12



「…………は?」

 俺は半眼になって臣下を睨みつけていた。

 あれから四日が経ち、包帯商人の商談も難とか成功。包帯商人と女侍をキアタ港まで転移させた女魔法使いは最後に俺を魔王城に転移させた。

 俺の部屋に転移させられると、ある程度片付けられていた。臣下がどうやら一人で掃除を頑張ったようだった。頑張ったってレベルじゃない気がするけど。

 で、城の中を歩き回ってた(正確には、まだ瓦礫が残ってる方へと歩いていた)ら、そこで瓦礫を集めている臣下を見付けて、ただいまの挨拶を交わして一緒に瓦礫を集める作業に入った次第だ。角と左足の無い俺の姿に仰天していたが、訳を話したらすんなり納得してたけど。結局義足はやめて松葉杖を相棒にする事にした。松葉杖をつきながら瓦礫を運ぶのは至難の業だった。正直言って途中で投げ出したかったけど、臣下一人に背負わせる訳にはいかないので自分に鞭打って瓦礫を運んだ。

 瓦礫を集めているのは、これ等を変換魔法で城を修復する為の材料に変換するんだそうだ。変換魔法は文字通り物質を変換する。ただし無機物に限るし、変換とはいっても気体、液体、固体の三形態のどれかにするってだけだけど。

 その代わり、固体から液体に変換するのに熱を加えなくてもいいっていう利点はあるし、好きな形態(例えばゲル状とか、プリン体とか、クリープとか)にも自在に変換可能。なので城の修復には持って来いの魔法だったりする。原価掛かってないし。

 一所に集めて、一気に変換魔法を使った方がMP消費が少なくて済むので、わざわざ集めている次第である。まぁ、一所とは言っても、区画は分けており、大体五ブロック程に分けて、瓦礫をブロック毎に集めてるんだけどな。現在は五ブロックの内三ブロックの修復作業を終えたそうだ。流石臣下、仕事が速いなと思う。

 瓦礫集めをしながら、俺は臣下に女魔法使いが昔助けた子供だった事を話した。んで、どうしてだか俺は子供を助けたのをど忘れしていたって事も話した。

 そしたらさ。

「それはそうですよ。私が魔王様に忘却魔法を掛けてたんですから」

 とかほざきやがった。

 で、最初の台詞に戻る。

「……どういう事だオイ?」

 俺は瓦礫を置いた臣下を睨みつけながら問う。

「はい?」

 臣下はきょとんとしていた。何がどういう事なのでしょうか? と言わんばかりのきょとん具合だよ。

「はい? じゃねぇよ。何で臣下が俺に忘却魔法を掛けたんだよ?」

 忘却魔法はその名の通り記憶を忘れさせる魔法だ。決して記憶改変はされず、ある一部の記憶を忘却の彼方へと送り込む魔法。

 この魔法はMP消費量はかなり少ないが、熟練した魔法使いでない限り狙った記憶だけを忘却させる事は出来ない。素人が下手に行使すると相手の記憶を忘却しようとしたら自分の記憶を忘却しちまったり、一部じゃなくて全部の記憶を忘却しちまったりと洒落にならない。

 んで、この臣下はどうやら普通に忘却魔法を使えるらしい。しかも、もし素人だったとしても臣下は魔法が効かない体質なので実質自分へのデメリットは無いにも等しい。自分の記憶を対象にしない限りはな。

 まぁ、でも。臣下はそこらの魔法使いよりも魔法の扱いが上手いから前述してみた通りに普通に使える模様。因みに言えば、臣下よりも女魔法使いの方が魔法の扱い方は上手い。なにせ、女魔法使いは魔法学校に通ってたらしいから、独学の臣下よりも扱いが上手くて当然だ。

「そりゃ、そうするしかなかったからですよ」

 で、臣下は当然とばかりに頷きながら答えた。いや、答えになってないけど。

「どういう意味だ?」

「だって魔王様。あの子――今は女魔法使いですか――を心配し過ぎて胃腸壊したり不眠症に陥ったりしてたんですもん」

 とか知られざる真実を暴露した臣下。

「……マジ?」

「マジです。あぁ、きちんと教会行ったかな? 教会の人間に助けて貰えたかな? 飯はちゃんと食ってるかな? 重労働なんかさせられてねぇだろうな? とかもうしつこいくらいに心配し過ぎてたんで、見兼ねた私が綺麗さっぱり忘れるように忘却魔法で女魔法使いさんの事を忘れさせたんですよ」

 ……そりゃあ、忘却させるわな。記憶。

「……俺ってそんなに心配してたの?」

「はい。三日三晩寝ずにジョギングもしないで、魔法の訓練も筋トレもせずに城中を右往左往しながら時々天井を仰いで長ったらしい溜息まで吐いてましたよ」

 ……心配し過ぎだろ、当時の俺。

 いや、まぁ。今でももしかしたらそうするのかも。自分に懐いていた年端もいかない子供を何処かに預けでもすれば、心配で心配で何にも手につかなくなるかも。

「魔王様は優しいですからね」

 集め終えた瓦礫に変換魔法を使い、ゲル状にしながら臣下は溜息交じりに言った。

「それって褒めてる?」

「今回は褒めてませんね。目障り――もとい面倒だったので」

 ずばっと言ってくれるじゃあないかこいつ。俺一応こいつの主人よ? 主人に対して目障りとか面倒とか面と向かって言うか普通?

「……で?」

 ゲル状になった元瓦礫を知覚に停車させていた荷車にスコップを用いて積載させながら臣下は俺に顔を向ける。

「でって?」

 流石にひらがな一文字で質問の全容を把握出来る程に勘は鋭くないので普通に訊き返す俺。

「……はぁ~」

 何かものすんげぇ深い溜息吐かれたんですけど⁉ 理不尽過ぎやしませんかね⁉

「……きちんと言ってくれないと伝わらないもんってのがあるんだけど?」

 俺は半眼になりながら臣下にそう厭味ったらしく毒吐く。

「では、率直に言いますけど」

 居住まいを直す臣下。最初から率直に言って欲しい。

「魔王様は女魔法使いさんと一緒に一つ屋根の下に住んでいちゃいちゃラブラブしなくてよかったのですか?」

「ぶふぉっ⁉」

 つい吹いちまったよ! いきなり何言い出すんだよ臣下はっ⁉

「は、はぁ⁉ おみゃ、お前は何のきょんきょでんな事言ってんの⁉」

 動揺しまくりな俺様。根拠を噛んできょんきょと言ってしまう程に呂律が回ってない。

「そりゃ、女魔法使いさんは魔王様が愛情を注ぎながら接していた子だったんですから、恋愛感情が生まれても可笑しくは無いだろうな、と。それに女魔法使いさんは魔王様の事を好きでいますよ? 勿論ライクじゃなくラブの意味で」

 真顔で俺かこっ恥ずかしくなるような単語の羅列を口にしていく臣下。

 あ、愛情を注ぎながら接してたか俺⁉ 女魔法使いが小さい頃の俺ってそんなんだったのか⁉ 身に覚えがねぇんだけど! あっ、忘却魔法を掛けられてたからその記憶も忘れてんのか!

「で、結局一緒に住まなくてよかったんですか? 角が無くなってMPも回復しなくなって人間よりも使えなくなって魔法に関しては無能に成り果てた肩書きだけ立派な魔王様」

「しれっと罵倒するのはやめて貰えるかなっ⁉」

 特に真顔で、しかも俺に顔を向けないでどうでもいいようにゲル状の物体を荷車に積む作業しながら言うのはものすんげぇ堪えるから! 精神的ダメージがものすんげぇから! というか何⁉ 臣下は俺を虐めて楽しいのか⁉

「楽しいですよ」

「心読むなや!」

 楽しいって言いやがったよ! しかも太陽顔負けのとびっきりの笑顔でな! このドSさんっ!

「まぁ、冗談はこれくらいにしておきましょう。これ以上からかうと魔王様は泣いてしまいますからね」

 悪戯的な笑みを浮かべながら、臣下はスコップを傍らに置いて俺の頭を撫でる。

「別に泣かねぇっての」

 餓鬼じゃねぇんだから。でも、ちょいと目元に涙が溜まりかけたのは事実だけどな。

「で、もう一度言いますけど、一緒に暮らさなくてよかったんですか?」

 再度居住まいを直して臣下は俺にそう問うてくる。

「あ、あぁ。……その事なんだけどさ」

 俺は壁に掛けられた大きな時計(勇者パーティーの攻撃にも、臣下と元臣下軍団との激闘で傷一つ負わなかった運のいい奴)を見て時間を確認する。

「……そろそろかな」

「は?」

 俺の呟きに臣下は首を傾げる。

 俺はテレパシーを発動させる。テレパシーは魔法じゃなくて単なる能力だから、MPが無くても使える。テレパシーを臣下にではなく、俺の部屋へと向ける。

『おい、もう来てるなら部屋から出て廊下を一直線に進んで、三つ目の角を左に曲がってそのまま真っ直ぐ来い』

 これでよしっと。後は来るまで待つだけだ。

「あの、魔王様? 一体何を」

「魔王っ」

 臣下が全部を言い切る前に、目の前に突如女魔法使いが現れた。そして俺に抱き着いてきた。

「おぶっ!」

 唐突な出来事だったので、片足の俺は体勢を崩して背中から倒れそうになった。けど、女魔法使いががっちりとホールドしてたから倒れずに済んだ。ついでに言えば、女魔法使いは顔を俺の胸に埋めてたりする。胸の辺りがこそばゆい。

「魔王っ。テレパシー訊き取ったから直ぐに来たよ」

 顔を上げた女魔法使いは満面の笑みで俺に到着した事を報告する。

「……あのな、テレパシー訊いたんなら普通に歩いて来いよ。MPの無駄遣いじゃねぇか」

「だって、早く魔王の所に行きたかったからっ」

 そう言って俺の胸の辺りに頬をぐりぐりと擦りつける女魔法使い。

「というか、よく道順訊いただけでここに転移出来たな?」

「そりゃ、私も住んでたもん。道順訊けば分かるよ」

「記憶力いいなぁ」

 住んでたって言っても、もう十五年は昔の話だろ? 普通は覚えてなくても可笑しくない。十五年経っても覚えてたのは、ひとえに俺の事を忘れたくなかったからかな? そう思うとこそばゆくなってくる。

「あの、魔王様?」

 置いてけぼりになっていた臣下がおずおずと手を挙げながら俺に訊いてくる。

「これはどういう事でしょうか?」

「あぁ、これはな」

 俺は言葉の続きを言おうとしたが、俺から離れて背筋をぴんと立てて臣下を見た女魔法使いが代わりに言う。

「これから一緒に住まわせていただきますので、よろしくお願いします」

 そしてぺこりと頭を下げる女魔法使い。

「んで、これから魔王城の食堂で料理屋を開く事にした」

 俺があっけらかんと臣下に重大発表を軽く告げる。

「……そうきましたか」

 臣下は納得した御様子だった。

 俺は女魔法使いに、包帯商人が商談をしている最中にこう言った。「魔王城に一緒に住んで、そこで料理屋開かないか?」と。

 女魔法使いは花が開くように笑みを広げていき、何か嬉し泣きしながら俺に抱き着いていた。俺の耳元で「うん、うん……」って小声でOKを言ってくれた。女魔法使いは俺に暗に女魔法使いの家で一緒に暮らす事を拒否されて傷付いていたようだったので、俺の言葉によって安心したそうだ。

 別に女魔法使いの家で一緒に住んでもよかったんだけど、そうすると臣下が独りぼっちになっちまうから駄目で。女魔法使いの家に臣下と俺が行っても何か余計に狭くなっちまうのでそれは申し訳ない。

 なので、残された選択肢として広さが申し分ない魔王城で一緒に住む事を提案したのだ。料理屋を開くにしても、城の食堂を少し改装して使えば大丈夫だし。

 ……因みに、俺が言った言葉って、俗に言うプロポーズ的な発言だった。何か口にしたら吹っ切れた。どうしたらいいんだと迷っていたのが嘘のようだった。

 俺は、女魔法使いの事が好きだよ。

 拉致されても、重力魔法掛けられても、ペット扱いされても。

 初めて会った時は本当に小さい子供だったのに、今ではもうすっかり成長して大人になって、綺麗になった。まぁ、胸は成長してないけどそんなのは関係ないな。

 愛情を注いで接してたってのも、まさに通りだな。あの時の記憶は忘却魔法の影響で今思い出そうとしても朧げにしか思い出せないけど、大切に、我が子のように接してたってのは思い出せる。

 臣下の言った通りに、子供に向ける愛情から、恋愛感情へとシフトした。

 言い淀む事はもうない。

 俺は面と向かって女魔法使いに言える。

 好きだ、と。

「さて、と。そういう訳だから、ちゃちゃっと修繕作業を終わらせて、料理屋開く為の改装にも着手しようや」

 俺は首を鳴らし、松葉杖をつきながらゲル状になった瓦礫を積み終えた荷車を引く。流石に松葉杖は邪魔で、片足だけで運ぶ事となった。

 ……つーか、動かねぇ。

 やっぱり角が無くなったから、俺よりも重くなった荷車を運べる訳が無かった。片足関係なく。いや、片足だから余計に運べないのかも。踏ん張りが利かない分。

「格好つきませんね、魔王様」

 そんな俺の様子に溜息を吐き、それでいて柔らかく微笑みながら臣下が俺の代わりに荷車を押し始める。

「愛しの女魔法使いさんの前で恰好つけたくなるのは分かりますが、力量は弁えて下さいね」

 やめて! 確かに考え無しだったけどそういう風に言うのはやめて! 何か恥ずかしくなるから!

「城の修繕は私一人で行いますので、魔王様と女魔法使いさんは食堂へ行って、どのように改装したらいいかを話し合って下さいまし。二人っきりで」

「二人っきりを強調すんな!」

 臣下は言いたい事だけ言うと、微笑みを俺と女魔法使いに向けながら足早に去って行った。結構器用な事をするな。目の前見ないで進むってのは。壁や柱にぶつかってねぇし。

 この場には、俺と女魔法使いだけが取り残された。

「……じゃあ、食堂行くか?」

「うんっ!」

 女魔法使いは俺の腕に軽く抱き着き、嬉しそうにしながら歩を食堂へと進める。

 俺も松葉杖をつきながら、女魔法使いの歩幅に合わせて食堂へと向かう。

 俺はもう魔王の力の源である角は無い。

 俺はもうMPが回復する事は無いかもしれない。

 俺はもう肩書きだけの魔王だ。

 それでも、別にいい。

 一緒にいたい者と、一緒に過ごせればいい。

 それだけで、いい。

 多くは望まない。

 ただただ、今ある幸福が長く長く続く事を願うだけ。

 それだけで、いいんだ。


 ――了――

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角の無くなった魔王様 島地 雷夢 @shimazi

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