第4話 青春は切ないものだよラプンツェル

「ちょっと、放しなさいよ!」

 レイナの声は、捕まりながらもエクス達を導いてくれる。

 ラプンツェルの部屋を出ると塔の上へ続く石造り階段があった。ラプンツェルの部屋とは対照的に暗くジッととした空間に、背筋が寒気をおぼえた。

 ジャックに変身したエクスは、その階段を駆け上がっていく。

「よく敵に捕まるお嬢様だよな。」

 野獣ラ・ベットに変身したタオが、エクスと並走しながら言った。

 カオステラーにとっては、調律できる唯一の存在を狙うのは至極当然である。

「光が見えます。この塔の構造的に屋上ですね。」

 シェインも赤ずきんに変身して、ついて来ている。

 三人が暗がりから光の扉を抜けると、一気に広がる蒼天の空に、目を細めた。

 そこは、塔の屋上とは思えないほど土と緑の香りがした。所々に菜園があり、さながら空中菜園と銘打ちできるほどだ。

「レイナ、今助けるよ!」

 エクスが叫ぶ。石塀で囲われた円形の中央に、蔦に囚われたレイナと、そして、老婆が立っていた。

 老婆はミレーの絵画に出てきそうな農婦の格好をし、さっきまで作業してた様な土汚れが付いていた。

「ほんに、あなた達には困ったものだね。」

 老婆は、ほっこりとした笑顔で話してきた。

「あのまま、あの娘と遊んでいれば手出しするつもりはなかったんだけどね〜」

「そうはいきません。カオステラーはしっかり、調律させて頂きます!おばあ様。」

 捕まりながらも、凛とした態度のレイナ。

「おかしいと思ったんです。外に出たがってるラプンツェルさんがカオステラーになったら、まずは、外で大暴れってなると思うんですが、実際は髪の毛だけが大暴れで、本人は変わらず塔の部屋にいる。おかしいですよね。」

 シェインはビシッと老婆に指を突き立てた。

「当然だよ。あの娘は私が手塩をかけて悪い虫がつかない様、大事に育ててきたのだからね。」

「聞いた?シェイン!ほら、やっぱり箱入り娘じゃない。私の勝ちね!」

「確かにひきこもりじゃなかったですけど、そんな勝負してましたか?」

 シェインは、眉をひそめた。

「というよりも、あれが、捕まってる態度か?エクスなんて、『助けるよ!』って、威勢良く言っちまったのになぁ、エクス。」

 野獣に変身しているタオの口角がさらに上がって、牙がキラリと光る。エクスは、引きつった苦笑いをするのが精一杯だった。

「姉御!ここは一発!勇者様助けて!と、叫けぶべきです。」

 シェインもニッと口角を上げ、親指を立てた。

「それじゃあ、改めて、ゴホン。助けて〜勇者さま〜!」

「今日の姉御はノリがイイですね。グッジョブです。」

「ほら勇者様、行ってこいよ。」

 タオがエクスの背中を押した。

「言われなくても、行きますよ。」

 ちょっとムッとした態度でエクスは、レイナに向かって走り出す。

「まったく、年寄りだからって、舐められたものだね。」

 老婆は、シワの刻まれた手を口の前で開き、ふーと息を吹いた。すると、走り寄るエクスの前に巨大なキノコがそそり立った。

「うわぁ!」

 突然現れたキノコに勢いよくぶつかり、尻もちをつくエクス。見上げると、キノコの傘から白い煙の様なものが舞い降りてきていた。

「ほわぁ〜」

 その煙を浴びたエクスは、大きなあくびをし、瞼が次第にゆっくりと重みを増していく。

「おやすみなさい・・・」

『寝た!』

 驚きの声を発するタオとシェインは、顔を見合わせた。

「勇者様、寝ちまったぜ。どうする?」

「タオ兄、あれ食べてきて下さい。もしかしたら、大きくなれたり、一回死んでも復活できたり、何処かの国の首相のみたいに、土管から出てこれるかもです。」

「よくわからないが、食ったらヤバイだろ。絶対、毒キノコだろ。」

「まぁそうなんですけど、近づくだけで寝れそうですし、キノコを回り込む形で二手に分かれて、お婆さんを挟み撃ちでどうですか?」

「オッケーだ。いくぜ!」

 タオとシェインは、お互いうなずき、キノコの右と左に分かれていった。

 菜園に足を踏み入れ畝をいくつも飛び越えていく。

 老婆は、その様子を見て、

「まったく最近の子は、人の畑をなんだと思っているんだか。」

 と、口にすると手を肩ぐらいの高さまで上げ、手のひらを天に向けた。細く小さな目はシェインの動きを追っている。

「ほいっ。」

 掛け声と共に右手を閉じると、シェインの足元で何枚もの楕円形の葉がみるみる大きくなっていく。やがて、シェインの体に巻き付き拘束してしまった。さながら、サンチュに巻かれた焼肉の様だった。

 続いて左手も閉じられた。

「うわぁ、なんだこりゃ!」

 タオは、焦りながらも持っていた斧で切りつけるが感触がない、葉っぱに衝撃が吸収されていく。やがてシェインと同じ様になるのには時間はいらなかった。

 ふうぅと老婆は一息つき、レイナの方をみた。

「さて、これで調律の巫女さま御一行は、戦闘不能じゃが、知っているかね、今、あの子達を捕らえた野菜の名前を。」

「あんなでかい野菜なんて知りません。」

 レイナはぷいっと横を向いた。

「負けん気の強い子だね。あれは滋養にとても良い野菜でねぇ、名前はラプンツェルって言うんだよ。」

 ハッとして、レイナは老婆の方に向き直った。

「そう、あの娘の名前はあの野菜から取ったのさ。名前をつけ、大事に大事に育て、そりゃ目に入れても痛くない程に愛おしいく育てたのさ。」

「それで、塔に閉じ込めるのどうかと思うけど・・・」

「そうは言ってもね、最終的には悪い虫がつくのさ。どこから出てきたのか、アブラムシの様に節操のない男が現れるんだよ。」

「だから、あのラプンツェルは超がつくほど男嫌いなのね。」

「そうじゃよ。今、この世界は、運命から解放されて、あの娘と共に普通に生活を続けられる世界なのだから。どうか、見逃すことはできんものかの。」

「書き換えられた想区は、消滅していくとしても・・・」

「あの娘と一緒ならね。」

「そう、確かにラプンツェルの部屋に飾られた花は、あなたが手入れしてるのでしょ。ラプンツェルは楽しそうに話してくれたわ。だからと言って、彼女が消えること望んでるとは思わない。何より、私がカオステラーをそのままにしておくことができないわ。」

「そうかい、交渉決裂だね。」

 老婆がそう言うと、レイナを捕まえている蔦がきりきりと締め上げ始めた。

「きゃっ、くっ、助けてエクス・・・起きてよエクス・・・」

 その声はエクスの耳には届いているが、夢の中までは届いていなかった。

 やがて赤かったレイナの顔が次第に青くなっていく。声を絞り出すことままならなくなっていった。

 薄れていく意識の中、微かな光が近づいてくるのが見えた。(あぁ、ついにお迎えが来たのかしら)と思っていると、ドグォン!強い衝撃が伝わってきた。

「レイナ!しっかりして!」

 今度は足元の方から激しい衝撃が走ると、蔦の締め上げる力がなくなるのを感じた。一気にレイナの肺に空気が流れ込んでくるのがわかる。

 レイナはすぐさま、蔦の間から空白の書に手をかけ栞を挿んだ。みるみる変化していき金髪に黒いリボン、不思議の国のアリスに変身した。

 手にした片手剣で蔦を切り裂き、地面の上に軽やかに降り立つと、そのままの勢いで老婆に剣を向けた。しかし、地面から現れた禍々しく赤黒い巨大な鎌に弾かれてしまった。

「レイナ、まずはシェインとタオを助けましょ。」

 振り向くと、ラプンツェルがにこやかに手を振っていた。それを見て、コクリとうなずくと、タオの捕まっている所へと走り寄る。

 低い体勢で走っていき、切っ先を葉の集まった株の部分に当て、一気に貫いた。するとはらりはらりと葉はほどけ、タオの身を自由にすることができた。

「助かったぜ、お嬢。」

 もう一方を見ると、ラプンツェルがシェイン助け終えていた。


 四人は、屋上の入口前に戻ってきた。

「ありがとう、ラプンツェル。」

「いえいえ、どういたしまして。」

 レイナは手を差し出し、ラプンツェルと握手した。

「あとは、あのビックキノコと勇者様だけど、どうするよ?」

 タオは顎でキノコとその前で寝ているエクスを指した。

「あの勇者様、私が必死で呼んでも寝てたから・・・シェイン、あのキノコごと燃しちゃって。」

「ラジャ!」

 シェインはレイナに敬礼した後に、杖をキノコに向けた。すると、キノコの中心部分に炎が集約していき、一気に爆発を起こした。

 ドッガァァン!

 キノコは爆発で散り散りになり、その前にいたエクスはまるで意識のない人形の様にレイナの前に飛ばされてきた。

「うぅ、痛たたた・・・」

「あら、勇者様お目覚めですか?」

「あれ、なんで、レイナがここにいるの?」

「どこかの勇者様がだらしがないから、ラプンツェルが助けてくれたのよ。」

 レイナは皮肉たっぷりに言ったつもりだったのだが、

「ラプンツェル、ありがとう。」

 と、エクスは、まだ寝ぼけているのか、爆破の衝撃で意識が飛んでいるのか目がうつろだった。

「さてと、ラプンツェル。今からおばあ様と一戦交えるけど、後ろに下がっててもいいわよ。」

 レイナが言うと、ラプンツェルはの目はジッとレイナを見据えて、

「いいえ、自分の運命です。自分でしっかりと見据えて切り開きます。」

「おっしゃ、よく言った。」

 タオが嬉しそうににはしゃぐと、老婆に向かって盾をかざした。

「それじゃあ、守らせてもらうぜ、その運命!」

 シェインは杖をクルクルと回した後に、老婆に向けた。

「いつまでも親が子離れしないと、子は成長しませんよ。」

 エクスはフラフラしながら、剣を地面に突き刺した。

「夢は夢で、現実をちゃんと見て下さい。」

 ラプンツェルは、杖を両手でしっかり持ち祈るように、

「ごめんなさい。私は運命の書通りに、王子様と結婚します。」

「えぇ~ラプンツェルあなた、王子様と結婚するの?」

「姉御、流れを切らないで下さい。」

「あっ、ごめんなさい。」

 レイナは、持っている剣を斜めにかざして構えた。

「子はいつの日にか、巣立って飛び立つものです。彼女の羽をもぐようなことはさせません。」

 老婆の姿は農婦の姿から、禍々しい黒と赤のオーラを纏い、まさしく魔女の姿へと変わり果てていた。その周りには同じく禍々しい鎌を持つ蔦が四本現れていた。

「やっと、終わったかい。いくら五人で粋がったところで、ここは私のフィールドなんだよ。」

「わかっているつもりです。」

 レイナは、剣を構えながら老婆に向かって走り出した。エクスもそれについて走っていく。

 すると地中から、特大ラグビーボールのような果実がいくつも現れた。

「うそ、鳳仙花の実。みんな、避けて下さい!」

 ラプンツェルがそう言うと同時に、バッチン!と弾け四方八方に巨大な黒い種が飛んでいった。まさに散弾型の爆弾だ。

 タオは、盾でラプンツェルとシェインを守ろうとするが、四方から飛んでくる種には限界があった。ついつい、手や足、終いには背中まで反射的に使っていた。

 エクスはレイナの進む先に向かって、真空の斬撃を飛ばして道をつくった。

 しかし、見えない死角からも種は飛んできていた。それに対しては、被弾する覚悟で突き進んでいると、一個も当たることがなかった。その代わりに、光の弾が横をすり抜けていく。ラプンツェルが、レイナ達を守るように魔法を使っていたのだった。

 突然、目の前にキノコのシルエットが現れた。

「またですか?」

 たじろぐエクス。だが、成長しきる前に、炎の弾に焼かれた。

「同じ手に二度も引っかかりません。」

 シェインの後方からの援護で、次々と生えてくる植物を焼き払っていった。


 ついにレイナとエクスは、老婆を射程距離に収めた。

「エクス、鎌をお願い。」

「任せて。」

 鞭の様にしなり、軌道が幾重にも変化していく四つの鎌を、レイナは避けるのに専念した。魔女と化した老婆を攻撃するタイミングを窺いながら。

 エクスは、鎌を剣で受け止め、それを操る蔦の根元を切りつける。

 カララン!

 巨大な鎌が蔦から離れ、地面に落ちていく。一本、二本と攻撃力が削がれていく。

 トンっ。

 老婆の目の前にレイナが軽やかに立った。次の瞬間、剣が光輝き禍々しいオーラを打ち払う様に連撃が始まった。

 シュパァン!暗いオーラが光の粒に弾かれて、霧が晴れる様に消えていく。一回一回切り払うごとに浄化され、そして、12連撃目に大きく切り上げると、そこには農婦姿の老婆が現れた。


 ラプンツェルはパタパタと、老婆の元に走ってきた。

「ラプンツェル・・・」

「私は、ここにいます。」

 ラプンツェルは、老婆を抱き起して、そのて手をぎゅっと握った。

「大好きだよおばあ様、名付け親だもの、育ての親だもの、それ以上に私にいろいろ教えてくれたよね。大好きな歌を教えてくれたのもおばあ様、いつも、私の歌を優しい顔で聞いてくれていた。」

 ラプンツェルの顔は涙で、ぐしゃぐしゃになり、そこを伝った涙は、老婆の頬へと落ちていった。

「私、すごく愛されてる。すごく愛されてるってわかるよ。でもね、もっと外のことを知りたいの。外の世界はもっと新しいことがたくさんあると思うの。ごめんなさい。こんなわがままばかりな娘で・・・」

 言葉が次第に詰まってくる。嗚咽だけがもれてくる。

 老婆はうっすらと目を開け言葉を綴った。

「何を言ってるのさ。最終的に放逐するのは私なんだよ。恨まれこそすれ、おまえにこれだけ、愛されてるんなら本望だよ。」

 そう言って、老婆はラプンツェルの頭をゆっくりと撫でた。



「それでは、調律の巫女様、お願いしますじゃ。」

 老婆はレイナに深々とお辞儀をした。

「姉御、ちょっと待ってください。」

 シェインは、涙目のラプンツェルの前に歩を進めた。

「ラプンツェルさん、調律し終えるとシェイン達の記憶はなくなってしまうけど、ラプンツェルさんの力をヒーローとして、この栞に導くことによってラプンツェルさんと同調することができるのです。」

 レイナが続けて説明をする。

「それでね、私達が同調して、力を借りることをコネクトって言うだけど、その時はね、一緒に行動している感じで、外の世界を体感できるのよ。私達の中では、シェインが、あなたの波長に一番近いわ。」

「だから、お願いがあります。シェインにラプンツェルさんの力を貸してください。」

 シェインは、ラプンツェルに頭を下げて恥ずかしそうに照れながら言った。

 ラプンツェルの涙腺が、また緩み涙がこぼれそうになる。

「はい、喜んでお願いします。ありがとうシェイン。」

 ラプンツェルは、涙を堪えて、にこやかに笑った。

「ねぇ、ラプンツェル、青春探しはもういいの?」

レイナが聞いた。

「はい、一緒に誰かと過ごす、私にとっておばあ様と過ごした日々が青春そのものだったんだって思えたから、ありがとうございます。」

「そう、その気持ちは調律後も残ってるはずよ。大切にしてね。それじゃ、私達は行くわ。」

 レイナはそう言うと調律を始めた。

「混沌の渦に呑まれし語り部よ、我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし。」

 光り輝くレイナの力によって、元の語り部が語る世界へと戻っていった。


 天高くそびえ立つ塔に上から、今日も美しい歌声が響いてくる。

「本当に綺麗な声だね。」

 感心するエクスに、シェインは、

「シェインがコネクトして、歌いましょうか?」

「ダメよ、元がシェインだもの。」

 クスクス笑うレイナ。

「おい、あそこの木の陰に不審人物がいるんだが、とっ捕まえて縛り上げとくか?」

 タオは木の陰を指差した。

「あぁ、たぶんあの方が、節操のない王子様よ。」

 そう言うと、レイナは次の想区に向けて歩き出した。

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青春!ラプンツェル 汰つ人 @tatsuto

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