01



「…………は?」

 目を覚ました俺の開口一番の台詞だ。

 意味が分からなかった。

 だって、風邪が治ってたんだもん。

 喉の痛みも頭の痛みも熱も無くなってたんだもん。

 一寝して治るって、俺の回復能力はパネェって思った。

 ……じゃなくて。

 そんな風邪が治った事さえ些末な事としか思えない現状があった。

 俺は魔王城の自室のベッドで横になりながら怪しく黄金色に光り輝く病人食の定番の粥を食べていた筈なのだ。

 なのに、今の俺はベッドには横になっておらず、粥も食べておらず、しかも自室どころか魔王城にすらいなかった。

 見ない場所だった。

 というか、何もない場所だった。

 あるとすれば、目の前に木製の扉があって、頭上にはランプが吊るされているくらいだな。

「何処だ? ここ?」

 俺は取り敢えずここから出て外の様子を確認しようと立ち上がって歩き出す。

 が、数歩歩いて後ろに無理矢理引かれるように止められた。

 首に息が詰まるような苦しい圧迫感を受けた。

「ぐぇ」

 蛙を踏みつぶしたような呻き声が俺の口から出て来た。

 気道を狭められたんだもん。

 で、俺は気付いてしまった。

 俺の首には首輪が嵌められている事に。

 そして、そこから縄が伸びているのを。

 俺は後ろを振り返る。

 首輪から伸びた縄は床から天井に伸びる一本のポールにもやい結びで結ばれていた。

 かた結びよりも強固な結び方だった。

 逃がす気ゼロの結び方だった。

 蝶結びだったら簡単に逃げ出せたものを。いや、もやい結びって実際は解きやすいけどな。でも、ものを吊り下げるのにはかた結びよりも断然効果があるんだよ。

 俺はその縄の結び方、縄の繋がった首輪、その首輪を嵌められた俺を順に見て現状を把握した。

「……捕まった?」

「違う。保護したの」

 と、木製の扉のある方から声が聞こえた。

 そちらを向くと、そこには見た事のある顔をした女が立っていた。

「あ、バイトの新人メイド」

 そう、俺の城でバイトを始めたという新人メイドだった。

「新人メイドじゃないわ」

 新人メイドは首を横に振ってそんな事をのたまった。

「え? 違うの?」

「えぇ。というか、魔王の城じゃあメイドのバイトは雇ってないじゃない」

「あ、そうだった」

 自分の城の事なのに、何で忘れてたんだろう俺?

 あれか?

 臣下にまかせっきりにしちまってるからか?

 だから、こうも簡単に新しくメイドが入ってきたと信じてしまったのだろうか?

 いや、今はそこはどうでもいい。

 問題にするべきは、目の前の女は魔王城に新しく働きに来たメイドではないという事だ。

 だとしたら、目の前の新人メイド(実は違う)は誰なのだろう?

「ふふっ。私はね……」

 新人メイド(実は違う)は不敵に笑った。

 メイド服をドヤ顔で自らの手で引っぺがした。

 引っぺがしたら、新人メイド(実は違う)の恰好は鍔広の帽子にローブを羽織ったものに変わっていた。

「勇者パーティーの後方支援担当、女魔法使いよ」

 そして言い放った。

「へぇ、勇者パーティーの」

 …………って。

「勇者パーティーっ⁉」

 勇者パーティーってあれか⁉

 魔王を倒す為に長旅を続ける根気強いメンタルと旅疲れを感じさせない不屈の体力を持ち合わせた人間離れした人間の軍団か⁉

「俺殺されるっ!」

 悲しい事に魔王は何か知らんけど力の劣る筈の勇者に滅ばされる運命にあるらしいんだよ。

 俺の爺ちゃんは魔王在位中に勇者が全く来なかったから大往生したし、父ちゃんは勇者が来る前に豚インフルエンザに罹って死んだからなぁ。

 まさか、俺の代で勇者が現れるなんて思わなかったよ!

「あ、その心配はないわよ」

 とか、目の前の新人メイド(実は違う)――もとい、女魔法使いはしれっと言ってのけた。

「だって、もう魔王は倒された事になってるから」

「は?」

 意味が分からなかった。

「Pardon me?」

 つい英語で訊き直しちまう程に。

「だから、公けでは魔王は勇者に倒された事になってるんだよ」

「いや、俺絶賛存命中だし」

 俺以外に魔王いないし。

 魔王候補もいないし。

 俺一人っ子だもん。

 そんなロンリー魔王である俺が生きているのに、どうして魔王が倒されたと人間の間で騒がれているのだろうか?

「そりゃそうよ。だって勇者が倒した魔王って幻覚だし」

「は?」

 そんな俺の抱いた疑問を女魔法使いが華麗にさっぱり解決していく。

「私が魔王城で他の勇者パーティーに幻術魔法を掛けて、なんか壮大な階段のある広間で魔王と戦っているような幻を見せてたんだよ。で、その幻を倒して勇者は魔王を倒したと誤解して王都に戻って報告して魔王が倒されたと御触れが出されたのよ」

「あ、そう……」

 カラクリが分かってしまえば、なんともあっけないものか。

 成程ね、幻術魔法を味方に掛けて惑わしたのね。

 納得納得。

「じゃなくて」

 俺はついノリ突っ込み的な事をしてしまう。

「どうしてお前は幻術魔法を味方に掛けてまで俺を捕まえたんだよ?」

「だから、捕まえたんじゃなくて保護だって」

 頬を膨らませてぶーたれる女魔法使い。

 何故ぶーたれるのか分かんないが、そんなのは気にしない俺である。

「百歩譲ってそうだとしても、お前はどうしてそんな事をした? あと、どうやって俺を拉致った?」

 そう、俺は常に外敵を警戒しているから守りは万全の布陣を敷いている……筈。

 そんな状態の俺を拉致るのは並大抵の努力では為し得ない事だろう。

「あ、それは御粥に睡眠薬をしこたま仕込んだから」

「仕込んでたのか⁉」

 まさかの薬を盛られていた!

 臣下は何をやってんだよ全く!

 というか、粥を食べている時に妙に眠気が襲ってきたのはそれが原因かよ!

「いやぁ、ばれるの承知で仕掛けたんだけど」

 ばれるの承知だったんかい。

「でも魔王は風邪でぶっ倒れて意識朦朧としてたからそんな心配なかったんだけど」

「……くそ、風邪を引いた時を狙うとは卑怯な」

 やはり風邪を引かないように真冬の寒中水泳はやめるべきだな。

 つーか、真冬の湖の真上で広範囲破壊魔法の練習をするのをやめよう。

 今後の教訓として冬は人気の無い荒野でやるべきだな。

「でも、風邪引いててもばれそうな薬使ったんだけど」

「何?」

 そうだったのか?

 だったら風邪を引いて薬の盛られた粥を何の疑いも無く食べてしまった俺はどんだけ間抜けなんだよ。

「だってその睡眠薬、色が黄金色なんだもん」

「あれって幻覚じゃなかったんだ!」

 くそっ!

 俺はあの粥が黄金色に輝いているのは風邪で胃腸が弱くなってその状態で受け付けられる食料であると脳内で美化変換されて輝いているように見えていた訳じゃなかったのかよ!

 風邪引いて衰弱してた俺の馬鹿っ!

 目の前の異常をきちんと脳内で処理して対応しろよ!

「因みに三日間寝てたわ」

「そんなに⁉」

 熟睡し過ぎだろ俺!

「やっぱり、薬の量が多かったのかしらね。なにせ、使用上限の二百倍は使ってたし」

「お前は俺を殺す気か⁉」

 眠りながら死ねるなんて苦痛なくていいけど、まだ生きていたいんだからそんな死に方は御免だこの野郎っ!

「殺そうなんてしてないわ。因みに、風邪が治ってるのは私が回復魔法を掛けたから」

 と、胸を張って豪語する女魔法使い。

 見た所胸はそんなに無いけどな。

 これから成長するのだろうか?

 いやそれは無いだろうな。

 見た目からして女魔法使いは十代後半だろうし、成長期はもう過ぎ去ってる事だろうし。

 ……うん、成長は無いな。

「何か失礼な事を言わなかった?」

 口角を上げて光を失った目を俺に向ける女魔法使い。

 正直言ってものすんげぇ怖かった。

「いえ、何にも言っておりません。風邪を治していただきありがとうございました」

 怖かったからつい敬語になってしまった俺。

「で、そんな私めを保護したのは風邪を治す為であったのでしょうか?」

 敬語で質問する俺は魔王。

「違うわよ。勇者に倒されないように保護したのよ」

 溜息を吐く女魔法使いは人間。

「何で倒されないように保護したのでしょうか?」

 敬語が抜けきれずにそのまま継続した状態で更に質問する。

「それはね……」

 女魔法使いは俺に近付き、俺の頬に細くて(よく見れば綺麗な)指を這わせながら言った。


「魔王を私のペット――もとい彼氏にする為よ」


 女魔法使いの眼はきらきらと輝いていた。

「それは断る」

 俺はにべも無く言い放った。

 だって、人間と魔王がつがいになった例ねぇし。そもそも論で有り得ねぇし。

 俺、魔王だし。人間とは本来相容れない存在だし。

 と言うかこの女、ペットってのたまったぞ?

 俺は愛玩動物じゃねぇよ。立派な魔王だよ。

「問答無用よ」

 しかし女魔法使いはそんな風に切り返してきた。

「魔王に選択権は無いわ」

「選択権は無いのか」

 どんな絶対王政制度だよ。

 魔王の俺だってそんな独裁主義的な事はしてなかったぞ。

 だから、選択権は臣下にはあるよ。

 辞めたいって言えば、俺は止めるつもりはないよ。

 しかし、女魔法使いは囚われの身の俺に選択権は無いと言いやがった。

 この女を国のトップにしてはいけないと切に思った。

「というか、魔王に人権が無い」

「最低でも人権は寄越せよ!」

 あれか⁉

 魔王は人間じゃないから人権は無いって落ちか⁉

 それとも俺をペット扱いにしてるからか⁉

 愛玩動物には人権なんて必要ないって事か⁉

 ふざけんなっつーの!

「そんなの絶対にやだね! 俺がその気になれば、お前なんて地理――じゃなくて塵の一つも残さずにこの世から根絶出来る程の力を有してんだぞ!」

 そうだよ、こんな縄なんか簡単に引き千切れんだよ!

 何たって魔王だからな俺! 腕力握力だって人間の十倍以上は軽くあるってぇの!

 そうと決まれば、この縄を両手で持ってぶちっと…………切れてなーい。

「え? なして?」

 あっれ〰〰?

 俺って一応人間男子の平均的腕力の十倍以上は元来持ち合わせてるからこんな細っこい縄なんて容易く切れる筈なんだけど。

 あっれ〰〰っ? な〰〰んでなんだ〰〰?

「あ、今の魔王だとロープを素手で切れる力は無いわ」

 と女魔法使いは含みのある笑いをしながらそんな事を言う。

「今の俺には無理だと? ……はっ、もしや!」

 俺の首に嵌められている首輪は実は一万年以上も遥か昔に作られた装着者の力を千万分の一までセーブしてしまうと言う対魔王用の伝説級のアイテム『封じの首輪』(装備すると装着者単体では外す事の出来ない呪いのアイテム)とかだったりするのか⁉

 もしそうだとしたら、俺がこんな細っこい縄を切れないのも納得だわっつーかそんな人間の間で噂が風化してそうな伝説級アイテムを何処で手に入れたんだっつーの。

 魔王城の書斎にあった神直筆のアイテム資料によれば確か何処かの神殿の奥深くに厳重に保管され、守護獣が守ってるとか。

 もしかしてわざわざ俺を倒す為に神殿巡りをして、守護獣を片っ端から倒して手に入れたとか?

 流石勇者パーティー。努力を惜しむ事をしねぇし、守護獣狩りという動物虐待行為をものともしない異常な精神力を持ってやがるぜ。

 魔王の俺には到底出来ないな。

 特に守護獣狩りが。

 だって可哀想じゃん、守護獣って神の言いつけ通りに奥底に保管されているアイテムを守る為に夜寝る間も惜しんで目を光らせてるって噂だぜ?

 従順過ぎて涙が出るぜ。

 そんな忠犬ハチ公みたいな事を平然とやってのける守護獣を情け容赦も無く切り伏せる勇者パーティーは地獄から這い出てきた鬼かよって突っ込みを入れるね!

「伝説級のアイテム『封じの首輪』を手に入れる為に罪も無いただ言いつけを守っているだけの守護獣を殺しやがって! お前には赤い血が流れてねぇのか⁉ 青い血か⁉ 貴族様の青い血が流れてやがるのか⁉ それともオイルが流れてんのか⁉ 心の無い人造の機械なのか⁉ この冷血無慈悲動物虐待冷酷鬼畜人でなし女魔法使いっ!」

 俺は倒されていった守護獣の無念を一手に引き受け、まずはこの目の前の女魔法使いに喰って掛かるように牙を剥いて威嚇する。

 お前達の無念はこの俺、全てを滑る――じゃなくて統べる偉大な魔王が晴らしてやるから天国で安心して俺の雄姿を見ててくれよな!

「いや、それ伝説級のアイテムじゃないわよ」

 とか意気込んでいる俺に女魔法使いは唖然としながら首輪を指差しながら言ってきた。

「は? 違うの?」

「違う違う。そもそも守護獣倒して伝説級のアイテムを手に入れようって気が無いし。というか守護獣は絶滅危惧第Ⅰ種のレッドリスト動物だし。守護獣を殺そうとすれば例え勇者だろうが国王だろうが即行死刑宣告されるし」

「あ、そうなの?」

 それは心の底から安堵する情報だったよ。

 守護獣はどうやら条例によって固く守られて生きているようだ。

 よかった……殺されてなくて本当によかった……っ。

 嬉し過ぎて歓喜の涙が出てくるぜ。

 だが、ここで腑に落ちない点が一点。

「とすると、この首輪は?」

 そう、当然ながらそんな疑問が俺の脳内に浮上してきた。

 女魔法使いはしれっとこう答えました。

「それはそこら辺の雑貨屋で売ってる飼い犬用のリード付きの首輪よ」

 だそうだ。

 …………ただのリード付きの首輪とな?

 俺は首輪に手を掛けて外しに掛かる。

 そしたら、いとも簡単に外れやがったよ。

 女魔法使いの言う事は本当のようで、伝説級のアイテム『封じの首輪』ではないようだった。

 しかし、だとしたら何故俺はこんな細っこい縄を切れなかったんだろうか?

 だって『封じの首輪』じゃないなら俺の力が激減するような効果を持っていない筈だし、可笑しいな。

「まぁ、そんな事はこの際どうでもいいや」

 俺は首輪をそこらに捨てると、女魔法使いを睨みつける。

「ふっふっふ……『封じの首輪』じゃなくて安心したぜ」

「そう」

「素直に『封じの首輪』を見つけて俺に装備させてればよかったものを。そうすれば……お前は死なずに済んだんだからなぁ!」

 俺は右の掌を女魔法使いに向けて突き出し、そこから自身に流れる魔力を圧縮し、撃ち出す。

 右手から撃ち出された白い光球は広範囲破壊魔法。

 何かに当たれば最大半径二百メートルの爆発が起こる俺の唯一の攻撃魔法だ。

 触れた者は爆発の中心に身を置かれる事となり、転移魔法を習得していなければ脱出不可能、一番威力のある爆発に身を焼かれる運命にあるのだ。

 まぁ、そんな事を内心で豪語したり、さっき女魔法使いに死なずに済んだのになぁと言ったりしたんだけど、俺最初から女魔法使いを殺す気無いし。

 殺生嫌い、そして恨みを買うような行為も嫌い。

 だから、まぁあれだ、口先だけの男だよ俺。

 でもやると決めた事はきちんとやり遂げるけどな。

 今放った広範囲破壊魔法だって威力をかなり弱めて目を晦ます閃光弾的な役割を果たす為に使っただけだし。

 少しは怪我をするかもしれないけど、全身火傷を負うとか、死ぬとかしないだけマシだろう。

 俺は平和主義者だ、ラブアンドピース精神で今まで生きてきたんだよ。

 さて、そんな俺の放った超縮小版の広範囲破壊魔法は女魔法使いの肩に触れた。

『ぽんっ』

 それはまるでシャボン玉が割れるように静かな音を立てて消え去った。

 ………………………………はい?

 ちょっと待て、俺はあそこまで力をセーブしてないぞ。

 この部屋を白一色に染め上げるだけの光量を放つくらいの力で広範囲破壊魔法をぶっ放したんだけど。

 それが光もせずにぽんと消えるとは何事か?

「無駄だよ。今の魔王は使う魔法すら人間よりも劣ってるんだから」

 女魔法使いは俺に近付きながらそんな事を言う。

「どういう……事だ……?」

「だってさ」

 女魔法使いは懐に手を入れ、そこから何かを取り出す。

 女性が懐に手を入れる仕草は何かエロいけどさ、この胸の無い女魔法使いがやってもエロさは微塵も感じないな。

 とか思ってると先程くらった怖い笑顔を向けられるので思わないようにする。

 女魔法使いは懐から取り出した何かを俺に見せる。

 それは二つあって。

 女魔法使いの中指から手首までの長さがあって。

 何かS字カーブを描いてて。

 先端が簡単に突き刺さる程尖ってて。

 俺の頭に生えてる角みたいなものだった。

 ……………………ん?

 ……俺の、角?

 何か、ものすんげぇ嫌な予感がするんだけど。

 俺は角が生えてるであろう部分に手を伸ばして確認してみる。

 何と。

 そこには。

 角が生えていなかったのだ。

 というか、根元から綺麗に切断されたような痕がある事が手触りで分かった。

 つまり。

「お前、俺の力の源である大事な角を切り落としやがったなっ⁉ 大事な角を切り落としやがったなっ⁉」

 大事な事なので二回言いましたけれども!

「うん、切り落としたよ☆」

 いや、そんな初めて一人でおつかいが出来た幼稚園児みたいな得意満面な笑顔で言うなやゴラァ!

「何て事してくれちゃってんだよお前様! 俺の角って生え変わらないんだぞ! 生えた時から永久歯なんだぞ! いや違くて、永久角なんだぞ!」

「知ってる」

「知っててなんで切るんだこの野郎ぉ!」

 この鬼、悪魔、魔王!

 あ、魔王は俺か。

「だって、角を切り落とせば魔王が虚弱貧弱無知無能なくらいに弱体化するって攻略本に書いてあったし」

「攻略本なんてあんの⁉」

 初耳だよ!

「うん。しかも定価で三百八十円」

「安っ!」

 何処だよ魔王の攻略方法を載せた書籍を低価格で一般販売している出版会社は⁉

 はっ、もしや! 歴代の魔王が力が劣る存在の筈の勇者にやられたのってその攻略本が原因なんじゃないのか⁉

 本当にそうだったとしたら出版会社を絶対見つけ出して経営破綻させて倒産にまで追い込んでやるっ!

 今後の魔王達の為にもな!

 つーか、角が無くなれば弱体化はするけど虚弱貧弱無知無能まで成り下がらねぇよ!

 精々同い年の人間男子の平均能力値よりもワンランクダウンするくらいだよ!

 無知無能にはならねぇっつーの!

「とにかくそんな訳だから、今の魔王は一般人よりも弱い存在なのよ」

「くそっ」

 否定、出来ない……っ!

 したいけど、全く出来ない……っ!

「まぁ、この角は綺麗に切り取ったから、切り口を合わせて治癒魔法を掛ければ傷跡を残さずにくっつくけどね」

「返せやゴラァ!」

 それはいい事を訊いた。

 俺は弱体化した今の状態でのフルスロットルを叩き出し、全力で女魔法使いの持っているマイホーンズを奪い返そうと跳び掛かる。

 だが。

「無駄よ」

 女魔法使いが角を戻すと同時に懐から杖を取り出し(絶対入るスペースなかっただろ。四次元ポケットか? こいつの懐は?)、その先を俺に向ける。

 すると、杖の先から魔方陣が出現した。

 そして、俺は地面に急降下した。

 ついでに言えば、床に減り込んだ。

「ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごっ⁉」

 こ、これは……っ!

 この女、重力魔法を俺に掛けやがったな!

 重力魔法とはその名の通り、重力を操る魔法であり、対象を指定し、その対象に掛かる重力を増やす魔法だ。

 空を飛ぶ奴を地面に引き摺り下ろすのにお世話になる便利な魔法だ。

 確か、人間でもこの重力魔法を極めれば最大で100Gぐらいまでの重力を掛ける事が可能になる筈。

 そこまでいくと完全な殺戮魔法だけどな!

 ロードローラーに踏み潰されたかのようにぺっしゃんこになる運命しか待ってねぇっての!

 いや、タンクローリーか?

 いやいや、そんなのどうでもいいや。

 因みに、今現在俺が受けている重力魔法はおおよそ3Gの力が働いていると見た。

 ただの勘なんだけどなっ☆

「おおおおおおおおおおおおお前のののののののののももももも目的きききききききききははははははははなななななななな何なななななななななななんんんんんんんんんんんんだだだだだよよよよよよよよよよよよよっ⁉」

 文字にしたらゲシュタルト崩壊しそうになる程な声の震えっぷりで女魔法使いに問い掛ける。

「だから、私の目的はもう言ったでしょ」

 女魔法使いはにっこり微笑むと、しゃがみ込んで俺の頭を撫でる。

「魔王を私のペット――じゃなくて、彼氏にする事よ」

 その微笑みは凄惨で邪悪な感じは全く見受けられず、むしろ慈愛に満ち溢れた微笑みであった。

 どうしてそのような微笑みを俺に向けるのか分からなかった。

 本当に分からなかった。

 だって、そんな微笑みを俺に向けながらでも女魔法使いは重力魔法(3Gの負荷)は継続して発動中なんだから。

 そして俺は本日からこの女魔法使いのペット――もとい彼氏になる事となった。

 正直、勘弁して欲しい……。


      

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