第3話 オオカミの元へ

 赤ずきんとレイナが話していた頃、エクスもまた茜と話をしているのだった。

「ねぇ、ちょっといいかな?」

「……なにようじゃ、少年。」

 エクスは、タオとシェインが他にヴィランがいないか見てくると言い、この場を離れてからまだ戻ってきていないこと、そしてレイナが赤ずきんと話し込んでいることを確認してから、茜に本題を切り出した。

「茜さん、何か隠してますよね」

 エクスの物言いに、茜はクスリと笑った。

「やはり気づかれておったのじゃな。先程の戦闘中、少年が妙にこちらを気にしているようじゃとは思っておったが……そうかそうか。やはりバレておったか!」

 茜は、とても愉快そうに笑う。

 エクスはそれに呆気にとられながら、秘密ではなかったのだろうか?と考え始める。

「どうせぬしも外の想区の人間じゃし、何より戦闘時のお主らも今とは別人のようになっていたしの。私の正体などさして問題でもあるまい」

(主らも外の想区の人間……?ってまさか)

 エクスが驚きの表情を見せると、茜は少し離れたところで赤ずきんと話をしているレイナに声をかけた。

「おい、巫女殿!わらわはこの少年と森を探索してきたいのじゃが、借りてもよいかえ?」

 声はしっかり届いたようで、レイナは頭の上で大きな丸を作る。

「……さて、少年、ちとこちらへ来なされ」

 エクスは茜に言われるがまま、森に入っていくのだった。

 ――――――――――。

「ここらでよいかの?」

 レイナたちからは見えないけれどこちらからはレイナたちの姿がギリギリ見える位置。

 それは、もしもまたヴィランが現れて

 襲われるようなことがあっても対応できるようにという位置取りだった。

 そこで、茜は衣類をモゾモゾしはじめる。

「え、ちょ、ちょっと!?」

 エクスは突然何が始まったのかわからず狼狽えるが、結局自分の手で目を押さえることで落ち着いた。

「……っんと。少年、待たせたの。普段は赤ずきんに…。…少年、どうかしたのかえ??」

 茜は、ようやく準備ができたと思ったのに、目を押さえて自分を見ようともしないエクスに首をかしげる。

「どうかしたのかはこっちの台詞です!何で急に脱ぎ始めるんですか!!」

 エクスは頬を少し赤くして、そのままの状態で文句を言った。その姿に、茜はエクスが勘違いをしていることに気づき、ゆっくりと1歩ずつ、エクスに近づいていく。

「……少年、妾を見よ」

 目の前で止まった茜は、エクスの手をつかみ、無理矢理はがした。

 いきなりはがされたことに驚いたエクスは、固く閉じていたまぶたも開けてしまった。

「うわぁっ……って、え?」

 そして、予想した事態とは全く違うこと、そして、予想していなかった姿に驚きを隠せなかった。

「何を勘違いしておるのじゃ」

 茜は茜でやれやれとでもいうように肩をすくめている。

 エクスはいまだ、目の前に立つ茜の姿に思考が追い付かずにいた。

「え、え?」

 エクスの反応に、茜は盛大なため息をつく。

「……はぁ。妾の正体など、姿を見せるのが一番手っ取り早いのじゃ」

 茜はまた、今まで隠していた場所を元通りに隠していく。

「茜さんの正体……?」

 エクスが見たもの。

 それは獣耳と、尻尾だった。

「見ただけではわからぬか?簡単な言葉で妾の正体を表すなら狐じゃよ」

 茜はあまり慣れていないのか、ボタンをつけることに苦戦しながらもエクスに話を続ける。

「狐??人じゃないんですか?」

 エクスは、明らかに人型で人の言葉を話す茜が狐ということが信じられなかった。

 茜は少しだけ考えるように黙ったが、すぐに答える。

「……そうじゃ。厳密には狐でもないがの。この耳や尻尾、この目……これらは狐と同じようなものじゃ」

 エクスは、以前来た赤ずきんの想区に茜みたいな人、やっぱりいないよね?と考えを巡らすが、全然記憶になかった。

「赤ずきんの想区で狐のような人……」

 いくら考えても出てこない。出会うことのなかった登場人物?……それもないだろうし……。

 考え続けるエクスのその姿を、茜は小バカにしたような態度で今考えていることの答えにたどり着くためのヒントを与えた。

「少年、先程の妾の話、聞いておったか?」

 エクスは、その言葉に一瞬怪訝に思ったが、間もなく少し前に自分が思ったことを思い出し、ハッとする。

「…………あ」

 気付いた様子のエクスに、茜は満足したのか、正解を口にした。

「少年、妾はこの想区ではないところから来たのじゃ」



 エクスが茜と共に戻ると、レイナと赤ずきんは楽しそうにおしゃべりをしていた。

 それからしばらくして、タオとシェインが戻り、見てきた結果を話すのだった。

「ヴィランはそこら中に散らばってるみたいだったな」

 タオは森の方に視線をやる。

「かなり数が多かったですね」

 シェインもかなりの数を見たようだ。

「ま、さっさとカオステラーを見つけちまおうぜ?」

 タオの出した答えに、この場に残った面々は賛成だった。

「そうね。ここにいてもさっきみたいな大群は来ないけど何回か見つかって戦うはめになったし、ジーっとしてたっていいことなんかないわ」

 レイナの言うとおり、タオたちが離れて少し時間をおいてから、どこから来たのか、ヴィランが何度か現れていた。

「……のう、赤ずきん。確か、明日じゃったな?」

「そうだよ?」

 茜と赤ずきんのやり取りにシェインが疑問を口にする。

「明日がどうかしましたか?」

 シェインが聞くと、茜は「明日は運命のおつかいの日じゃよ」と笑顔で、でもどこか残念そうに言った。

 茜はみんなに明日の行動について提案したが、だれも異論はなかった。

「さて、赤ずきんは明日朝一で婆様の家に向かい、妾と主らは影からこっそりヴィランの退治とあの男探しをするということで決まりでよいな?」

 茜の確認の言葉にレイナは「もちろんよ」と答えた。

 その後、一行は赤ずきんと茜の案内で村に行き、一晩ゆっくり休むのだっだ。



「いってきます!」

 翌朝、赤ずきんはおばあさんの家に向かい、出発した。

 レイナ一行は赤ずきんと離れないよう、木々に隠れながら進み、茜は1人異常がないを確認するために四人との距離に気を配りつつ先行していた。

「昨日のが嘘みたいにどこにもヴィランがいないわね……」

 レイナが不思議がるのも当然だった。森の様子は見るからに昨日よりも平和なのだ。

「どっかで待ち構えてたりしてな」

 タオの言葉にレイナが勘弁してという顔をする。

「やめてよ~」

 そんなレイナの言葉が発せられた直後、レイナ以外の全員が茜の姿が見えてきたことに気づく。

 それは出発して数分後のことだった。

 だんだんはっきりとその姿が見えてくる。茜がこちらに見える位置で両手を挙げて振っていた。それは敵が……ヴィランが現れたという合図だ。

 こちらも、了解の意味で手を振り返す。

 赤ずきんの近くにはタオを残し、三人で茜の援護に向かうのだった。

「……来おったな。見ての通りゆえ、手伝え!」

「合点承知です」

 シェインは到着してすぐに戦闘を開始した。

 そして、そのあとを追うようにたどり着いたエクスとレイナはその場が花畑であることに気付いた。

(ここって赤ずきんちゃんがお花を摘む場所!?)

「……急がないと」

 エクスとレイナは、赤ずきんが着いてしまう前に敵を片付けようと心に決めるのだった。



 どうにかヴィランを全滅させ、茂みに隠れる茜たち。

 それから一分もしないうちにタオと、そして赤ずきんが見えてくる。

「間に合ったわよ…」

「ギリギリだったね」

 レイナとエクスが安堵のため息をつく。

 そこに、タオが合流した。

「さっき、オオカミが赤ずきんに話しかてきたんだが……騎虎きこわざわいみたいな感じでよ。話が終わったらすぐどっかに行っちまった」

 タオの言葉に周囲が一瞬固まる。

 それは、途中に出てきた"ことわざ"らしきものの意味を理解し損ねたために起こった沈黙。そして、いち早く意味を理解し、その沈黙を破ったのはタオの妹分であるシェインだった。

「…タオ兄、騎虎の災い・・じゃないです。騎虎の勢い・・です」

 シェインの言葉に皆がなるほどと納得する。

「……」

 タオは1人きまりが悪そうだった。

 タオの報告をしっかりと理解した茜は

「オオカミのその行動は警戒ゆえじゃよ。今までもヴィランどもに威嚇はされていたはずじゃからの」

 と話した。

「威嚇ですって?」

 レイナの言葉に、茜はうなずく。

「そうじゃ。あやつの獲物はオオカミと婆様じゃった」

 茜は赤ずきんのおばあさんが住む家のある方角を見る。

「え?お婆さんも??」

 エクスは、赤ずきんを助けたいというのがカオステラーの望みであるなら、どうしてお婆さんまで狙う必要があるのだろう……と頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

 それを、茜はそんなこと簡単じゃ、と儚く笑った。

「赤ずきんの婆様が死ねば、赤ずきんが森に行く理由がなくなるだろう?」

 そう。赤ずきんが森に来たのはお婆さんに会いに行くため。つまり、お婆さんが死んでしまえば、お婆さんに会いに行くというおつかいの日は永遠に来ない。

「そんな……っ!」

 エクスの反応に、茜は安心せいと天を仰ぐ。

「大丈夫じゃよ。赤ずきんの婆様のことは妾が守っておったし、今はまだ・・・・、無事じゃよ…」

『今はまだ』その事場の意味を、皆が理解し下を向く。

 今はまだ……つまり、それは物語が進めば死んでしまうということ。

「……!」

 その時、茜が急におばあさんの家がある方向に顔を向けた。

「……すまぬ、前言撤回じゃ。オオカミが婆様の家に着いた……。もう、食べられてしまう頃のようじゃ」

 茜の言葉にレイナが「え?」と驚く。

 そして、シェインがレイナの気持ちを代わりに言葉にした。

「どーしてわかるんですか?」

「秘密じゃ。それよりもこれで全て揃ったようじゃ」

 茜はシェインの問いには答えず、背を向けた。

「婆様の家に向かうが……主らの中から1人だけ、赤ずきんの護衛についてほしいのじゃ。青年……頼めるかえ?」

「え?待ってよ!おばあさんはもう……」

 茜の言葉に反応したのはレイナだった。茜は顔だけレイナに向けた。

「これから守りに行くのはオオカミじゃ。赤ずきんの望みを叶えるためには必要なことじゃ」

 そのまま、視線をタオにずらす。

「青年よ、どうじゃ?」

 タオは少しも悩むことなく茜の目を見返した。

「安心しな!赤ずきんはこの俺様が守ってやるぜ」

 茜はタオの言葉に頷き、正面を向く。

「うむ。……では、行くぞえ!!」

 そう言って走り出した茜に続くようにエクスが、そして、シェイン、レイナ……とタオを除いた面々は、おばあさんの家に向かった。


「タオ1人に任せてよかったの!?」

 走り出した4人。先頭を走る茜に、レイナが叫ぶ。

「あぁ、問題ない。あれは保険じゃ。あやつの目的は赤ずきんを生かすこと。赤ずきんに下手なことはしないだろう」

 レイナの質問に答える間も茜は走るスピードを緩めることなく走り続けるのだった。







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