第33話:策士~コンタクト(K)

 開発フロア内を、コナツが電話しながら走っていた。

「審査バージョンが、アップロードできない? ちょっと待って、すぐにトモミに伝えるから!」

 ミサキが立ち上がって声のしたほうに目を向けると、慌ただしく走っているコナツの後ろ姿が見えた。



 同刻、株式会社フィックスでも、カナが走っていた。

 手順書通りに審査ロムの提出をしようとしたところ、エラーが頻発して、アップロードできない事象が起こっていたのだ。何度やり方を変えてもアップロードできず、やむなく社内の知っている人を探して、奔走していたのだ。

  ――Aさんが詳しいよ。

  ――Bさんに聞くといいよ。

  ――Bさん? 今日おやすみ。

 たらい回しの末、開発フロアを一周してきた。カナは肩で息をしていた。

「どうだった?」

 レイコがアップロードの手順書を再確認し、挑戦しながら尋ねた。

「全滅でした! 誰もわからないって!」

 レイコは時計を見た。

 時間は21時を過ぎていた。普通の社員なら帰宅している時間である。

「仕方ない。今日は諦めて来週にしよう」

「え~、せっかく、間に合ったのに、ハァ」

 絶望するように、カナは床にへたり込んだ。

「開発でも調査してるみたいなので、もうちょっと待ちましょう……」

「わかった。でも、何がおかしいんだろう、手順書が間違ってるのか。データに不備があるのか」

 レイコは、マウスをポチポチクリックしながら、首を傾げた。

 その時、遠慮がちな弱々しい声でに二人は呼びかけられた。

「あ、あのぅ……」

 遠慮がちにメガネを掛けたラブララ――正式名称ラブ・ライフ・ライクのプロデューサーが近づいてきた。

 ラブララPは、もじもじしながら2人に話しかけてきた。

「し、審査にアップロード、で、できないって聞いてきたんですけど……?」

「わかるの?」

 レイコは、懐疑的に尋ね返した。

「は、はい。た、多分ですけどっ。ワ、ワタシ何回もアップしたことがあるので、多分ですけどっ、わかると思います」

 その言葉に、レイコとカナは顔を見合わせて喜んだ。

 しかし、ラブララPはその遠慮がちな態度とは裏腹に、とんでもないことをぶち込んできたのである。

「も、もし、解決したら、さ、3月15日から1週間、……ね、ね、ネット広告の出稿を抑えてくださいッ!」

 ラブララPは緊張しているのか、声が裏返っていた。

 レイコとカナはもう一度顔を見合わせたが、今度は喜びの色などまったくなく、狐につままれたような呆然とした表情だった。

 レイコは、何度も目を瞬かせながら、ラブララPに訪ねた。

「つまり、アップしてくれるかわりに、リリース直後の宣伝はラブララに譲るってこと?」

「だ、駄目でしょうか……?」

「そりゃあ……」レイコはカナに目を向ける。

「駄目でしょう」カナは即答した。

「で、でも、このままじゃ、あ、アップできませんよ? そうなったらっ、スケジュールに狂いが出て、発売そのものが延期する可能性だって、あ、ありますけど……?」

「1営業日2営業日の遅れなら、カバーできます!」

 カナは威圧するように怒鳴った。

 しかし、ラブララPはカナとレイコの不安を煽るように続ける。

「も、もし、社内の誰もわからなかったら?」

「そんなことはないでしょう。何本も出てるんですよ、この会社から。誰か知ってる人いますよ!」

 もしその知っている人が、眼の前にいるこのおどおどしたラブララプロデューサーだったらと、一瞬不安がよぎったが、カナはラブララPを追い立てるように帰らせた。

 帰り際、ラブララPは何度もレイコとカナに振り返ったが、カナは手を振るだけで引き止めることはしなかった。

「見た目とは裏腹に、とんでもないこと言ってきますね!」

 カナは鼻息を荒くしながら席についた。

「プロデューサーは、したたかじゃないとやってけないんだよ。でも、あの子、アシスタントの期間がかなり長かったから、もしかしたら彼女しか解決出来ないって可能性は無きにしもあらずだよ」

「そんなまさか、無能ばかりですかこの会社」

 カナは冗談のつもりで暴言を吐き捨てた。



  ――それ、ラブララPが知ってるよ。

  ――ラブララPじゃないと、わからないかもしれないなぁ。


 週が明けて、詳しいと目される人に片っ端から尋ねて回った結果、ラブララPに尋ねることが最善であることが判明した。

「ふふふ、わ、わかりました。じゃあ、15日から1週間の広告出稿はラブララの30%にお願いしますね」

 不敵に微笑むラブララPに、レイコは渋々頷いた。

「で、ラブララの出稿量はいくらなのさ」

「8000万です」

「てことは、2400万か。渋いな~。もっとラブララ増額できないの?」

「ジョブ・コンの余った、し、出稿予算をいただければ増額出来ますけどっ」

 ラブララPは、にやりと笑みを浮かべた。

 もちろん出稿予算の贈与など出来るわけもなくレイコはヘラヘラと手を振って受け流した。

「で、では、決まりですね。おそらく問題点は、あ、アップロード手順ではなく、アップロードファイルの作成時に問題があるんだと、思います。つ、通常アップロード手順での不具合は、そのままアップされプラットフォーム側が検知しますので、こ、こちらで直に検知することは出来ません。アップロードの手前で、と、止まってるということは、ファイル自体の作成に間違っているということになります」

「開発のミスですか?」

 カナが尋ねる。

 二度とミスらないように――ミスをして、ラブララPの手を借りないようにしっかりと問題点を把握しなければいけないと強く感じていた。

「う、うーん、と、テスト端末でプレイは出来てたのですか?」

「はい」

「で、でしたら、ファイルのリサインで失敗しているのだと」

 ラブララPは、余裕の笑みを浮かべた。

「手順書通りにしましたけど」カナは反論するように言い返した。

 納得してないカナを横目に、ラブララPがテキパキとアップ用のファイルに変換していく。カナが手順書を読みながら、たどたどしく進めていたのに比べると、全然速度が違う。何度もこなれているというのがすぐにわかった。

「アレ?」

 カナは、一瞬違和感を覚えた。

 ラブララPの肩がビクッと跳ねるのを見逃さなかった。

「今、何しました?」

「え、本番用の会社の署名をファイルに追記しただけですよ?」

「本番用? なんですかそれ? そんなの手順書に記載されてなかったですよ!」

「そ、そうなんですか? あ、もしかしたら、さ、最近追加された手順なのかもッ」

 ラブララPが作成したファイルは、何事もなくプラットフォームにアップロードできた。

 カナが気づいたその工程以外、全てカナが実践したフローだった。つまり、閲覧していた手順書に誤りがあったのである。

 後日、手順書を見返すと、相変わらずカナが見つけた工程は追記されていなかった。作成者に問い合わせようとして、カナは声を上げた。

 作成者の中にラブララPの名前が明記されていたのである。




 そして、審査に提出したロムは、不合格の評価をくだされ突き返された。

 審査中に、強制終了のバグが発見されたのである。

 しかし、問題はそこではなかった。

 突然、プラットフォーム側からジョブ・コンシェルジュの担当あてに電話が掛かってきたのである。

「お時間頂いて、一度お打ち合わせをさせていただけますでしょうか?」

 その呼びかけに心当たりがないレイコとカナは、疑問に思いつつも承諾をした。

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