第32話:決算月の発売日調整(K)
1月中旬。
ジョブ・コンシェルジュの1月末審査バージョンのマスターアップは、開発メンバーの努力により、ある程度めどが付いた。実装機能の精査を行って、間に合うスケジュールにまで縮小したのであるから、大きなバグが起こらなければ、順調に1月末にはプラットフォームの審査に提出できるだろう。
カナは、既に開発スケジュールについては問題ではないと認識していた。
それ以上に頭が痛いのは、社内の他タイトルとのプロモーションスケジュールのすり合わせだ。
3月に発売をもくろんでいるチームがジョブ・ジョンシェルジュの他に、5タイトルもあるのだ。その中でも、フェザーやダンジョン系のオラオラ系プロデューサーが、自分たちの利益のためにカナたちや他のプロジェクトのプロモーションスケジュールに割り込もうとしてきていた。スケジュール通りにきっちり仕上げてきたジョブ・コンとは違い、他のチームは開発延長を繰り返し、決算時の償却に合わせてリリースを仕掛けてきたのである。非常に迷惑な話である。
しかし、会社としては、売れているシリーズに力=お金を注ぐほうが投資リターンが大きい。その為、新規ブランドを立ち上げようとしているカナたちが迷惑を食らったからと言って、何か保証してくれるわけではない。追いやれがちになるのはいたし方ないとし、その後は自助努力で解決しなければいけないのである。強力なブランドと同時に発売すれば、その影に殺される。そうならないために、プロモーションスケジュールは非常に気を使わなければならないのだ。
カナの前には、株式会社の協力ブランドのフェザー系、ダンジョン系のプロデューサーが鎮座していた。
隣には、レイコを含めた3月に発売を控えているプロデューサーが並ぶ。
「フェザーと、ダンジョンは2週間開けて置きたいよねぇ~」
「てことは、3月頭がフェザーってことでいい?」
「えー、ダンジョンが行ってよぉ~。大トリはフェザーに任せてほしいなぁl~」
「国内はダンジョンが強いから、トリならダンジョンでしょ? 開発スケジュールが間に合わないって泣くんだったら、末席にしてあげてもいいけど?」
「はぁ~、そっちの開発がヤバイって噂だけどぉ~」
生産性のない応酬に、カナはうんざりした。
結局はどちらも大トリを取りたいということなのだ。見栄ではなく、大トリの3月29日をとることで、当日から30日、31日に大量にネット広告を出して客を取ろうというのだ。おそらく他社との広告の取り合いになり、価格が高騰する。ある意味強力なブランドだからこそ、その価格高騰にも耐えられ、潤沢な広告費を使って宣伝をすることが出来るということだ。カナたち新規参入ブランドには出来ない芸当である。
(でも、投資の仕方としては間違ってるけどね)
カナとレイコは、3月15日に焦点を絞っていたため、月末月初の応酬には関心がなかった。他のプロデューサーも、フェザーとダンジョンには逆らわないようにしているため、月末月初の発売日を取りに行くつもりはないらしい。皆飽き飽きした表情で、2人のプロデューサーの話を聞いていた。
しばらく2人の話を聞いていたレイコが、しびれを切らして話に割って入った。
「ようはフェザーとダンジョンは、月末の3月29日か、月初の3月1日のどちらかに出したいってことですよね? 我々は、そこは避けるので、最終的な決めは2人でしていただいて他の8日、15日、22日にリリースするタイトルを決めて良いですか?」
2人のプロデューサーは、今すぐには決まらないと認識しているらしく、レイコの提案に同意した。しかし、ふたりとも他のタイトルの発売日は興味があるらしく、そのまま打ち合わせには居座った。
「じゃあ、カナお願い」
レイコは、仕切り直すとカナにバトンを振った。
「まずジョブ・コンを含め、開発スケジュールでいつ発売出来るかをヒアリングしていき、リリース日が被っているところを調整することで、発売スケジュールを決めていきたいと思います」
3月1日(フェザーorダンジョン)
3月8日
3月15日
3月22日
3月29日(フェザーorダンジョン)
カナは、ホワイトボードを持ってきて発売候補日を記載した。
「まずジョブ・コンから、開発スケジュール上の着地は15日。開発の遅れも軽微ですので、後になって遅延することは80%ないです」
実際のところ、この時点では確実なことを言えなかった。1月末のプラットフォームの審査を通らない限り、遅延の可能性は残されている。しかし、発売日を取るためのハッタリをかます必要があったのだ。
3月1日 (フェザーorダンジョン)
3月8日 ポケ・フェク
3月15日ジョブ・コン、ラブララ
3月22日リポE
3月29日(フェザーorダンジョン)
「これ見ると~、ラブララとジョブ・コンが被ってるね~。ラブララのスケジュールはぁ~? 順調~?」
フェザーのプロデューサーがニヤニヤしながら、ラブララのプロデューサーを煽る。
「えっと、えっと、か、開発会社から上がってる進捗に5%の遅れもな、ないので多分間に合いますッ」
ラブララのプロデューサーはずり落ちるメガネを何度もかけ直しながら言った。
「じゃあ、ジョブ・コンが席を空けるぅ~? レイコのとこ、まともに間に合ったことないよね」
「今回は優秀なアシスタントが頑張ってるから、問題なしです」
「じゃ、同時リリースやむ無しかぁ~。お互い食われないようにしないとねぇ~」
レイコと、ラブララのプロデューサーが顔を見合わせた。
他の日付のプロデューサは打ち合わせを終わりたそうに落ち着きがなかった。ジョブ・コンとラブララが延期しなければ安全に1タイトルのみでリリースできるため、もう関わり合いになりたくないと言っているようである。影響のない人間からすれば、既にどうでも良いことなのである。
(同日に同社から商品を発売してお客を取り合うなんて、なんて間抜けなの)
カナは苛立ち奥歯を噛んだ。
結局その後の話し合いでも、スケジュールに変更が加えられることはなく15日にジョブ・コンと、ラブララの両タイトルが発売することになった。1点まだ救いがあったのは、ジョブ・コンが既存のフィックスのお客さんに向けて制作されたのに対して、ラブララは女性向けの恋愛PRGだということだった。
同じジャンルで同じお客さんに向けて販売するのでなければ、勝機はある。
宣伝チームのリーダー矢口マサヨがその報告を聞いて、開口一番、
「アホだね」
と罵倒してきたが、今は、他のタイトルが15日に発売変更をしないことを祈るばかりであった。
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