第31話:追い込み~フォーカス(M)

 新規プロジェクトに兼任となった篠田ミサキは、開発末期のジョブ・コンシェルジュチームから離れた席に移動してきていた。同じフロアで仕事をしているため、関わっているメンバーの顔つきはすれ違いざまに見れた。連日の過労がたたり、疲労困憊の様相は拭えない。フロアの一角は、就業時間が過ぎても明かりが灯ったままであった。

 ミサキが出社すると、小走りに宮元トモミが寄ってきた。

「キービジュアルを描いてもらいたいんだけど、余裕ある?」

 新規プロジェクトの作業はそれほど詰まってるわけではない。ミサキは快諾した。

「よかった~。あとでミーティング設定するね。フィックスのレイコとカナが打ち合わせに来るから」

 レイコは、忙しいらしく要件だけを伝えるとそそくさと自席に戻っていった。雑談する余裕もないんだと、ミサキはふと寂しさを覚えたが、カナの来訪に少し癒やしを感じた。




 その日の午後、レイコとカナがMITAKAGemesに来訪した。

 カナは休めてないのか、少しやつれた印象だった。

 以前の打ち合わせでは、レイコが主体的に話を進めいていたが、その日はカナが主導権を握っていた。ミサキは、カナの変化をひしひしと感じていた。

「キービジュアルの利用箇所は、公式サイトのトップ、ニュースリリースやインタビュー等の見出し、ネット広告、PVでも利用できるなら利用したいと宣伝側から連絡受けてますね」

「アナログの原画でも大丈夫でしょうか?」

 ミサキは、念のため尋ねた。

「もちろん。調整は納品前にしてもらいますけどね」

 カナはコナツの方に視線を向けた。

 コナツが頷く。

「で、キービジュアルのイメージですが、世界観の雰囲気を伝えるものと、ジョブが3on3でバトルしているシーンの2種類をお願いしたいです。まず世界観のビジュアルのみ公開する予定ですので、バトルはリリース後に納品いただけるスケジュールで大丈夫です。具体的な日付は、1月末が世界観キービジュアルの締め切り。3月末がバトルキービジュアルの締め切りで」

「世界観の絵のイメージが、ピンときてないんですが……。風景とかってことですか?」

 ミサキはノートに簡単なラフを描きながら尋ねた。

 山、森、谷……。

 サラサラと描画してイメージをつかもうとした。

「広い世界と、メインキャラクターが載っている汎用的に使えるものが望ましいですね。旅立ちのワクワク感が連想されると良いです」

「ワクワク感……、ラフを3点ほど送って確認してもらいながら進める形でも良いですか?」

「ええ、宣伝チームにも意見をもらいましょう」

 カナは言い淀むことなく答えてきた。

 最初の打ち合わせでは、ミサキもカナも聞くだけだったのに、いつの間にかカナは自分で主導権を持って動くようになっていた。

 疲れた表情ながら、ハツラツとした様子のカナに、ミサキは彼女の中で迷いが消えたことを確信した。

 カナがジョブ・コンシェルジュのプロジェクトに専念しているかどうかは関係ない。仮に、フィックス内で新しく立ち上がったプロジェクトに関わっていたとしても、ジョブ・コンシェルジュへの力の注ぎ方は変わっていないのだ。

(私も、いい絵を描かないと!)

 ミサキは、自分の役割をはたすためにシャープペンシルを走らせた。




 ミサキとのキービジュアルの打ち合わせが終了すると、次は進捗確認に入った。

 目をギラつかせ、殺気立っている様子のトモミがふらりと現れた。

「マスターを前倒すって正気とは思えないんだけど?」

 トモミは持っていたコピー用紙をテーブルに叩きつけた。

「事前にプラットフォーム側の審査を受けておかないと、直前での審査は発売不許可の判定を受けるリスクが有るんです」

 カナは立ち上がって、クールに言い放った。

 トモミは歯ぎしりする。

「基本機能のパッケージに絞って1月末に完成させたとしても、2月末のフルパッケージ版が間に合わなければ元も子もないだろ。現状、2回マスターアップさせるスケジュールになってないところに、1月末のマスターアップを挟めば、2月末のマスターアップ(正確には2月中旬だが)のスケジュールを変更せざるを得ない」

「妥協できるところと、死守したいところをすり合わせしたいです」

 カナは一歩も引かずに建設的な態度を取った。

「ゲームとしてリリースする分には基本パッケージで問題ないでしょう。基本パッケージの定義については認識を合わせないといけないですけど、リリース後に追加アップデートとして実装するものに切り分けて来年4月から半年のアップデートスケジュールも合わせて切って本来パッケージとして出したかったものがどの段階でリリース可能なのかをすり合わせたいです。完璧に完成させることをこちらは望んでません。リリースしてお客さんが基本的な遊びを楽しめて、お金を払ってもらうところまでができていれば、機能を絞ってのリリースは合意できます」

「それは契約書を巻くってことで良いんだな?」

「もちろんです。そのために合意できるスケジュールを提出してください」

 カナとトモミが一瞬火花を散らせるが、勝負は落ち着いて会話しているカナに分があった。トモミは、腹をくくったらしく「わかったよ。精査したらメールする」っと言って自席に戻っていった。

 その様子を見ていたコナツが、嫌そうな顔をしつつカナに言った。

「ムチャクチャしますね……」

「そうしないと、発売するタイミングを逃すんです」

 カナは顔をしかめた。

「ウチの決算が3月のため、ジョブ・コンシェルジュの他にもウチのタイトルが3月に5本出るんですよ……。先日私たちも知ったんですけどね」

 そう言って、レイコに顔を向けた。

「具体的にタイトル名を言うことはできないけど、大型タイトル2本、ジョブ・コンと同じように新規が1本、既存の続編で2本。おそらく大型タイトルが月初月末にリリースするだろうから、ジョブ・コンは3月15日にリリースを確保したいと考えている。で、おそらく他の週へのリスケは難しい。リスケは不可能ではないけど、その週の広告出稿枠は、確実に元からスケジュールに組み込まれていたタイトルが優先される。よって、リスケした組は静かにリリースし、運が悪ければ誰にも知られずにサービス終了しなければいけなくなるわけだ」

 その話を聞いて、コナツとミサキは顔を見合わせた。

(ちゃんと作っても、制作会社のリリース状況で全然話題にならない可能性があるってことじゃん……)

 ミサキは愕然とした。

「勝算はあるんですか?」コナツは尋ねた。

 レイコは頷く。

 カナはその後に続くように言った。

「コンセプトにフォーカスします」

「フォーカス?」ミサキは、怪訝な評定をした。

「そう。基本機能に絞り、余計な機能をつけずに何のゲームかをはっきりと際立たせます。ウリとなる部分をものすっごく尖らせて尖らせて尖らせて、刺さる人を確実に確実に刺して、熱狂的なファンにする。他の同時期に出るタイトルや、他の会社ではプレイできない部分を宣伝の核に据えて売り出します」

 レイコは、念押すようにカナの言葉に重ねた。

「とにかく他と違うところを注目させる」

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