探せぇぇぇ!

『○○、アウト~』


「あっはっはっは!」


 テレビから流れる映像を観て、俺はバシバシと腿を叩いて大笑いした。


 時刻は夜の十時。今日はバイトが休みの日であり、のんびり自宅で過ごそうと考えていた。しかし、ただ何もせずだらだらと籠るのも勿体無く、近くのレンタルショップから数枚のDVDを借り、その一つを現在観賞している。内容は、年末年始に行われる定番のお笑い番組だ。


「あ~、最高。マジでウケるわ」


 目に涙を溜めながら、テーブルに置いたポテトチップスを一つ摘まみ口へ運び、コーラを一口飲む。炭酸の刺激がまた旨い。


 はあ~、ゆっくり過ごすのはいいもんだな~。

 

 何も気にせず、自分の思うように時間を使う。自分の時間を過ごせるとはなんと素晴らしいのだろう。そして、テレビではまた面白い映像が流れ笑う。


「あっはっはっは!」

『……』

「もうダメ、腹いて~。本当にこの番組面白いよな」

『……』


 俺は目線を背くことはせず、真っ直ぐテレビを観ている。


「どうせならもう二、三本このシリーズ借りてくればよかったな~」

『……』

「でも、そうなるとお金が――ぶわっはっはっは!」

『……』


 視界の隅に何か映るが、俺は気を向けない。テレビに集中する。


「ぶわっはっはっ!」

『……』


 気にしない気にしない。


「あっはっはっは!」

『……』


 無視だ無視。


「ここでこれくるか~、もう最高!」

『……』


 さあさあ、次はどんな面白い事が起き――。


「――ええい、鬱陶しいわ!」


 無視と決め込んでいたが我慢できなくなり、とうとう俺は問題の人物に向かって声を掛けてしまった。


「レイ、いつまで落ち込んでいるつもりだ!」


 目線の先には、死んだ魚の目のように虚ろな表情のレイが部屋の片隅で膝を抱えていた。もうかれこれ二時間近くはああなっている。


「さっきからず~っと隅で体育座りしやがって。いつもの元気はどうした!」


 レイは一瞬こちら目を向けるが、フッ、と笑みではない笑みを浮かべるとまたすぐに目線を元に戻す。


「何か答えろぉぉぉ!」


 俺の叫びにもレイは無反応だった。彼女の様子から物凄く落ち込んでいるのは明白なのだが、いつまでも落ち込まれると困る。なぜなら――。


「お前さあ、自分の存在分かってる? 幽霊だよ、幽霊。存在ですら怖い対象なのに、そこに暗い空気纏ったら洒落にならないだろ。悪魔だか魔王だぞ、それ」


 そう、レイは人間ではない。正確に言えば元・人間。彼女は肉体のない幽霊なのだ。


「お前から滲み出る負の感情がこの部屋一杯に充満してるんだよ。部屋の明かりが心許ないぐらいなんだよ。マジでもうやめて」


 嘘ではない。部屋の明度はいつも通りにしている。しかし、今現在の俺の部屋は豆電球ぐらいの明るさのように感じるのだ。レイを見ると、身体から何か黒い靄みたいなのが溢れだし、それが部屋中に広がっているように見える。なんかこう、ヌメッと重く、そして暗い。表現するなら暗黒もしくはダークマター的な感じか。そのせいで部屋が暗いのだ。


 意味があるのかは分からないが、俺は窓を開けて部屋の空気を入れ換える。


「なあ、レイ。せめて何か言ってくれ。今までにないくらいお前が怖い幽霊に見えるから」


 すると、ようやく動きを見せたレイが傍にあるひらがな表記をゆっくり、ゆっくり指差して言葉を紡いだ。


『にゃんにゃん……』

「にゃんにゃん?」

『わんわん……』

「わんわん?」

『……嫌われた』

「……はあ~。お前、まだそれ気にしてるのかよ」


 にゃんにゃんにわんわん。まあ、簡単に言えばネコと犬の事だ。実は今日の夕方DVDを借りに出掛けた時、ちょっとした出来事があった。


 DVDショップに寄り、近所のスーパーで買い物を済ませた後、俺とレイは自宅へ向かっていた。その途中、縁石の上に一匹の猫が丸くなり眠っていた。少し小さめの白猫で、寝顔が中々可愛らしい。


「おっ、猫だ」


 俺はただ意味もなく呟いただけなのたが、隣のレイが異常だった。目を爛々と輝かせ、ウネウネと身体を捩っている。しかも、聞こえはしないが口が忙しなく動いており、たぶん『キャー!』だが『チョー可愛い!』とか何かを言っているのだろう。どうやらその白猫を気に入ったらしい。だが、いきなりそんな反応を見せたので俺は驚いてしまった。


 うおっ、ビックリした。急にどうした? 気持ち悪いぞお前。


 豹変したレイと並んで歩きながら猫に近付く。俺は触るつもりなどなかったのだが、レイは手を伸ばして触れようとする。嬉しそうにゆっくりと。


 いや、幽霊のお前は触れないだろ?


 口に出して指摘してやろうかと思った瞬間、俺達の気配を察したのか白猫が目を覚ました。だが――。


「あっ、起きた」

「――フゥゥゥゥ!」


 白猫は起きると同時に、毛を逆立てながら威嚇の声をこちらに向けてきた。しかも、怒り方が尋常じゃない。


「フニャア! フギャ! フシュゥゥゥ! ウニャウ!」


 おおい、そんなに怒るなよ。寝てるとこ起こして悪かったよ。


 睡眠の邪魔をされて不機嫌になったと俺は思っていたが、よく見ると少し様子が違う。白猫の目線が俺に向けられていないのだ。威嚇は少し逸れている。その目線の先には――。


『……』


 固まったまま微動だにしないレイがいた。しかも、伸ばした手に向かって白猫が威嚇声をあげながら前足を振り下ろしている。それも何度も。実体がないので素通りしていてるが、気のせいか爪を立てているようにも見える。


「フシャァァァァ!」


 最後の威嚇をあげると、白猫はその場から姿を消した。


「……」

『……』


 俺とレイは白猫の去った方向を見つめ続け、それから結論を口にする。


「お前、猫に嫌われてるんだな」

『……っ!』


 その一言を聞くと、レイは雷にでも打たれたように身体を仰け反らせ、ガクッと膝を着いた。地面に向けられた目は『何で? 何で?』と訴えている。


「何をそんなに落ち込んでんだよ。ただの野良猫だろ? ほら、立てよ。帰ろうぜ」


 俺はレイの背中に向かって声を掛ける。レイはすぐに立ち上がった。立ち上がったが……。


「よし、帰って借りたDVD見よ――レイ?」


 目が燃えていた。ものすごい燃えていた。目力が半端ない。何かを射ぬくかのような鋭い目付きをしており、まるで獲物を狙う鷹のようだ。そして、俺に手のひらを向けるとそこに指で文字を書き始めた。


『猫を……猫を探せぇぇぇ!』

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