04


 俺と女魔法使いは横一列に並んで走っている(女魔法使いはリードをきっちりと持って外れないようにしている)。

 ジョギングのコースは女魔法使いが決めている。

 まぁ、それが妥当だな、俺この辺の地理がまるっきり分からないもん。

 まずは家から伸びている一本道を走っていき、十分くらいで森を抜けた。

 森から出ると、そこには村であり(ミクイズ村という名前らしい)民家や畑が広がっていたが、冬だからか野菜はあまり育てられていなかった。

 育てられていたのは大根とか法蓮草とか白菜とかだったな。

 朝から畑仕事をする村人に俺と女魔法使いは清々しく挨拶をする。

 畑仕事をする村人は晴れやかな顔で俺と女魔法使いに挨拶を返してくれる。

 俺の首に嵌められた首輪とそこから伸びているリードを持っている女魔法使いに少し不思議そうな目を向けていたけどな。

 畑仕事をする村人の他にも、恐らく教会へ勉強しに行くのであろう子供や森へ薬草を取りに行こうとしているご老人とか他諸々にもきちんと挨拶をする。

 相手が人間からと言っても挨拶をしない理由にはならないっつーか、挨拶は大事なんだよ、基本的なコミュニケーションツールだよ。

 挨拶を怠る奴はいい奴にはなれない、これ俺の自論な。

 俺と女魔法使いは村の中心部まで走る。

 この村は中心に雑貨屋を一つ構えており、そこで衣類や雑貨、食料等を買えるようであった。

 恐らく、俺の衣服や歯ブラシはここで買った物であろうと思われるっつーかそんな事を言っていた気がする。

 この村の中心部を走り抜ける時も、行き交う人達に挨拶を交わすのを忘れない。

 村の中心部を抜け、森と反対側にある方面へと向かう。

 そこでは果樹が栽培されており、林檎や梨の木が見栄えよく植えられていた。

 どうやらこの村は野菜と果物を育てて生計を立てているようであった。

 また、村の端付近には教会が一つ建っていた。そこにいた壮年の神父が俺と女魔法使いに柔和な笑みで挨拶をしてきたので、きちんと返す。

 何か女魔法使いと神父が仲よさそうな雰囲気を醸し出してたけど、もしかして修行仲間とか勉学仲間とかだろうか? 歳とか結構離れてそうに見えるけど、まぁ、そんなのは関係ないのだろう。多分。

 なんやかんやで村の端まで辿り着くと、そこからUターンして来た道を戻る。

 時間にして二時間のジョギングであった。

 結構長く走ったものである。

 体力も腕力や魔力と同様にやはり落ちていて、ちょっと息が上がりかけているが、毎日ジョギングしてれば今以上になるだろう。

 また、恐らくではあるが、女魔法使いは俺に少しばかりのリフレッシュをさせようと村の中を走らせたのだと思われる。

 ただ走るだけなら森の中を延々とぐるぐる回ってるだけでもいいのだが、そうしなかったの同じような景色で飽きさせないようにという配慮があったからだろう。

 ……なんて思っていた時期は俺にもありましたよ。

 でも実際には違ったんだよこれが。

 女魔法使いには二つの目的があったんだ。

 一つは村人に俺と女魔法使いの関係を誤解させる――つまりは彼氏彼女の関係だと思わせて俺をここに縛り付ける為に村の端まで俺と一緒に走って行った事(ただし、どちらかと言うとペットと主人の関係という嫌な誤解を与えた可能性の方が高いが)。

 二つ目の理由ってのが、簡単に言えば、俺を危険な目に遭わせないようにと言う配慮の下、森の中ではなく比較的安全な人が住んでいる場所を走ったのだ。

 なんと、この森にはモンスターが出現するのだ。

 そんな危険な場所に住居を構える女魔法使いの度胸はものすんげぇものだ(因みに家と村へと続く一本道には結界魔法が掛けられていて人は出入り自由だがモンスターが侵入出来ないようになっているとの事)と思う。

 そんな事を家に帰りながらのジョギングで女魔法使いは包み隠さず言ってのけやがったよ。

 そんな話を訊いて、俺はジョギング中に会ったご老人はモンスターが闊歩するこの森に薬草を取りに来ている事を思い出し、ちょいと不安になった。

 で、帰り道に俺は一本道を走っている時に森の中で薬草を採取しているご老人を見付けた。

 何かモンスターに襲われてるんですけどっ⁉

 えぇっと、あれ確かハウンドッグっていう犬のようなモンスターで、群れで襲い掛かってくる厄介な奴で、ピンチに陥ると遠吠えをして仲間を呼び寄せる経験値稼ぎには持って来いだが、倒し切るのも逃げ切るのも面倒臭いモンスターだ。

 ハウンドッグ四匹がご老人に向かって牙を向けて、今まさに齧り付こうとしてやがる!

 俺は即行で首輪を外して自由になり、一本道を外れてご老人のいる方へと駆け出す。

 人間は相容れない存在とか言ってる俺だけどさ、何か知らんけど放っておけないんだよなこういう場面って。

「どっせぇい!」

 ハウンドッグ一匹にダッシュ蹴りをかまし、次に周りの奴等に広範囲破壊魔法をぶっ放した。

 昨日は本来の力をセーブしたつもりでやっていたからシャボン玉が割れた程度の威力しかなかったが、今回はセーブなんてしないで全力で発動した。

 広範囲破壊魔法は使う者の魔力に比例して威力と範囲が確定されるので、角が生えていた全盛期の俺が使えば最大半径二百メートルの大爆発を起こせるのだが、生憎と角を切り落とされた俺では半径五十センチの小規模な爆発しか出せない。

 が、それはそれで都合がいい。

 全力でその程度の威力ならば、どんな相手でも殺す事は無いからな。

 俺はモンスターも殺したくは無いんだよ、モンスターは俺の種族にも害を為す存在なんだけどな。

「こっち!」

 小規模の爆発を三匹のハウンドッグに浴びせて、怯んだ所でご老人の手を掴んでその場から撤退を図る。

 が、どうやら予想以上に威力が低いらしく、蹴りを入れたハウンドッグ以外は直ぐに体勢を立て直して俺とご老人に跳び掛かってきた!

「くそっ!」

 俺はもう一度広範囲破壊魔法をぶっ放そうとしたが、不発に終わった。

 嘘っ、MPが切れちまってるよ!

 まさか広範囲破壊魔法三発分のMPしか持っていなかったなんて予想外だよ!

 こういう時にMP回復薬(大)が必要なのだが。俺は女魔法使いに拉致られた為に貴重なMP回復手段を魔王城に置いたままなんだよなっ!

 というか、今の状態の広範囲破壊魔法の全力よりもダッシュ蹴りの方が威力が高いって事実にちょいと泣けてきたぞっ⁉

 咄嗟に俺はご老人の前に出て庇う。

 ハウンドッグが俺の左腕に噛み付く。

 ハウンドッグは獲物の肉を骨ごと食い千切る程に強力な顎の力を有しているので、このままでは俺の左腕は身体から分離しちまう!

 俺は両利きだから片手だけでも物書きや食事に不自由はしないだろうけど、それでも片手になるのは勘弁だよ!

 ハウンドッグの牙が俺の腕の肉に食い込み、骨まで到達する。

 だが、そこまで牙を立てたにも拘らず、ハウンドッグは俺の腕を食い千切らなかった。

 いや、食い千切る事が出来なかったのだ。

 ハウンドッグは上顎から上を吹き飛ばされたのだ。

 脳漿が飛び散り、目玉が破裂し、牙が乱舞、更には血液が降り注ぐ様はまさにスプラッタであった。

「私の魔王に何をするのかな?」

 どうやら俺の後を追い掛けて来たらしい女魔法使いが疾風魔法を使い、ハウンドッグの頭部を消し飛ばしたようだ……って、何か無表情で目に光を全く宿していないからものすんげぇ怖いんですけどこの人。

 そんな仲間のスプラッタな末路を目の当たりにし、戦慄したハウンドッグ達は遠吠えを開始する。

「死ね」

 ……前に、女魔法使いの無慈悲な疾風魔法により、残ったハウンドッグは空気に溶ける赤い塵と化してしまったのだった。

 うわぁ~、容赦ねぇなぁ~、恐怖で背筋がぞくぞくするねぇ。

「魔王、腕大丈夫?」

 赤い塵を冷めた目で見ていた女魔法使いはくるりと向きを反転して、光の宿っていなかった瞳に心配の色を浮かべて俺の腕の状態を訪ねてくる。

「まぁ、骨まで食い込んでたけど、動くし、大丈夫」

 牙の跡があり、少なくは無い血を流してる右腕を見ると、女魔法使いは俺の右腕に手を翳す。

 女魔法使いの手からは暖かな光が発生し、その光が俺の右腕を優しく包む。

 これは治癒促進魔法で、ものの三十秒で俺の右腕に付けられた傷は見事に完治した。

「ありがとう」

 俺は怪我を直してくれた女魔法使いに素直に礼を述べる。

「いえ、これくらいの事で礼は要らないわ」

 女魔法使いが少しだけ頬を赤くしてぼそぼそと言う。

「それよりも、今の魔王は魔力も腕力もかなり低下してるんだから、あまり無闇に行動はしないで」

 しかし直ぐ様きっと俺を睨んで叱る。

「……反省します」

 確かに先程は考え無しの行動だったとは思う。これは女魔法使いの下から逃げる時はきちんと角二本を奪取した上で逃げなければ、途中でモンスターに襲われて御陀仏になりかねない。

 まぁ、もし逃げる隙と角を奪取出来る隙があればの話だけど。

 って、そんな事よりも。

「おい、ちょっと不味いんじゃないか?」

「不味いって何が?」

 俺の言葉に女魔法使いは分からずに首を傾げている。

「俺の事を平気で魔王とか言うの」

「何で?」

 どうやら自分の失策に気付いていないらしい。

「だって、ここには俺とお前以外にもご老人がいる訳だし」

 俺は隣で座っている老人に視線を移す。

 世間一般では魔法は勇者に倒された事になっているのに、普通に魔王と呼ぶのはどうかと思う。

 それに、勇者パーティーの一員でもある女魔法使いの知名度もそれに伴って高くなっているだろう。そんな知名度の高い有名人が俺の事を魔王と呼べば、魔王は実は倒されておらず、今目の前にいると公言しているようなものではないだろうか?

「あぁ、それは心配ないわ」

 しかし、女魔法使いはしれっと言ってのけた。

「は? 何で?」

「この人は勇者パーティーの一員よ」

「へっ?」

 このご老人が――あの化け物級のメンタルとフィジカルを備え持つ勇者パーティーの一員だって⁉

 マジでっ⁉

 一言も喋らないし、何処にでもいそうな普通の恰好と平均的な顔だったからてっきりモブキャラだと思ってたよ!

「お初にお目に掛かる。儂は翁薬師。現在は勇者パーティーから離れてこの村で薬屋を営んでおる。以後お見知りおきを」

 そう言うとご老人――翁薬師は丁寧に頭を下げる。

「あ、どうも。魔王です。女魔法使いに拉致られて今は軟禁状態にいます」

 俺もつられて頭を下げて自己紹介をする。

「っていうか、余計にこの人には俺が魔王だと知られない方がいいと思われるんだが」

 だって勇者パーティーだぞ?

 女魔法使いは別として、もし魔王が生きていると知れば再び結集して打ち倒そうと動き出すだろう。

 今の俺では勇者はおろか、多分この翁薬師にも敵わないだろうなぁ、薬に耐性無いし、角無いし、得意の広範囲破壊魔法よりもダッシュ蹴りの方が強くなっちゃってるし。

「大丈夫よ」

 そんな俺の内情を察したのか、女魔法使いはサムズアップをする。

「共犯者だから」

「は? 共犯者?」

 何の共犯者でしょう?

「魔王拉致計画の」

「はぁぁあああああああああああああああっ⁉」

 衝撃の事実を訊かされて俺は驚きのあまり、つい大声を上げてしまった。

 共犯者いたんかい、そしてそんな計画名だったんかい!

 というか、俺が風邪を引いて寝込んだ時には女魔法使いメイドバージョンしか部屋に来なかったから、この翁薬師は何をしていたのだろうか?

 ……はて、薬師とな?

「ま、まさか……っ!」

 この翁薬師がしていた事はっ!

「睡眠薬作ったのはあんたかっ⁉」

「ほっほっほ、御名答」

 俺の質問に翁薬師はころころと笑いながら肯定しやがったよ!

 ある意味でこいつが元凶じゃないか!

「てめぇ! よくもあの時御粥に睡眠薬を仕込みやがってくれたな! その所為で俺は女魔法使いに現在進行形で軟禁状態に陥れられる羽目になってんだぞ!」

「ほっほっほ」

「笑うな!」

 翁薬師は笑いながら俺の頭をぽんぽん叩く。

「俺は角は切り落とされるわ重力魔法で圧死しかけるわ首輪つけさせられるわ散々な目に遭ってんだよ! それもこれもてめぇの作った睡眠薬が無ければなかった現実だと思うんだけどそこの所の釈明やら弁解の言葉はあるかオイ!」

 俺はつい翁薬師の胸倉を掴み上げる。

 老人を労わる気持ちは、今の俺には一滴も湧き上がってこなかった。

「元気があっていいのう。若い頃の儂もこれくらい元気だったらよかったのにのう」

 話が通じないとはこの事だろう。

「それにこの性格なら、孫娘を任せられるて」

「おい人の話を……孫娘?」

 まさか……っ⁉

「もしかして、あんたの孫娘ってこの女魔法使いかっ⁉」

「左様」

 と、ころころ笑いながら答える翁薬師。

 って、マジかっ!

 家族を巻き込んでの結構壮大な(いやそうでもないか?)計画だったのかよ!

「孫を止めろよ!」

 俺は激情のあまり翁薬師の首を絞め上げる。

「ほっほっほ」

 だからころころと笑うな!

 あれか⁉ 笑って誤魔化してんのかコンチキショウ!

「いや、おじいちゃんが止めても意味は無かったよ」

 女魔法使いが翁薬師の首を絞めている俺の手を退かしながら宥めてくる。

「だって、勇者以外が全員グルだったんだもん」

 宥めながら爆弾発言しやがった。

「はぁ⁉」

 勇者以外全員がグルぅ⁉

「勇者以外って誰と誰と誰だ⁉」

 俺の剣幕に押される事もなく、女魔法使いは指を折りながらつらつらと答える。

「私と、おじいちゃんと、男賢者に、女侍、女剣士、男暗殺者に、女召喚士」

 やけに前衛職の女の比率が高いパーティーだが、今はそんなのに疑問を持つ意味が無い。

 よし、決めた!

 今度勇者以外のそいつ等に出会ったら確実に殴り倒してやると決めたぞっ!

 勇者パーティー(要の勇者は除く)は魔王を無力化プラス軟禁して何が楽しいんだっつーの!

 もしかして愉快犯の集まりじゃねぇだろうな勇者パーティーっ⁉

「ほっほっほ」

 そんな決意を抱いた俺の顔を見ながら翁薬師は笑う。

「だから笑」

「所でおじいちゃん」

 俺を押し退けて、女魔法使いが翁薬師の前に立つ。

「何かのう?」

 翁薬師は笑ったままだったが、女魔法使いの眼は光を失っており、ヤヴァい状態だと俺には分かった。

「どうしてハウンドッグに襲われた時に直ぐに殺さなかったのかな? おじいちゃんなら隠し持ってるナイフでハウンドッグの四匹くらいは簡単に殺せたでしょ?」

 そう、これは怖い笑顔状態に突入してしまっているのだ!

「おじいちゃんがハウンドッグを瞬殺していれば、魔王は怪我をしなかったのになぁ」

 女魔法使いはジャージの上着のファスナーを少しだけ降ろし、胸元に手を突っ込み、杖を取り出して魔方陣を描き始める。

 っていうか血縁相手に容赦ないっつーかハウンドッグ相手に杖さえ使わなかったのに身内には杖を使うんかい!

 杖って魔力を増幅させる特性があるんだっけか?

 つまり、女魔法使いはある意味で本気状態という事かよ!

 俺が怪我をした事に怒ってくれるのはその、何と言うか、嬉しいんだけどさ、それでも身内に対してそれは無いと思う!

「ほっほっほ」

 そんなマジモードの孫娘を目の当たりにしても翁薬師はころころと笑うだけって肝が据わり過ぎだろこの人っ!

「ねぇ、何か言い残す事はある?」

 実の祖父を相手に遺言を訊くとは、まさか殺害を決意しちゃったのこの女魔法使い⁉

「ほっほっほ」

 いやせめてそこは空気を読んで何か言うべきじゃないのなか⁉

 まだ死にたくないとか落ち着けとかそんな感じの事を!

 でも翁薬師は笑うだけだった。

 もしかして危機感が完全に抜け落ちちゃってんじゃないのこの人っ⁉

「言い残す事はある?」

 再び訊く女魔法使いの杖の先端には風が集まり、渦を形成していく。

 うわっ、ハウンドッグを塵に変えた疾風魔法の最大火力をぶっ放す気だよ!

 それぶっ放したら近くにいる俺も無事じゃ済まないんじゃないかな⁉

 というか、俺も御陀仏になるんじゃないかな⁉

「そうじゃのう」

 危機感ゼロの翁薬師は笑いながら遺言を残す。

「豊胸した孫娘の姿が見たかったのう」

 翁薬師のセクハラ発言と同時に、女魔法使いの疾風魔法最大出力が放たれた。

 半径十数メートルの木々が薙ぎ倒され、俺と翁薬師は暫し空中でランデブーする羽目になった。

 死ななかっただけ、マシだと思った。

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