ま、舞ちゃ~ん!

『ううぅぅぅ、汚れちゃった……』


 レイが顔を覆い泣いている。


 あの後、なんとか事態を治め俺達は今アパートに戻っていた。いや、正確にはバレないよう逃げるように帰ってきたとも言えるか。


「ああ~、マジ焦ったわ」


 パタパタと雑誌で顔を扇ぐ。疲れを取りに行ったはずなのに、余計に疲れた気がする。アクシデントもいいとこだ。


『もういや、死にたい……』


 いや、お前もう死んでんじゃん! と普段なら突っ込みを入れるところだが、レイの気持ちは察しているのでやらない。


「いや~しかし、まさかこの数珠にあんな効力があるとはな」


 俺はおじいさんから貰った数珠を持ち上げる。今は手首からは外していた。


『そうよ! 元はと言えば悟史がこの数珠を身に付けたのがいけないんでしょうが!』

「いや、そうは言ってもあの時はおじいさんに無理矢理着けられたから」

『外せ! おじいさんの腕折ってでも止めなさいよ! 幽霊の私に数珠なんかの道具が善くないことは考えれば分かるでしょう!?』

「折るって……それはちょっと酷くないか、お前」


 たしかに、ちょっと無用心だったかもしれないが、さすがにあの場で今さっき起きたことを予想するのは不可能だろう。


『悟史が数珠を貰わなければあんなことには――って、わあぁぁぁ! 思い出したくないのに目に焼き付いてる~! 記憶から消したいのに~!』

「俺のも見られたな」

『言うな!』


 頭を抱えて暴れまわるレイ。


 さっきからこれだ。落ち着いたと思ったら唸り、暴れ、また落ち着いて唸り、暴れる。もうかれこれ30分近くは繰り返していた。


「レイ、諦めろ。終わったことはしょうがない。その記憶も時間が経てば消えるさ」

『後じゃダメ! 今消したいのよ! なんとかしなさい、悟史!』

「俺? 無理に決まってるだろ」

『無理じゃなくてもやりなさいよ! 悟史のせいでしょうが!』

「うっ、それは否定できないが……」


 記憶を消すなんて無理に決まってるだろ。そんなこと言うならドラえもん連れてこい、ドラえもんを。


「い、今は無理でも数日寝れば忘れるさ。取り合えず落ち着け、なっ?」

『う、うん……』


 シュン、としたように縮こまるレイ。どうやらやっと落ち着いたようだ。


「よし! んじゃあ、昼飯にするかな!」


 また暴れられても困るので俺は無理に明るく声を出し、台所へと向かう。さすがにあれだけの事が起きた後だ。普段大盛りで食う俺も食欲が湧かないので、カップラーメンを手に取り、お湯を沸かす。


 お湯を入れて5分経ち、蓋を開けて麺をすする。目の前のレイも普段通りに戻った様子だ。頬杖を突いて俺の食事を眺めている。


『あ、そうだ。悟史、聞きたいことがあるんだけど』

「……ゴクン。何だ?」


 食事中の俺にレイが尋ねてきた。


『何であんなに銭湯に行きたがったの?』

「ああ、それか」


 フーフー、と麺に息を吹きかけながら答える。


「実は、前に先輩に貸してたお気に入りの舞ちゃんのエロDVDを売るとか言われ――」


 麺を口に入れる直前で俺は固まった。しまった! と思ったが後の祭り。冷たい汗が頬を伝い、恐る恐る前を向く。


 目の前に満面の笑みを浮かべたレイの顔があった。


「……」

『ねぇ、悟史』

「な、なんでしょう?」

『舞ちゃん、って、誰?』

「さ、さあ。誰でしょう……」

『エロDVD、って、なあに?』

「な、なんでしょう。僕、英語分からないからな~、あっはっは~」

『……』

「……」


 暫しの沈黙。


『ねぇ、悟史』

「……はい」

『返ってくるのが、楽しみね』


 ……。


 ……。


 舞ちゃん、今までありがとう……。お世話になりました……。


 ◇◇◇


 数日後、なんとテレビで以前行った銭湯がニュースで取り上げられ、怪奇現象が起きる銭湯! という形で報道されていた。その映像を見て、もしかして潰してしまったのでは、と一瞬思ったが、逆にあのポルターガイストが功を期したようで、「あの銭湯の湯は本当に仏の力が宿る湯」と広まり、今では多くの来客が絶えないという。そして、鬼の仏もシンボルマークとなり、マナーの悪さも消えたようだ。


 んん! 結果オーライ!


 安心と喜びにガッツポーズをする俺。あまりの嬉しさに涙が出る。そして、その足元には――。


 ――バラバラに砕かれた1枚のDVDがあった。


              【一部、完】

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