番外編 出逢い(第0話)

「ん……」

 身体が重い……

 ここはどこじゃ……

 ……。


 そこは、静かな森の中だった。

 今までいた場所とは違い、心が凪ぐ……。


 今までいたのは、真っ白な何もない濃霧。呑み込まれてしまいそうな恐怖にただただ歩き続けた。

 いつの間にか、霧が晴れて、森の風を感じて。久しぶりの風にとても安心した。

 そのまま倒れこむように、眠りについた。


 どれくらい、眠っていたのだうか。

 動くこともなく、ただただ休み続けた。

(静かでよいところじゃな……)

 動く気力はなくて、そのまま眠りにおちる。


「こんにちは」

 女の子の声がする―――。

「……?」

 ゆっくりと目を開けると、そこには真っ赤なずきんを被った少女が立っていた。

「大丈夫?」

 心配をされているようだ、と分かり、とりあえず身体を起こし、大丈夫であることを伝えるためにうなずく。

「…………」

 ふと、少女の目が尻尾と耳を行き来していることに気付いた。

「……ふっ、怖いかえ?」

 きっと、物珍しいのだ。それはつまり、このような姿のものはこの世界にいないということ。この世界で、妾は異形の存在でしかないのだろう。

「……なんで?怖くなんかないよ??」

 少女は、心底不思議そうに首をかしげる。

 そのことには、さすがに面食らった。

(妾の存在を知る人間でさえ、瞳には恐怖ににた感情が……恐れが宿るというのに。この娘の瞳にはそれがない?)

「……人間は、己とは違う者を怖がるのではないのかえ?」

 少女は、その言葉に納得したような顔をした。

「……あ、そっか。……ん~、あ、そうだっ」

 そして、急に背を向けて走り出す。

(……なんじゃったのじゃろう)

 不思議な少女だった。だが、見つかってしまったからには、この場所にとどまり続けることはできまい。

 さて、少女があちらに走っていったということは、その先には少なくとも人間の住む街があるのだろう。

 そちらには行けない。

 ……では、どの方向に進もうか。

 ん~……


 タッタッタッタ……


「む……?」

 誰かが走ってくる音がする。

 街は思っていたよりも近いらしい。

(これは急いで移動するべきか――)

 立ち上がろうとすると、声が聞こえた。

「お姉ちゃーんっ!」

 その声は、先程の少女。

 まさかと思い、その姿を視界にいれる。

 少女は、真っ赤な布を持って走ってきた。


「はいっ!これ、私とお揃いなの!……あ、でも、ローブは長いよ?これなら尻尾も隠せるでしょ!?」

 戻ってきた少女の瞳には、恐怖なんて微塵も宿ってはいなかった。

「妾が怖くなって逃げたのではなかったのかえ……?」

 不思議に思い、少女に質問をしてみる。

「え?……もちろんだよ!でも、確かにビックリしちゃうな~って思ったから、隠せるようにしたいなって思ったの!」

 無邪気な答え、無邪気な笑顔。

「……あ、そういえば、お姉ちゃん、名前は何て言うの??」

 なんだか、気にする自分が馬鹿みたいだった。

「……妾の名は―――」

 名乗ろうとして、気づく。

 自分が持っていた名は既に他の者にとられている。運命も何もかも、残ってはいない。本当にこの名を名乗って良いものだろうか。

「……お姉ちゃん?」

 呼ばれて意識が現実に引き戻される。

「……すまぬな、妾は名を持っていないのじゃ」

 結局、素直で純粋な目を見ていると、名乗ることが出来なかった。

 もしかしたら、心の中では運命を失ったあの日から妾の名前は妾の名前ではなくなったと感じていたのかもしれない。

「……じゃあ、私の名前をあげる!」

 少し考えるように黙っていた少女が唐突なことを言い出す。

「?」

 訳もわからずまばたきをしていると、少女は自己紹介を始めた。

「私は、赤ずきん。でも、もうひとつ、名前があるの。お母さんがね、赤ずきんは"名前"ではないからって」

 赤ずきん。たしかにそれは名前というより姿からつけられる通り名……あだ名のようなものだろう。

「お母さんしか呼んでくれなかったけど……私のもうひとつの名前は茜だよ!」

 少女にとって、この名前が大切なものなのは、声音でわかった。

「しかし、その名を妾に与えてしまえば、お主はこれから生きづらくなるじゃろう?母上殿もこれから先―――」

 母上殿、と言ったとたん、少女の瞳が揺れた。

「もう、この名前では呼んでくれないの」

「……なに?」

 話が見えなかった。少女は悲しい現実を語りだす。

「もうすぐ、私は運命の中で死ななくちゃいけないから。ずっと前から決まってたの。この前の誕生日会で名前を呼んでくれたのが最後なの」

 悲しそうな声だった。

「……それは、"赤ずきん"の運命かえ?」

 ふと、脳裏によぎった。身代わりになれないだろうか、と。

「そうだよ」

 赤ずきんは、儚く笑う。

 その顔に、決意が固まった。

「なら、妾は赤ずきんの名をもらおうかの」 「え?」

「そうすれば、主はこれから先もずっと母上殿と一緒に暮らせるだろう?」

 きっと喜んでくれる。そう思った。

 しかし、少女の瞳に宿ったのは"怒り"。

「私は、誰かを犠牲にしてまで生きていたくないっ」

 涙が一筋こぼれおちる。

 それは、本心のようだった。

 しまった、と思う。どうしようか、と戸惑っていると、いつの間にか、少女の瞳に宿っていた怒りの感情が失せていた。

「……でもね、ありがとう」

 お礼を言われて、謝らねば、と口が勝手に動いた。

「いや、すまぬ」

 申し訳ない、と心からの謝罪だった。

 すると、明るい調子で少女が言った。

「……ねぇ、私ね、姉妹がほしかったの。よかったら、私のお姉ちゃんになってくれないかな?」

 その提案に、少し考える。

 そして、この少女の願いは何でも叶えてあげたいと思った。

「……うむ、主が望むのなら」

 少女の瞳が一層輝く。

「ありがとう!……あ、でも、やっぱ友達でもいいかな?家族みたいな友達!」

「友達?」

 なぜ、姉妹という願いから友達に変わったのか。しかし、その答えを聞いて、この少女がどんな人間なのかよくわかった。

「うん!それなら、お母さんも戸惑わないだろうし……」



「ただいまっ」

 人間の住み処はとても近かった。

 というよりも目と鼻の先。

 なぜ、気付かなかったのか不思議なほどだった。

「あれ、おかえ……?」

 元気よくただいまといった少女に、母親は振り返る。そして、すぐ隣に立つ女に視線がいく。

「お母さん!新しい友達だよ!!これから、ずっと一緒にいてくれるって!」

 嬉しそうに話す娘の姿に、母親は気圧される。

「え、えぇ……、よかったわね」

「それでね、私の部屋で一緒に暮らしても良いかな?」

 少女の突然で強引な話。

 しかし、母親は大して悩むこともなく答えを出す。

「……えぇ、いいわよ」

「待つのじゃ」

 しかし、お世話になろうとするのに、正体を隠すわけにはいかないと、話に割ってはいる。

「……どうかしました?」

「妾は―――」

 何て言おうか、言葉につまる。

「ねぇ、お母さん」

 そして、なにも言えないまま、少女が話を再開した。

「お母さんは、オオカミでもつれてこない限り、怒らないよね??」

 突然の質問に、母親は戸惑いが隠せていなかった。

「……えぇ、そうね」

「じゃあ、茜のことも、受け入れてね」

 強引な言葉。しかし、母親が気をとられたのは別のことだった。

「……茜?」

 そう、それは少女につけた名前。

「この子の名前だよ。もう誰も呼んでくれる人はいないから、あげちゃった」

 その言葉に悪意はない。トゲはない。

「……そうね、いいんじゃないかしら。赤ずきんと茜。真っ赤でお揃いね」

 赤ずきんの母親は、少し寂しそうに笑った。

「よろしくね、茜さん」


 結局、その後、耳や尻尾を見せた。

 最初は驚きこそしたものの、すんなりと受け入れてくれた。

 久しぶりにはいったお風呂はとても気持ちよかった。

 お風呂を上がり、髪や尻尾を乾かすと、"赤ずきん"はきれいだね、と笑った。

 それから毎日、茜と赤ずきんは一緒にいた。

 たまに茜がふらっと出掛けてしまうことがあったけれど、すぐに戻ってきて、"赤ずきん"と遊んだ。

 しかし、そんな平穏は長く続かなかった。

 なぜなら、真っ黒な化け物が現れ始めたから。

 それから、茜は赤ずきんの志を守るために、奔走するのだった。


 ―――これは、カオステラーに運命を脅かされる前のこの想区で起きた、来訪者の物語。

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