第34話:最後の賭け~リリース前夜(K)

 2月14日、羽多レイコと、安住カナは揃って渋谷ヒカリヲに来ていた。

 ジョブ・コンシェルジュをリリースするプラットフォームを提供するベリージャパン社に呼び出されたのである。

「バレンタインデーなのに悪いねぇ」

「レイコさん、それセクハラです」

「え、嘘?」

 カナはレイコの予想通りの反応にクスクス笑った。

 嘘と明確に区切ることは出来ないが――つまり、彼氏がいないということを女性に対して茶化すということはセクハラになりかねないという意味だ――カナはあえてジョークを言って緊張をごまかしていた。

 ヒカリヲの劇場階から、オフィスエリアに入りさらに上階へ向かった。

「彼氏とデートの予定ないの?」

「レイコさんはないんですか?」

「聞いたの私だよ」

「聞き返したのはわたしですね」

「いいたくないってことね」

「お互いに、ですね」

 二人は見のない会話をして、気を紛らす。

 エレベータが開くと、壁に描かれた白いベリーの絵がふたりを迎えた。

 受付を済ませ、会議室に通される。

 程なく、プラットフォーム担当が姿を表した。

「お呼び立てして恐縮です。ベリージャパン・プラットフォーム事業広報の滝川アンズともうします」

 滝川アンズは、スラッとした佇まいで物腰が非常に洗練された雰囲気を持っていた。切れ目のあっさりとした顔立ちに、艶のあるショートヘア。細身のジーンズと無地の紺色のカットソーを着ただけで、アクセサリーなどの類いはひとつも付けていなかった。

「単刀直入にお話しをさせて頂くと、御社の制作されたジョブ・コンシェルジュに対して我々は非常に強く興味を示してます。特に、仮想空間と現実とを人の錯覚でつなぎ合わせる手法は高く評価してます。故に、プラットフォームサイドとして、ジョブ・コンシェルジュを強力にプッシュしていきたいと考えてます」

 想定外の提案に、カナは目を瞬いた。

「でも、審査では不合格の評価でしたよ」

「当然、不安定なアプリをプラットフォームを利用しているお客様へ提供することは、我々は望みません。風評を避けるためにも、審査は厳密に行わせていただき、強制終了のバグがございましたので、不合格の通知をお送りいたしました。しかし、取り組み内容に対して不合格を与えたわけではございません。スマートフォンを利用した新しい試みに対して、我々は尊敬の念を持ちます。ぜひ、宣伝活動の面で、我々に協力させてください。その代わりに3ヶ月の独占。強制終了などのバグの発生率を3%まで落とすこと。アプリの完成度を100%にすることは出来ません。ですが97%の品質は担保していただきたいです」

 話の内容を把握して、カナを制して、レイコが応対した。

「独占を結ぶのであれば、その間のプラットフォーム手数料を20%まで落として貰いたい」

「それでしたら、独占期間を6ヶ月に延長させていただきます」

「だったら25%で4ヶ月」

「5ヶ月です」

「27%で、4ヶ月は。その代わり、広告宣伝費は5億円。さらに御社のプラットフォームのトップに4ヶ月間掲載!」

 アンズは口元に手を当て、少し考えた後、スマホを操作した。

「プラットフォームトップへの掲載は、可能です。独占期間中に限り掲載を取り付けましょう。具体的な広告費用につきましては、5億規模は難しいですが、4月からプラットフォームのCMを全国で流す予定です。それに組み込む形で宣伝できるように調整しましょう」

 それまで黙っていたカナは勢い良く立ち上がった。

「一番目立つところでお願いします!」

 押し通す勢いで、アンズに熱望した。

「検討してみます。4ヶ月間の協業契約については、別途メールで調整させてください。具体的な数字のコミットをしない形になりますが、御社へのデメリットはないと思います」

「CMは一番目立つところの掲載と、トップへの掲載はファーストビューにって、しっかりと書かせてもらうよ」

 レイコは、テーブルに乗り出してアンズに告げた。

 アンズはニヤリと微笑むだけで明確な回答は避けた。

 プラットフォームのトップ――しかもファーストビューにゲームのバナーが掲載されれば、毎日数十万単位で人の流入が見込める。4ヶ月のあいだに新規のお客さんの登録は徐々に減っていくと思われるが、それでもかなり強力な宣伝効果が期待できる。

 レイコとカナは、ラブララPに約束させられた宣伝活動の縮小の影響を跳ね除け、ヒットさせることが出来るのではないかと、幸運に喜んだ。




 しかし、その幸運の喜びも、フィックスに帰社する頃には吹き飛んでしまっていた。

 ラブララPがいつも以上に錯乱した状態で、レイコとカナに最悪の事態を伝える。

「ふぇ、ふぇ、ふぇ、フェザーファンタジアの、す、す、すす、スマホ版、が3月15日に、り、りす、リリース日を変更してきました」

 レイコとカナは、すぐにフェザーファンタジアのプロデューサーに話を聞きに行ったが、まったく取り付く島もなく追い返されてしまった。開発の遅延で延期することが決まって、宣伝スケジュールを全面的に見直さなければいけなくなり、レイコやカナの文句を聞く余裕すらなくしてしまっていた。

「3タイトル同時リリースとか、バカもいいところだろ」

 苦々しげにレイコは呟いた。

 しかし、1日2日ずらしたところで、悪影響をなくすことは難しい。

「3月22日にスライドします? 今なら、開発が遅延したと嘘ついて、被せていけると思いますけど」

 カナは、レイコに耳打ちした。

 レイコは首を横に振った。

「いや、それなら、15日に出して、初期の宣伝をベリー社にまかせて、1週間後に7日間今期の広告宣伝費を全額ぶち込んで集客しよう。最終週に宣伝をもつれ込ませると、新規を取る前に、ダンジョンクエストに客を全部吸い上げられてしまう」

「全面対決ですか、フェザーとラブララ、ジョブ・コンで……」

「いや、フェザーは利用しよう」

 レイコは、ハッと何か思いついたように不敵に笑みを浮かべた。

「もしかしたら行けるかもしれない。滝川アンズに連絡を入れて、絶対に3月15日の午前中からプラットフォームトップに掲載するようにしてもらおう!」

 レイコは「絶対に成功させるぞ」と固く握りこぶしを作った。




 2月14日から3月15日までの1ヶ月のあいだに、フェザーファンタジアの宣伝は大量に投下された。ジョブ・コンシェルジュのPVが公開され、事前登録が開始されたが、目立つほどの成果は得られない。明らかにっフェザーファンタジアの宣伝に食いつぶされてしまっていた。

 しかし、そんな状況にかかわらず、レイコはぐっと堪えるように宣伝チームから報告される広告効果の数字を睨みつけていた。

 カナは、最後の踏ん張りと自分を奮い立たせて、精力的に活動した。できるだけお客さんに宣伝の声を届けるために、ウェブ放送を行ったり、レイコや開発メンバーのインタビューをセッティングしたり、フェザーに負けないように宣伝を厚くした。

 それでも世間の関心はフェザーに傾いていた。


「大博打だなぁ~」


 レイコは、3月14日の夜、たしかにそう呟いた。


「やるだけのことはやりました、かね」


 カナは不安を口にした。


 MITAKAGemesでも、トモミ、コナツ、ミサキの初期メンバーが集まって、ささやかな打ち上げを開いていた。


「明日、リリース状況は良くないけど、やるべきことはやったな」


 トモミは缶ビールを開けた。


「お客さんの信頼を得られれば、大丈夫よ」


 コナツは、楽観的に答える。


「サーバーが落ちなければいいですね……」


 レイコやカナから作戦を聞いていたミサキは、緊張の面持ちで窓の外に視線を向けた。


 窓ガラスに反射する自分の姿のその奥に、暗く熱い雲を見て、ミサキは肩を震わせた。

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