第5話 望まれた結末-後編-

「だめーっ!」

 茜と弾丸の間に飛び込む赤ずきん。

 全員が、赤ずきんの姿に目を見張った。

「な……っ!」

 カオステラーさえも、目を見張る。

 ヴィランに赤ずきんを守れと……盾になれと命令しても、きっと間に合わない。

 その場にいた全員が、その瞬間をとても長い時間のように感じる。

「赤ずきんっ!逃げるのじゃぁぁああっ……!」

 茜が1人、声を絞り出す。

 その瞬間、茜が身に付けていた赤いずきんやローブが風になびいた。

 その風は茜を中心に巻き起こる。

 全ては一瞬のことだった。


「これは……っ!?」

 聞こえたのは茜の叫び。

 そして、それと同じくして茜が光輝いたのだった。

 そして、次に彼らの目に写ったのは、横たわる赤ずきんと放心状態で涙を流す茜。

 放心状態の茜は、耳を隠すずきんも尻尾を隠していたローブも身に付けてはいなかった。

「そんな……っ!私が……守ると誓ったこの私が……赤ずきんを殺めた……?」

 カオステラーは、横たわる赤ずきんを目にし、一歩も動けなくなっていた。

「そんな……っ!」

「うそだろ……?」

「赤ずきんさん……」

 レイナ、タオ、シェインも、眼下に広がる光景に嘆く。

 しかし、エクスだけが気付いた。

(血がでていない……?)

 そして、赤ずきんが生きてるのではないかと思い、ゆっくりと近づいていく。

「……っ!」

 しかし、途中で歩みが止まる。いや、壁にぶつかったのだ。

「許さぬ……」

 そこに、小さく呟く茜の声が響いた。しかし、その声はとても冷たい。

 まるで別人の声……。

「許さぬぞ……っ!」

 その声は、憎悪に呑まれているようで、茜の目に光はない。

「茜さんっ!」

 エクスは、試しに茜の名を呼んでみるが、茜にその声が届いた気配はない。

 そして、茜がゆっくりと赤ずきんに近づく。茜が赤ずきんに近づくと、エクスは、まるで見えない壁に押されるように赤ずきんから離されていく。

 そして、赤ずきんのもとへたどり着いた茜は赤ずきんを抱き上げた。

 お姫様抱っこをされても目をひらかない赤ずきん。力なく、片腕が垂れた。

「……」

 茜は目を瞑ったままの赤ずきんを慈しみに溢れた目で見つめ、その後すーっとカオステラーへと視線を上げた。カオステラーを見る目には、なんの感情も浮かんでいない。

「貴様はね」

 茜の言葉は冷たく、まるで刃のようだった。

 そして、その言葉に呼応するように、茜から突風が巻き起こる。

 そして、赤ずきんの姿を見て動けなくなっていた猟師は、その風に吹き飛ばされ、遥か後方にあった木に叩きつけられる。

 カオステラーは、そのまま意識を手放した。


 そして、茜の視線がエクスたちに向けられる。

 しかし、その視線はすぐに赤ずきんへ移った。

「……?」

 その動きに、全員が不思議に思う。それは、今までのゆったりとした動きとは違い、何かに驚くようにパッと赤ずきんへ視線を向けたからだ。

「大丈夫……だった……?」

 言葉を発したのは、茜の腕の中でぐったりする赤ずきんだった。

 茜の腕の中で、赤ずきんはうっすらと目をあけている。

 その声を聞き、姿を見た茜の目に、光が宿る。

「赤ずきん……っ!」

 そして、茜を中心に空気が揺れた。

 茜は腕にしっかりと赤ずきんを抱えたまま、その場に力なく座り込む。

「赤ずきんっ……!痛いところはないかえ……?辛くはないかえ……っ?」

 茜は、涙をボロボロと流しながら抱えていた手の位置を抱きしめやすいように変え、赤ずきん力強く抱きしめる。

「……茜?どうしてそんなに泣いてるの……?私は大丈夫だよ?落ち着いて……、…ね?」

 だんだんと意識がはっきりしてきたのか、赤ずきんは茜を抱きしめ返した。

「赤ずきん……。よかった、無事だったんだね……」

 見えない壁がなくなり、エクスやレイナたちも赤ずきんの元へ集まる。

「もお~……っ!心配したんだから……っ!」

 レイナも、赤ずきんが生きていることに安心したのか、目には涙がたまっている。

「ふふふっ!みんな、どうしたの……?泣かないでよ……」

 赤ずきんは、号泣する茜や今にも泣きそうなレイナを前に困ったようで、困惑の混ざった笑顔を浮かべた。



 全員の気持ちが落ち着き、平穏な空気が流れ出す。

「……お姉ちゃん、お願いします」

 赤ずきんは、レイナに調律を依頼する。

 調律をすれば、全てが元通り。

「……本当に、いいのね?」

 レイナは、茜と赤ずきんに最後の確認をする。

「うん。私はずっと、望んでたもの」

 そう答えた赤ずきんは、笑顔だった。

 その笑顔を見た茜は、レイナと視線を交わし、うなずいた。

「……わかったわ」

 レイナは、二人の意思を再確認し、調律を始めようとする。

「混沌の……「あっ!ごめんなさい、ちょっと待って!!」」

 それを突然止めたのは赤ずきん。

 全員が驚き、赤ずきんを見つめる。

 赤ずきんは、茜に「しゃがんで?」と頼む。茜も、その言葉に素直に従った。

「茜……今までありがとう。とても、楽しかったよ!」

 そう言って、赤ずきんは茜の頬にキスをした。

 そして、にっこりと笑い、茜から離れてく。

 そして、レイナの方を見た。

 レイナがうなずくと、赤ずきんもうなずき返す。そして、赤ずきんは目を瞑った。

『混沌の渦に呑まれし語り部よ』

 レイナが調律を始めるとレイナの身体から白い光があふれた。それは混沌を秩序に戻す、調律の光。

『我の言の葉によりてここに調律を開始せし……』

 最後に見えた赤ずきんの表情は、とても安らかな笑顔で、まるでいい夢を見ている子どものようだった……。



 想区は本来の姿を取り戻し、赤ずきんはオオカミに食べられてしまった。

 カオステラーとなってしまっていた猟師も、オオカミを退治し、ストーリーテラーの描いた通りの運命が、しっかりと遂行された―――。

「さて、妾はこれからどうしようかの……」

 茜は、レイナたちと共に、赤ずきんの最後を遠くから見つめて、赤ずきんの望みが叶うその瞬間を見届けたのだった。

「そのことなんだけど……あなたが良ければ私たちと来ない?」

 レイナは、茜の言葉に遠慮がちに提案した。

「……どうしたのじゃ?そんな急に」

 いぶかしむ茜に、レイナは「まぁ、そう思うわよね」とため息をついた。

「実は、赤ずきんにもうひとつ、頼まれていたのよ。『私が死んだら、茜のことを頼んでも良いかな』って」

 そう、それは出会ったその日のことだった。

 レイナは赤ずきんから茜が外の人間であることを知らされ、赤ずきんが死んだあとの茜のことをお願いをされたのだ。

「赤ずきんが……!?」

 レイナの言葉に、エクスがのっかる。

「……そうだね、茜さんはこの想区の人間じゃないんだし、良ければ僕たちと一緒に旅をしない?」

「は?」

 タオが『この想区の人間じゃない』という言葉に反応する。

 そう、この話に置いていかれる者がこの場に二人いた。

「つまり~、それは、アレですか?そちらさんは別の想区から来た空白の書の持ち主っていうことでいいんですかね??」

 シェインの言葉に、エクスとレイナが茜の方を見た。

「厳密にはちと違うが……まぁ、そうじゃな。妾はこの想区の人間ではないし、今持っている運命の書には何も書かれてはおらぬよ」

 茜は、4人に運命の書を見せた。

 たしかに、そこには何も書かれていない。

「そういうことならシェインは賛成です。手練れはありがたいですし」

「そうだな!タオファミリーは歓迎するぜ」

 シェインもタオも、茜を歓迎するムードだった。それにエクスとレイナは安堵する。しかし……

「……すまぬが、戦力として妾を見ているのなら、その期待には答えられぬのじゃ」

 肝心の茜が、乗り気ではなかった。

「え?」

 エクスが茜の言葉に首をかしげる。それもそうだ。赤ずきんを守るために使った力も、カオステラーを吹き飛ばした力も、戦力としては申し分ないのだから。

 茜は、開かれたままの空白のページに視線を落とす。

「妾の力は、本来、ある運命を与えられた者が持つ力なのじゃ。なんとか残っていた力で今まで戦っていたが……さきの戦いで使いきってしまった。今の妾には炎を操ることも、壁を作ることもできぬ……」

「「「「……??」」」」

 4人は、言葉の意味を理解できず、思考が停止する。

 茜は、仕方ないのぅと、これまでに己に起きたことを話し始めた。

「この本は元々、妾の運命がしっかりと書かれていたのじゃよ。しかし、ある時、運命にないことが起こり、妾は閉じ込められた。外に出られたときにはもう、妾の代わりがいて、妾その想区に必要とされなくなっていた……」

 茜の説明に、レイナがピクッとする。

 そして、エクスが茜の放った言葉のなかで気になった言葉を復唱した。

「運命にないこと……?」

 茜は、さらに詳しい説明を始める……。

「妾の想区にもいたのじゃよ。最初から空白のページしかない本を持つ者がの。そやつと妾は仲が良くなくてのぅ……そやつがすることは、誰の運命にも書かれておらぬから、そやつのとった予想外の行動に運命が少し変わってしまった者は何人かいたのじゃ……といっても、物語に支障がない程度じゃったが」

 茜は空を見上げて目を閉じた。次に目を開けたとき、茜は続きを語りだした。

「ただ、妾の時はそうはいかなかった。じゃから、代役がたてられた……。確か、閉じ込められているときに気付いた、最初の決定的な変化は、妾の未来が全て消えたことじゃったの。……そしてそれからは妾の過去のことが書かれていたページの文字も徐々に薄れていった。おそらく、それは代役がたてられたことで、それが妾の運命ではなくなったゆえのことじゃ」

 それは、茜の背負った運命が、突然無くなったということ。

「それから、妾はあのヴィランとかいうやつに追い出され、真っ白な霧の中を歩き続けた。そして、ある時たどり着いたのがこの想区じゃ。なんとか力は残っていたから、その力を使って今まで戦ってきたが……運命に導かれている間は内側から力が溢れるようにあったのに、運命を失ってからは、力が徐々になくなっていくのを感じておったよ」

 それは、初めからなにも与えられていなかった僕たちよりも、辛いことなんじゃないだろうか……。エクスは、茜の言葉に胸を締めつけられる。

「赤ずきんが妾をかばったあの瞬間。妾のなかに残っていた全ての力が放出されたようでの……もう、力を微塵も感じないのじゃ」

 力を微塵も感じないと言った茜は笑顔だったが、その笑顔には深い喪失感と守れてよかったという、安堵する気持ちが含まれているような気がした……。

「……ま、そういうわけじゃからの。今の妾はなんの力も持たないただの異形いぎょうの化け物じゃ」

 うつむきながら、自虐的な発言をする茜に、エクスは声をあらげる。

「そんなことないよっ!茜さんはたしかに、僕たちとは違うけれど……別に化け物なんかじゃ……」

 しかし、後半は、涙をこらえるのが精一杯で声が震えた。

「そうですよ。シェインなんて、こう見えても鬼ですし」

 シェインは、角はないものの、もともとは桃太郎の想区で桃太郎に退治される鬼の一族として生まれたのだった。

「そうだな……たしかに、初めてみたときは驚いたが……他の想区にいけば、ほんとにいろんな姿のやつがいるしなぁ」

 エクス、シェイン、タオが、茜は化け物なんかじゃないと、訴えかける。

「しかし……妾は主らのようには戦えぬ」

 茜はまだ、顔をあげようとしない……。

 そんな茜の姿を見て、レイナは優しい笑みを浮かべて『導きの栞』を茜に差し出した。

「よかったら、これを挟んでみてくれないかしら?」

 茜は一瞬戸惑ったようだが、レイナから『導きの栞』を受け取り言われた通りに本に挟んだ。

 すると、茜は光に包まれ……光が収束した時、みんなの前に現れたのは―――赤い頭巾を被った少女。

「……よかった!ヒーローとちゃんと繋がった……っ!」

 レイナの表情が一層明るくなる。

 そして、茜はすぐにコネクトを解除した。

「……これは……!?」

 茜の手にある『導きの栞』には表にアタッカー、裏にはシューターの紋章が現れている。

「おぉ……、シェインと同じ紋章ですね」

 シェインが自身の栞を見せる。

「ま、表と裏が反対みたいだけどな」

 珍しく、タオがシェインにツッコミをいれる。

 そんな二人をおいといて、レイナは話をもとに戻した。

「……さて、これであなたも私たちと同じように戦えるわけだけど?」

「……ふっ」

 茜は栞を見つめた。栞を挟んで己に宿った魂は赤ずきん。なんとなく、背中を押されたようだった。

「……そうじゃな、妾は―――主らと共に、いや、主らの力になりたい!……連れていってくれるかえ?」

 茜の言葉に、エクスの顔に満面の笑みが広がる。

「もちろんだよ!……ね、みんなっ!」

 レイナも、茜に手をさしのべた。

「これからよろしくね、茜!」

 茜は、さしのべられた手を握り、レイナと握手を交わした。

「妾の方こそ、これから世話になる」

 その時の茜の顔は、出逢ってから今までの中で、1番の心からの笑みだった―――。





 ......Fin



 ―――ありがとう、お姉ちゃん。私のトモダチをよろしくね

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