自分の身体を嫌いになる出来事が起きたの。幽霊という身体をこの時程憎んだことはなかったわ。


 だって……だってさ……。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る