第35話:長い旅の始まり

 3月15日……10時00分。

 ジョブ・コンシェルジュの販売が開始された。

 スマホの画面でそれを確認したレイコはカナに指示を出す。

「カナ、マサヨにニュースリリース配信の依頼とアンズにストアに反映されたこと連絡!」

 言われるまでもなく、カナはアンズに連絡を入れながら、マサヨの席に走り出していた。



 MITAKAGemesの社内でも、緊張の面持ちで販売開始を待ち望んでいた。

 何度も何度もスマホの画面を更新して、販売のタイミングを見ていたミサキが声を上げた。

「来ました!!」

 その声を合図に、トモミやコナツ、他の開発メンバーが歓喜する。



 ふたりにとって、初制作のゲームが世に公開された。

 ミサキは、何度もテストプレイした画面を新鮮な気持ちでプレイした。

 カナは宣伝のために各方面との調整に走り、感慨にふけるヒマはなかったが、社内を見回すとプレイしている人が何人も見受けられ、照れくささと嬉しさに包まれていた。



 ジョブ・コンシェルジュの3時間後にフェザーファンタジアの新作が発表された。

 レイコは緊張の面持ちで、ジョブ・コンシェルジュの客の新規登録者数の推移を見ていた。

「来い……」

 レイコの狙いは、的中した。

 フェザーファンタジアの新作発表後、ジョブ・コンシェルジュの客の登録者数が劇的に伸びた。その勢いは、株式会社フィックスが力を入れて宣伝しているフェザーを上回る勢いであった。

「カナ、MITAKAGemesと社内のサーバー班に連絡! 想定以上の登録が見込まれるから、裏で環境を構築して最速明朝3時~5時でメンテナンスを入れてサーバーの補強をすると!」

 レイコは、モニタを食い入るように見ながら鋭い指示を飛ばす。

 カナも横で増大する人の数に震えつつ、言われた通り連絡をいれた。

(既に30万人の登録があるなんて……)

 スマホを持つカナの手が震えていた。

 その数字は、レイコの弾いた予想より7倍ほど大きかった。

 フェザーファンタジアの宣伝効果により、プラットフォームに人が殺到し、そのトップに表示されているジョブ・コンシェルジュに気づいたお客さんが、フェザーと一緒に手に入れているのだ。



 ジョブ・コンシェルジュの客は増え続けた。

 初日でユニークの客数が60万人を突破し、売上は4000万円に達した。

 翌日もその勢いは衰えず、2日目にして100万人を超え、売上が6000万円になった。

 たった2日で1億売り上げたジョブ・コンシェルジュはその後も勢いを衰えさせなかった。

 利用されたフェザーファンタジアのプロデューサーがレイコに怒鳴り込んできたが、売れてしまえばその恫喝も軽く受け流せる。それ以上に社内はどよめき立ち、グッズ販売や、漫画、アニメ化の話が舞い込んできたり、他社からのコラボの誘いが何件も届いた。

 レイコとカナのふたりだけでは、さばききれない仕事量が積み上がり、すぐにチームが再編された。

 同様に、MITAKAGemesの中でもジョブ・コンシェルジュのヒットに合わせてチームの補強が開始された。

 その中で、カナはミサキのように少しずつ関わりを減らしていった。ミサキの場合はイラストの発注を受けて絵を描くことがあったが、カナの場合は、特に特殊スキルで関わっていたわけではないのでめ、雲のようにフェードアウトしていった。

 そして次のプロジェクトの立ち上げにまた走り始めるのである。

 ジョブ・コンシェルジュのその後の関わりと言えば、売れ行きが好調で、上期下期の査定に色を付けられボーナスに補正がかかる程度のものだった。

 プロジェクトに居残り続けて、グッズ制作や多面展開に関わっていく選択肢もあったが、それをしなかった。ひとつのプロジェクトに思い入れが強くなることで、そのプロジェクトが終わった後、仕事を続けられなくなることを危惧したからだ。考え過ぎとレイコには言われたが、ゲームを作るということは、どれだけヒットしても、会社員としての給与分しか手に入れられないということである。

 MITAKAGemesように、社内に現金を持つことで、『社員に生涯年収2億を支払う』というビジョンがある場合は、ミサキのように自分の強みに専念できる。強みを活かして、会社に利益を呼び込むことが、巡り巡って彼女のためになることなのだ。

 対してカナの務めるフィックスには、社員の生活に関するビジョンはない。ゆえに、カナ自身が自分の強みを見つけ、伸ばし、生涯ゲームを作っていくための力をつけなければいけなかった。だからこそ、ひとつのゲームにとらわれずに、新しいプロジェクトに参加したのである。

 夢などという幻想のためではなく、ゲームを作って生活をすると言う現実的なビジョンを達成するために。

 ジョブ・コンシェルジュの販売開始は、ゲームを作って生きるという長い旅の始まりでしかないのである。

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