第3話 塔で青春ラプンツェル

 朝霧が晴れ、視界が澄みきった空気で充満していた。

 葉っぱ達は朝露の化粧水で、艶やかな顔を見せていた。

 レイナ達は、シェインを先頭に、そんな葉っぱをかき分けて道無き道を進んでいた。

「本当に、こっちに本体がいるのか?」

 半信半疑でついて来ているタオは、朝から不機嫌な顔をしていた。

「安心して下さい。ちゃんとシェインの計画通りです。」

「実はですね、傷ついた髪の毛が消えていく時はいつもよりスローになるんです。そこでしっかり見ていると一定の方向に消えてくんですよ。」

「それでそれで」

「三人のラプンツェルの消えていく方向を合わせてみると、この先に行きつくんです。」

 誇らしげに語るエクスに、シェインは頬を膨らませた。

「なんで、新入りさんが自慢してるんですか。閃いたのは、このシェインですよ。」

「ちょっと待って、静かにして。」

 シィ〜と、レイナは口に人差し指を当てた。

 張り詰めた空気の中を、小さな波が耳に届いてきた。

「歌ですね。」

 その歌は、シェインの進もうとしている先から聴こえて来た。ヤブをかき分けて進むにつれて、その歌声は次第に大きくはっきりとしていく。朝の小鳥の囀りよりも心地よく、人の心を魅力をしていく。

「この綺麗な歌声、ラプンツェルで間違いないみたいですね。」

 シェインはテンションが上がり、足取りが軽くなっていった。

 やがて木々が開け、目に前に巨大な塔が姿を表した。

 その塔は石で組み上げられ、チェスのルークに似た形をしていた。

 見上げると、天高く突き抜け、森の木々よりも高く、てっぺんは、朝日に照らされ輝いていた。

 どうやら、てっぺん近くの小窓からラプンツェルの声は聞こえてきていた。

「さて、本物のラプンツェルと御対面と行きますか。」

 本人を間近に気合いが入りはじめたタオは、早速、塔の入口を探し始めた。一周百メートルほどある外周を歩幅大きく回っていく。

 だが、次第に焦りの色を見せはじめた。一周回っても入口らしきものが見当たらないのだ。

「もしかしたら、隠し扉かもです。シェインも一緒に探します。」

 そう言って、シェインも一緒に石と石の間やらを細かく見ながら探し始めた。

 レイナとエクスはその様子を苦笑いをしながら見ていた。


 ラプンツェルの歌が聞こえなくなって、どのくらいたったのだろう。周回数を数えていたレイナも数えるのをやめ、静観してたエクスは無理やり周回に参加させられていた。

 日はだいぶ高く昇り、辺りは暖かみを帯びてきた。

 タオの苛立ちは 頂天に達しようとしていた。

「もういい!俺が登ってラプンツェルに会って来る!」

 タオは、塔の壁にトカゲの如くへばりつき登ろうとし始めた。

「ちょっと、アンタ馬鹿?これだから筋肉馬鹿は。」

 レイナがたしなめた。

「なんだ、なら他に方法があるのか?」

「あら、簡単よ。」

 レイナは塔を見上げ、口に両手を添えた。

「ラプンツェル!遊びましょ!」

 甲高く大きな声が、塔を伝い響いていく。

 すると、小窓から小さな顔がこちらを覗き込んだ。間違いなくラプンツェルだった。

「まぁ皆様、おはようございます。昨日の続きをなさいにいらっしゃいましたの?」

「おはよう。今日も青春しに来たんだけど、違った青春をしようと思ってきたの。」

「本当に嬉しいです。今度はどんな青春を教えてくださるの?」

「私達って、もう友達ですよね〜。青春時代には、友達の家に遊びに行ったり、泊まったりするものなのよ。だから、ラプンツェルの部屋に遊びに来たの!」

「そうなのですか。わかりました。では、どうぞお上がりになって下さい。」

「ありがとう、ラプンツェル。ただ、入口がわからないのですけど、どこから入ればいいの?」

「入口は、私ですよ。レイナ。」

 そう言うと、ラプンツェルは自分の長い髪を窓から出した。亜麻色の長い髪はそのまま垂れてきて、やがて地面についたのだった。

「どうぞ、私の髪におつかまり下さい。」

 レイナは迷わずその髪に手を伸ばした。

「レイナ、大丈夫?そのまま捕まってヴィランに変えられるって事はないかな?」

 エクスは心配そうに言った。

「その時は、オマエの得意な剣で脱出すればいいだろ。」

 そう言って、タオもその髪に手を伸ばした。

「そうですね。今はラプンツェルさんに近づく方法がこれしかないみたいですし。」

 シェインも手を伸ばした。三人の目がエクスに集中する。

「わかりましたよ!」

 エクスは、観念した様に髪の毛につかまった。

 レイナは三人がしっかりつかまったのを確認して声を上げた。

「ラプンツェル、お願い!」

 すると、髪の毛は一気に引き締まり力強く四人を上へ上へと持ち上げていく。やがて、木々の頂きを越え森が一望できるほどになった。

「おじゃましま〜す。」

 レイナは、小窓から恐る恐る入っていった。窓から続く髪の毛の先にラプンツェルがにこやかの微笑んでいた。

「いらっしゃい、レイナ。」

 レイナも笑顔を返そうと思ったのもつかの間、

「ちょっといいですか。後がつかえているんで早く入って下さい。」

「きゃぁ!やめてよ!」

 レイナのお尻を後ろからシェインが押していた。

 シェインに続き、タオ、エクスが小窓から入ってきた。

「あらあら、レイナって見た目よりも体重があるんだなと思ってしまいましたが、四人分でしたのね。」

 ラプンツェルは、クスクス笑っていた。

「いやいや、絶対おかしいって気づいて、お願い。」

 レイナは顔を赤くしてむくれていた。


「それでは改めまして、ラプンツェルです。よろしくお願い致します。」

 ラプンツェルの髪はいつもの地面すれすれの長さに戻っており、丁寧にお辞儀をした。

「それでは早速、お部屋でやる青春って何があるのですか?」

 するとタオが子供の様にはしゃいで、

「ゲームだ!ゲームやろうぜ!」

「えっ!ここでも、サバゲーですか?」

 驚きを見せるラプンツェル。

「アンタはちょっと黙ってて!」

 レイナはタオの頭をぐりぐりと抑え込んだ。

「そうですよ、タオ兄。もちろん部屋での戦い!まくら投げです。まくらの大きさや硬ぶべ!」

「あぁん、私のまくらが・・・」

 レイナの投げた枕がシェインの顔に突き刺さていた。

「ごめんなさい。体が勝手に動いちゃって、エクスは、何か発言するの?」

「いや、僕は何もないよ。レイナ進めて。」

 レイナの睨みがエクスをしっかりととらえていた。

「それで、お部屋でやる青春は・・・レイナ?」

 ラプンツェルは様子をうかがいながらながら再度レイナに聞いた。

「それはね。語らうこと。楽しくお話しをするの。夢の話、恋の話、普通の日常の話。それをねずーとずーと夜が明けるまで笑いながらお話しすることよ。」

「それって、レイナがやりたいこぐふぅ!」

「エクス、あなた、何もないって言ったわよね。」

 エクスはボディにレイナの肘をくらいながら、ドスのきいた声も頂いた。

「姉御、落ち着いて下さい。今からお話しをするのに、そんな顔してたら楽しくなくなってしまいますよ。笑顔です。笑顔。」

 シェインはまるで、暴れ馬を落ち着かせるかの様だった。

「それもそうね。それじゃあ、まず、私に聞きたいことある。なんでも答えちゃうわよ。」

 レイナがそう言うと、ラプンツェルは迷いなく、

「そうね。私はレイナの恋の話を聞きたいわ。どなたか、好きな方でもいらっしゃるの?」

「えっえぇ~」

 頬を赤らめ戸惑い固まるレイナに、四人の視線が集中する。

「シェインも気になるところです。」

「ちょっとシェインまで、そういう話はメインだから、夜の遅い時間にみんなで布団をかぶりながらするものよ。まだ、早いわ。」

「それでは、夜のお楽しみとしてとっておきましょう。なんか、ワクワクします。これが、青春なんですかね。」

「そうよ。何でもかんでも話してしまったら、楽しみが減ってしまうものなの。だから、まずは軽い雑談からしましょ。」

 レイナは安堵の表情を浮かべ部屋を見渡した。この階の半分ぐらいを占めているであろうこの部屋は、半月型で以外に天井は高く、いくつもの小窓から光が差し込んでいるので塔の中とは思えないほど明るかった。しかも、至る所に生花があり、石造りにも関わらず女の子らしい部屋となっていた。

「この花、可愛いわね。名前はなんて言うの?」

 レイナは、机の上に飾ってあった紫色で釣鐘状の花を手に取った。

「それは、カンパニュラって言うの、私もお気に入りなの。」

「可憐ね、ラプンツェルにお似合いね。」

「本当に、ありがとう。そうだ、レイナに似合うと思うお花があるの。」

「シェインは、その一輪挿しが気になります。素朴ながら力強さが伝わってくる、いい仕事してます。」

「ちょうど良かった。レイナに紹介したい花の花瓶も素敵なの。シェインも見て頂ける。」

 女子三人は、花を見ながら和やかに談笑を始めた。


 何時たったのだろうか。

 女子三人は今だにたわいない話に没頭していた。

 タオはその様子を大あくびをしながら眺めていた。

「エクス、これいつまで続くんだろうな。」

「まぁ、メインの夜までは続くと思うよ。」

「飽きたよ。寝るから終わったら起こしてくれ。」

 タオは、そのままベットに転がりこもうとした。その時、タオの足に亜麻色の髪が絡みついた。

 不意を突かれたタオはそのまま宙づりにされたのだった。

「何するんだ!」

「本当に、男ってデリカシーがないのですね。私の部屋から出って行ってください。」

 宙づりになったタオはそのまま小窓まで持っていかれると、塔の外に落とされそうになった。

「鬼ヶ島流快楽術。ヘッドマッサージ!」

 シェインがラプンツェルの頭をマッサージするとうっとりと気持ち良さそうになり、タオの足に絡みついた髪が緩んだ。

 落ちそうになるタオを間髪、エクスが助けに入った。

「もーやってられねぇ!」

 タオはエクスの手を振りほどき、ずかずかとラプンツェルに近づいていく。

「第一、らしくねぇじゃねぇかお嬢!カオステラー相手にいつまでものんびりやっていてよー。いつも通り戦って調律するのが一番じゃねぇのか。」

 そう言うと、タオは懐から空白の書と導きの栞を取り出した。

「ちょっと、待ちなさい。」

 レイナは、タオを止めようとするも言っていることはわかるので、迷いがレイナ自身の動きを止めてしまう。

 ラプンツェルは、小走りに壁にかかっている杖のところまで行き、身の丈より少し短くヘッドに青く輝く玉をあしらった杖を手にした。

「来ないで下さい!」

 杖先をタオに向ける。しかしその青く輝く玉に向かって険しい顔をしたタオが向かって行く。その手にした空白の書に栞を挿んで、姿は野獣ラ・ベットに変わっていった。

「もう、来ないで!」

 杖の先が光輝きはじめ、その先からバレーボールほどの光輝く玉がタオに向けて放たれた。タオは微動だにせず、手に持った盾で軽くあしらう。歩を緩めず獣の顔を向かってくるタオにラプンツェルは、恐怖を感じた。

 ラプンツェルは、唇を噛みしめ髪の毛を伸ばす。

「遅い!」

 タオは持っていた斧で伸びてくる髪を薙ぎ払った。

「まだ、髪の毛人形の方が手応えあったぜ。」

 そう言った時には、すでにラプンツェルとの距離はなくなっていた。

 ドン!

 息が詰まる衝撃が、ラプンツェルに走る。盾で壁に押し付けられていた。

「タオ兄、完全に女の子を襲う獣ですよ。」

 シェインがそう言うと、盾に入った力が緩まった。

 コホッコホッと咳き込みながら、ラプンツェルは、その場に崩れ落ちる。

「いい加減に、自分の運命を受け入れな。この想区ではお前はこの塔にでも閉じ込められているんだろうよ。だがな、カオステラーになろうが、周りをヴィランに変えてったところで孤独は変わらないんだぜ。」

 タオの目は先ほどまでの血走った目から、悲しみをもった目に変わっていた。

 レイナは、座り込むラプンツェルの顔を見れるようにしゃがみ、

「ラプンツェルお願い、私に調律させて。そうすれば、すべてが運命の書の通りに元通りになるの。ヴィランになった人も元に戻るわ。」

「レイナ達との思い出は?」

 ラプンツェルは、レイナの顔を見るために顔を上げた。その目から涙がこぼれていた。その質問の答えは察しがついていたのであろう。

「ごめんなさい・・・」

 そう言って、言葉を綴ろうとしたレイナの体が空中に浮いた。その体には長いものが巻き付いていた。それはラプンツェルの長い髪ではなく、深い緑の蔦だった。

 その蔦は、奥の扉を破りレイナを捕まえ、激しい勢いで、また、扉の奥へと戻って行こうとしていた。

「レイナ!」

 エクスは叫び、ジャックに変身した。急ぎ駆け出して剣を振りかざし切りつけたが、空しく風を切る音だけがした。

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