生か死か?

 という事が起こったのが数時間前。そして、そこから悲劇が襲った。


 かなりショックだったのだろう。レイは自分に懐く猫を探せと命令し、その気迫から俺は逆らうこともできず猫探しを始めた。ものの数分でまた別の野良猫を発見。今度はちょっと太った黒と茶の猫だ。すぐさま近付く。しかし……。


「ンナァァァオ……ナァァァオ……」


 先程の白猫同様レイに向かって威嚇を始める。喉の奥から発する低い声といい目付きといい、近付いたら殺す、と言わんばかりの雰囲気を発している。


『ダメ! 次!』


 腕でバッテンを作って道を指差す。俺はまた次の猫を探す。


「フギャァァァ!」

「ンニャァ!」

「ゥゥゥゥゥゥ……」

 

 だが、悉く出会う猫にレイは拒否されていた。一匹足りとも好意を見せない。


『……』


 近くのベンチに力なく項垂れ腰掛けるレイ。


 いやいや、そんな負けたボクサーみたいに落ち込むほど!?


 あちこち猫を探し、さすがに疲れたので帰ろうと声を掛けようとする。すると、向こうから一匹の犬を散歩させているおばさんが近付いてくるのが見えた。


「おっ、ダックスフンドだ」


 俺がそう口を開いた瞬間、レイが飛び起きた。手を合わせて目が輝いている。たった今の落ち込みが嘘のようだ。


『そうよ、犬よ! 猫がダメなら犬がいるじゃない! 自分勝手で生意気な猫より、忠誠心があって寄り添ってくる犬の方がずっと可愛いじゃない!』


 おいこら、さっきまでの猫への情熱どこいった?


 俺が止める間もなく、こちらに近付いて歩いて来たダックスフンドにレイがスキップしながら近寄る。


「ウゥゥゥ、ワンワンワン!」

「こらジョン、急にどうしたの? 吠えるんじゃありません。ごめんなさいね」


 飼い主のおばさんがこちらに頭を下げながらリードを引っ張るも、ジョンは吠え続ける。


 ジョンとおばさんを見送り、振り返ると方足立のままレイが固まっていた。恐ろしい気持ちもあったが、レイの正面に立って様子を見てみる。


『……えぐっ……ひっく……ぐす……』


 レイはボロボロと涙を流していた。


****


『何で? 何で? 私何か悪いことした?』


 必死の訴えをするかのようにレイが迫る。だが、目が半泣き状態なのでいつもの気迫がない。


「いや、な~んも」


 俺は首を横に振った。


『だったら何で?』

「いや、たぶん何もしてないからだと思うぞ」

『どういう意味?』


 レイが眉を潜めて問い掛けてくる。


 俺にはある一つの可能性が頭に浮かんでいたが、十中八九間違いないと断言できる自信があった。


「だってお前……幽霊じゃん」

『幽霊だから何よ。別に害はないじゃない』

「あほう。俺は見えるし分かるからいいが、幽霊は普通、得たいの知れない存在なんだぞ。誰だってそんな存在には警戒するだろ。ましてや猫や犬といった動物は特にな。姿は人間でも存在は不確かなもんなんだぞ、レイは。それに対して無警戒に近付く動物はいない」

『えっ? じゃあ……えっ? ちょっと待ってよ。それじゃあ……』


 レイも察しているが口に出したくない、認めたくないのだろう。嫌々と首を横に振る。


「お前が幽霊である以上、動物に好かれることは今後ないな」

『ぐっはぁぁ!』


 だが、俺は容赦なく事実を口にした。だって、ねえ? 口にしないとこいつ、また動物探しやるぞとか言いそうなんだもん。ここいらで大人しくさせたほうがいいだろ。


『わ、私は……可愛いものに近付くことすらできないの? あの癒される顔を向けてもらえないの? ずっと?』

「ずっとだろうな」

『そんな……』


 フラフラとよろめき、壁に寄り掛かるレイ。その表情はひどく悲しそうだ。


 ……なんか、ちょっと可哀想だな。


 さすがに同情を覚えた。幽霊とはいえ、レイも一応女の子。肉体は滅んでも一般的な女性と同様の感覚を持っているのだ。可愛い動物や物に目がいくのも無理はない。その動物に触れられなくとも、愛嬌ぐらいは向けてもらえたらと思う。


「ほ、ほら。そんな落ち込むなよ。テレビ観ようぜ。なんか面白い番組やってるかもしれないぜ?」


 元気付けよう、というか気を紛らわせようと俺はDVDを止め、ビデオから地上波へ切り替える。


「わあ、可愛い!」

「でしょう? ウチのコロとマリちゃん。二人とも良い子なの~」


 だが、運の悪いことに切り替えた一発目が芸能人が飼っているペットの紹介をしていた。仲良く一緒に撮った写真がアップされている。


 いかん、これはまずい! 早くチャンネルを変えないと!


 俺はすかさず別番組を表示させる。


「ご覧ください。島に上陸した瞬間、ウサギの群れが私達を迎えてくれています」


 ピッ。


「最近徐々に人気になってきたのはここ。東京都にある猫カフェです。可愛い猫さんたちが、お客様をもてなしてくれるのです」


 ピッ。


「この動物園に、新たなお仲間が加わりました。パンダのミンミンです」


 ピッ。


「にゃ、にゃんきゅっぱ」


 ガンっ!


 俺は床にリモコンを叩きつけた。


 ちくしょぉぉ! 何でこんなときに動物ばっか映るんだよ! バラエティーならまだしも、ニュースやCMまでかよ!


 逆効果も甚だしい。これではレイが――。


 はっ、と気付いた俺は恐る恐るレイの方へ顔を向けてみる。そこには先程よりもドス黒い靄を発し、生気の感じられない虚ろな目をしたレイが座っていた。


 ぎゃあぁぁぁ! 怨霊ぉぉぉ!


 怖い怖い、マジで怖い。このままでは本当にまずい。レイが怨霊になりかねないし、部屋だってガチで闇に染まる。何かないか、何か……。


「あっ、動物園行くか?」


 今チャンネルを切り替えてた中に動物園が取り上げられていた。もしかしたら、人に慣れた動物園ならレイに振り向いてくれる動物がいるかもしれない。


『動物園!? 連れてってくれるの!?』


 闇から一気に光へ。俺の提案に目を輝かせながらレイがすかさず食い付いてきた。


「おう。動物園なら近くで見れるし。行くか?」

『行く! 行きたい! というか連れてけ!』

「……連れてけ?」

『連れてってください悟史様!』


 お願いします! と土下座をするレイ。こんな低姿勢を見せたレイは初めてだ。ちょっと優越感に浸れる。


「よし。んじゃあ、行くか」

『やったぁぁぁ!』


 決定すると、レイは両腕を振り上げて大喜び。部屋中を跳ねまくる。


 はしゃぎすぎだ。そんなに動物園が嬉しいとか子供かお前は。


 そんな事を思うが、口にはしなかった。レイの喜ぶ姿を見ていたら自然と微笑んでしまう。


「そんなに喜ぶとは思わなかった」

『だって、動物園ならきっと私に懐いてくれる動物がいるだろうし、それに悟史と二人で出掛けるなんてまるで――』


 と、そこでレイの動きが止まる。


「まるで? まるで何だよ?」

『あ、いや、その~』


 今度は縮こまり、モジモジと人指し指を突き合わせ始めた。よく見ると頬が少し赤くなっている。


「何だよ、気になるだろ。先を言ってくれよ。まるで何だ?」

『だ、だから……まるで、デ――』

「で?」

『で、で……でーん! もうこんな時間!? 早く寝なきゃ! 明日は動物園に行くんだし、夜更かしは美容の大敵よね。それじゃあ、おやすみ!』


 早指で文字を示した後、レイは姿を消した。


「お、おいおい待てよ――ったく。何なんだよ」


 で、に続く言葉は何があるだろうか。で、で……デストロイ? デッドオアアライブ? 何? 俺と行くと破壊なの? 生か死なの?


 失礼なやつだな、と思いながら、俺は肝心なことを忘れていた。


「ちょっと待て、レイ。明日? 明日は無理だぞ? 明日から夜勤あるんだから。動物園行くのは来週だぞ? 聞いてるのか、レイ。レ~~イ!」

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