番外編 呼び方(第5.5話)

「おかしいと思うんだ」

 その日、エクスは茜とシェインにそう言い放った。

 新たに茜という仲間を加えた一行は、休息をとっていた。各々自由に羽を伸ばす。

 シェインが茜の尻尾をモフっていると、エクスが来たのだった。

「……??新入りさん、どうしましたか?」

 突然のエクスの言葉にシェインの頭上には明らかにクエスチョンマークが浮かんでいた。

「そうじゃぞ。少年は何をそんなに……」

 茜の頭上にもクエスチョンマークが見えそうだ。

 エクスは、シェインをしばらく見つめたあと、すっとタオを指差した。

 タオは木に登り、昼寝をしていた。

「……シェイン、彼は?」

「タオ兄ですが、それがなにか?」

 エクスは、次にレイナを指差す。

 レイナはどうやら、木の実を食べているらしい。

「彼女は?」

「姉御です」

 そして、ちらりと茜を見た。

「茜さんは?」

「狐さんですね」

 シェインは、新しく仲間になった茜のことを"狐さん"と呼んでいた。

「……僕は?」

「新入りさん」

 そして、エクスの呼び名は新入りさんのまま。

「そうだよね。じゃあ、次は茜さん」

 エクスは、アカネと向き直る。

「うむ」

 茜は楽しそうにうなずいた。

「彼は?」

「青年」

「彼女は?」

「巫女殿」

「シェインは?」

「妹殿」

 リズムよく、タオ、レイナ、シェインの名を言う。そして、最後。

「……じゃあ、僕は」

「少年」

 エクスは、大きなため息をついた。

「二人とも、その僕の呼び方は何とかならないのかな……?」



 結局、茜の提案で全員の呼び方について話し合うことになった。

「姉御は呼ばれ方に意見はありますか?」

 シェインは手始めにレイナに話をふった。

「ん~、別に今さらって感じね」

 しかし、レイナは特に気にしていないようだった。

「タオ兄は?」

 タオは、眠そうに伸びをして、ちらっと茜を見た。

「いや~、やっぱ、青年は……ちょっとな」

 タオの言葉に、茜が反応する。青年と呼んでいるのは茜だけだ。

「では、なんと呼べばよいのじゃ?」

 タオは、一瞬考える素振りをしたがすぐに返事をした。

「あー……、ふつーにタオでいいぜ」

 タオの言葉に、茜は思いのほか素直に従った。

「……そうか。では、改めよう」

 その反応を見て、シェインがのっかった。

「シェインは……いや、シェインもどうせなら名前で読んでほしいです」

「うむ、心得た」

 これも変わらず、茜は素直にうなずく。

「……さて、問題は」

 シェインの言葉に全員がエクスの方を見た。

「……」

 真っ先に声を上げたのはタオだった。

「俺は変えなくていいよな?」

 タオは、エクスのことを名前で読んでいた。

「もちろん。タオもレイナも、ちゃんと名前で呼んでくれているからね」

 そう、この二人はいいのだ。問題は……

「シェインは、この呼び方が結構馴染んできてるんですが」

「……妾は少年が望むなら変えてもよいが?」

 エクスは、茜の方を向いた。

「じゃあ、茜さんは名前で呼んでよ」

 茜は今までと変わらず、やはり素直だった。

「よかろう。しかし、ならば主も改めよ」

 しかし、茜からも1つ改めろと言われ、エクスは戸惑う。

「え?」

 それは、改めるべきことに身に覚えがないからだ。

「なぜ、巫女殿やタオ、シェインは呼び捨てなのに、妾だけ"さん"がつくのじゃ」

「あ……」

 その指摘は的を射ていた。

 エクスには、反論の余地がない。

「よいな、エクス」

 ようやく名前で呼んでくれた茜。

 エクスも、茜のことは呼び捨てにしようと、心に決めるのだった。

「うん。わかったよ、茜」


「嫌です。シェインは変えません」

 シェインは、頑なだった。

「どうしてさ!」

 そして、エクスも食い下がる。

 ほかの面々は傍観に徹していた。

 にらみ合いが続く。

 しかし、シェインがふと話題の方向を転換した。

「じゃあ、仮に変えるとしてなんて呼ぶんですか?」

 突然の言葉に、エクスが 「え?」と声を漏らす。

「シェインは、姉御、タオ兄、狐さん……全員が愛称です」

 その通りだった。

「新入りさんは、シェインになんて呼ばれたいんですか?」

 エクスは、答えられず口ごもる。

 代わりに、外野から言葉が投げられた。

「……たしかに、シェインが名前で呼んでると違和感ありそうね」

「だな」

 レイナとタオは、シェインがエクスのことを名前で呼ぶところを想像したのか、口元がにやけていた。

「……まぁ、妾が"新入りさん"にならなかったということは、それはもはや称号というより愛称なのかも知れぬのぅ」

 茜も、シェインよりの意見だった。

「……わかったよ。シェインはとりあえず、そのままでいいから」

 それは、エクスの敗北宣言。

「当然です」

 シェインは、どこか勝ち誇るように言うのだった。

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