銭湯に行きたい!
「え~。それでは、只今より会議を開きたいと思います」
バイトを終え、俺は今自分のアパートに戻り、テーブルの前に腰掛けていた。
一度帰宅して準備をし、それから銭湯で落ち合おうという勝手な段取りを決めると、行く行かないの返事をする前に先輩はバイトが終わると真っ先に帰宅していった。
まあ、どっちみちその場では返事はできなかった。その理由として――。
「知ってると思うが、俺は先輩から銭湯に誘われた」
問題となる人物に向かって俺はそう声を掛けた。目線の先、テーブルの対照に一人の人物がいる。セミロングの髪にぱっちりした目。小顔でスラッとした体型にワンピースを着た女の子。しかし、その身体は透けている。
彼女の名前は風神レイ。俺に取り憑いている憑依霊だ。ある理由から彼女は俺と共に生活(同棲?)している。その理由は……まあ今回は省こう。
俺は目の前のレイに問いかける。
「え~。俺が銭湯に行くのは――」
『却下』
「ですよね~」
お馴染みのひらがな表記でレイが即答。はい、会議終了~。
『当たり前じゃない。無理に決まってるでしょ』
腕を組み、半ば怒っているような表情でレイはそう述べてきた。まあ、無理もないだろう。
『悟史が行くということは、必然的に私も行くことになるのよ?』
そう。俺の憑依霊ということで、レイは俺から一定の距離を離れることができない。俺が部屋にいればこのアパートからすら出ていけず、レイを置いて俺だけ銭湯に行く、ということができないのだ。
「そこはしょうがないだろ? ここは我慢してもらって――」
『絶対イ・ヤ!』
「何でだよ?」
『分かってんでしょうが! 銭湯に行ったら悟史は男湯に入るのよ? 女の私に男湯に入れと!?』
レイの言う通りそれが一番の問題だった。当然だが、男の俺は男湯に入る。だけど、俺から離れられない女のレイは俺と一緒に男湯に入ることになる。それを知っていたから、先輩の誘いもすぐに受けられなかったのだ。
今もこうして確認してみたが、レイは大勢の男の裸に興奮するド変態ではないようだ。なんか安心した。
「あれ? でも、姿を消してるときは見たり聞いたりはできないみたいなこと前に言ってなかったか?」
『たしかに、姿を消してるときはそうだけど……』
「だったら別に」
『たとえそうでも、自分が男湯にいるという事実が嫌なのよ!』
ああ、なるほど。言わんとしていることは分かった。認識していなくても、その現場にいるという事実が受け入れられないのだろう。
「やっぱダメか? 俺もたまにはでかい浴槽で身体を伸ばしたいんだが」
『私が頑張って我慢してまで入るほど?』
睨み付けてくるレイ。無理そうだな。
「はぁ~。じゃあ、先輩に断りの連絡を――」
ピ~ロリ~ン。
そこで携帯が鳴り、手に取るとちょうど先輩からのLINEだった。中身を見てみると……。
【集合は9時。銭湯前。ちなみに、遅れたり来なかったらお前から借りてる舞ちゃんのDVD売るからな(テヘッ♪)】
ゲェェェ! 人質取られた!
「レイさん、お願いします! 銭湯に行かせてください! お願いします!」
俺はレイに土下座した。
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