第29話:幻想(K)

 タイトル公募の結果、ジョブ・コンシェルジュに決定した。

 レイコもカナも、開発メンバーも全員納得の結果である。カナはすぐに商標登録の申請を出し、ロゴ制作をプロモーションチームに打診した。プロモーションチームお抱えのデザイナーから黒基調のロゴが上がってきて、それを元にPVの制作が始まる。

 開発と宣伝周りの動きが加速しだした12月の中旬、プロモーションチームと、レイコ、カナの制作チームの打ち合わせが行われていた。

「正直なトコ、3月のリリースだと駆け込みの出向が増えるため、コストが掛かっちゃうんだよね~」

 ウェーブがかった髪をかきあげながら、プロモーションチームのリーダー矢口マサコは言った。かっちりとしたスーツに身を包み、キツい香水を付けている。

 社内ではやり手らしく、レイコは普段の軽口を叩かずに落ち着いた口調で受け答えしていた。

「3末は絶対やめたほうがいいよね。そうなるなら、来期に逃したほうがいいよ。案外4月は他社の動きも弱まるし。新学期新生活の直前に打ち込むと意外とその話題にすり替わるから、うん、やっぱ4月に持っていくほうがいいよね」

「3月に出して広告宣伝予算を使い切るか、それとも来期に全額投資するか、か」

「どうせアプリはプラットフォームからの入金が月ズレだから、3月に今積んでる予算ぶっこんで赤だしてもプロジェクトは問題ないでしょ。部門・会社的には『何だこのやろう』って感じだけどねーっ。広告関連は3月、4月で一気に集客してで検討しておくわよ」

 矢口マサコは、アシスタントに顎でシャクって指示を飛ばした。

「あとは、リリースまでの宣伝周りよね~。最近のスタンダードは事前登録1ヶ月でリリースするけど、これもそうする? 新ブランドだから、事前登録でスベると目も当てられないんだよね~。何個か集客の窓口を用意するけど~」

「事前登録の発表前後の情報公開で、話題を取りに行きましょう」

 レイコが口を挟むと、マサコはむっと口をとがらせた。

「言われなくてもわかってるって、でも、宣伝の切り口がまったくないのよね。有名クリエイターが関わってるとか、有名イラストレーターが関わってるとか、有名サウンドクリエイターが参加してるとか、そういうフックがあると、すぐお客さんが飛びつくのにね。今から誰か使えないの?」

「無茶苦茶言わないでくださいよ。無理です」

「プロデューサーでしょ? 数字になる物持ってきなさいよ~」

 冗談とも本気とも取れるマサコの鋭い指摘が飛んだ。

 レイコは反論するでもなく、苦笑する。

「このタイトルで、一番使えるのは、RPGを制作する会社として多くのお客さんから認知されている株式会社フィックスというブランドだと思ってます。『フェザーファンタジアやダンジョンクエストと言う実績を持つ株式会社フィックスが本気で、仮想現実のRPG体験できるゲームを作りました』と伝えるのが、一番効果的で、私としては一番推して欲しいところなんですよね。数字面の実績は、フィックスのネット会員70万にメール通知をして、55万人が事前登録に登録した事例もあります」

「フェザーとダンジョンのアプリでしょ、そこと比較しちゃだめでしょ」

「メール通知を見る層が、55万人いると言うのはかなり熱狂的なファンだと思います」

「そうだね。OK、プロモもその路線で行こう。リリース直後のインタビューをゲーム関連雑誌に仕込んで、コアファンが気になるように情報出す動きで検討しておく。あとPVの段取りはこっちで仕切るけど、素材周りは?」

「カナに聞いてください」

 レイコとマサコの会話を議事録に記載していたカナは、顔を上げて会釈だけした。

「あなたも部下を持つようになるとはねぇ」

 そう言って、マサコは意味深な笑みを浮かべた。




 プロモーションチームとの打ち合わせが終わると、レイコはすぐに外出した。新規プロジェクトの開発会社を探しに、各社訪問して打診を続けているのである。

 必然的に、ジョブ・コンシェルジュ関連のタスクは、カナに積まれていった。ゲームの宣伝の他に、サーバ周りの設置も本格的に開始し、カナの理解の範疇にない言葉がメールで飛び交う。それでも、一つ一つに目を通しながら、状況を把握しようと努めていた。

 全体のスケジュールを記載した線表に蛍光ペンで作業の進行を記していく。

「機能実装が遅れてる……」

 粛々と進行する中で、少しずつ作業の遅延が発生してきていた。レイコがそれを把握しているかと言えば、カナには計り知れないところである。報告しようにも会社にいないとなれば、メールで報告するしかない。

(メールを読んでいるかどうかもわからないのに)

 3月の中旬にゲームをリリースするためには、2月の中旬までにはマスターアップしなければいけない。その後1ヶ月は、リリースした後の追加データの作成に当たる予定だった。そのため、スケジュールの後ろに余力はない。

 カナはカレンダーを見た。

「今日が12月14日。年末年始も稼働して、1月中旬までに実装の80%を完了させ、五月雨でデバッグをしながら2月中旬までにリリースバージョンを作成する……」

 年末年始どころか、クリスマスも仕事で潰れるだろう。

 延期するほどの大きな遅れではないにしても、現状心配が残っている以上、余談は許されない。

(こんな状況で、新しくプロジェクトを立ち上げることが出来るの?)

 カナは、疑念を感じつつもそれをぶつける先がいないことにフラストレーションをつのらせた。

 しかし、どれだけ苛ついたところで、問題が解決することはない。

 プロモーションチームのマサコからメールが届いた。PV作成用の素材の提供するように、と指示が記載されていた。迷っていても、カナは迷い続ける時間はなかった。彼女が動かなければ、他の人が仕事を進められない状況になっていたのだった。

 プレッシャーの中で、カナはミサキのことを思い出す。

 彼女はミサキが、ジョブ・コンシェルジュともう一つ新しいプロジェクトを兼任することを知らなかった。

(ミサキも絵を頑張ってるなら)

 それが幻想であっても、カナは目の前の仕事を続けるための発奮剤として、ミサキのことを思う。目の前に積み上がった仕事の壁を乗り越えるには、励みとなる何かが必要だったのである。

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