第26話:兼任2(K)
「今すぐってわけじゃないから」
カナの顔色の変化を見て、レイコは明るい口調で言った。
「はい、でもなんか釈然としません……」
MITAKAGemesと作っているゲームの本プロダクション制作が3ヶ月目に突入し、ようやくリソースの量産期に入ったところである。ミサキの悩みも解消し、これから全力で……、開発側と制作側が一丸とならなければいけない時期だ。カナは、どうしても納得がいかず、本音を口にした。
「今作っているタイトルに集中してはいけないんでしょうか?」
「カナが集中したいなら、新しく起こすプロジェクトには入れないよ。集中することで、成果が期待できるのは、そうだね、事実だからね」
「レイコさんは、新しいのを立ち上げるんですか? そうなったら、現在のプロジェクトは?」
レイコの機械的な答えに、カナはムッとした。
カナの表情に苛立ちが現れているのに気づくとレイコはやれやれというように息をついた。
「現在のプロジェクトも兼任で見続けるってば、見捨てやしないよ~」
「でも注ぐ力は、半分になりますよね。そういうものなんですか、なんだか違和感を覚えてしまうんですけど」
「うーーーーん」
レイコは、腕組みをして困ったように頭を垂れた。
「納得出来ないのは、理解できる。注ぐ力も半分になるのも、事実。だけどね、ゲームを制作することで会社を経営するためには、発売してから次を作りはじめてたら遅いんだよね。まだ入社したてだから感覚的につかめないかもしれないけど。例えばね」
レイコは図説する。
「ゲーム開発は総じて1年かかるとする。1本作り終えてから、もう1本を作り始めると、1年で利益が1本分しか稼げないわけだ。これ、この1本が外れたら、会社の経営が赤字になっちゃうって言うことはわかるよね?」
「その年の利益がその1本にかかってますから、ですね」
「そう。だから、1本外れたときのために、1本目の開発と時期をずらしてもう1本作り始める。すると、翌年に発売できる本数が2本になる。この2本のどちらかでヒットを飛ばせば、コケた分も回収でき、会社の経営上、黒字を計上できるわけだ」
「ヒットできれば……、ですね」
「理解できたと思うけど、ヒットできるかは正直分からない。ヒットさせるために、プロデューサは手を尽くすけど、蓋を開けなきゃ、最後はわかんないわけよ。だから、会社としては、できるだけヒットを出せるように球数を揃えるんだ。ただし! 今回の話には関係ないけど、重要だから言っておくと、球数は無限に用意できない。社員数の問題もあるし、仕掛り金が増えることで経営破綻する場合もあるためだ」
カナは、レイコの冷静な説明に理解を示した。しかし、理解をした上で、さらに疑問を伝えた。
「もし、大ヒットを出したとしたら、新しいプロジェクトを立ち上げずに、ヒットしたタイトルに集中するんでしょうか?」
「それも、ピンきりだよね。ヒットの規模によるけど、『永遠に稼ぎ続けることは不可能』と言う理論があってね。いや、私が今テキトーにつけたんだけど、いつかは希望する利益を挙げられなくなるんだよ。だから、そうなる前に、次のヒットを出さなければいけない。面倒なことにね~、人は生活してるだけで、お金は消費するし、税金は取られるし、それに会社はどんどん大きくなろうとするし、……抽象的に言うと、人は小さく集中することが苦手なんだよね。だから、新しく手を広げるんだよ。まだ考える時間あるから、あとで意思を聞くよ」
レイコは、話は終わりと言うように、行ってしまった。
カナは、仕事に戻ろうとしたが、何となく思考が集中しなかった。キーボードの上の両手は、固まったまま微動だにしない。ゲームを作ることは、1本に一投入魂するものだと思っていた。しかし、会社というものにとらわれている以上、それは難しいと言う事実を知らされた。いや、制作サイドにいることが一因かもしれない。ミサキたち開発職なら、最後までやり通さなければいけないはずだ。
ふとスマホを見ると、ミサキからメッセージが入っていることに気づいた。
(夜ご飯、また一緒に行きませんか?)
要件がなく、その一言だけが届いていた。
ミサキが直接連絡を入れるということは、何か不穏な事件が起こった可能性が高い。カナは、以前、絵を確認するために呼び出されたときのことを思い出し、嫌な予感を覚えた。
「プロジェクトから外れるかも!?」
カナは、ミサキの口から出た言葉に、思わず声が裏返った。
話を聞くと、主要メンバーのトモミやコナツは継続してプロジェクトに残るが、メインイラストを描き終えたミサキが新しくMITAKAGemesで立ち上げようとしている企画の絵を書くために外れる話になっているという。あまりの既視感に、カナは、ミサキにレイコと話したことを伝えた。
「カナさんは兼任ですか……」
「まだ決まってないけどね。レイコさんは兼任で進めたいみたい。私は迷ってるひとつに集中するのが――私がお客さんだった時は、そういうものだと思ってたからだけど――良いと思う気持ちもあって、複数同時に作るのが良いのかなって」
「トモミさんは、一投入魂ってかんじですよ」
ミサキは、思い出し笑いをする。
「開発のメインは、一投入魂しないと作れないんだと思います。だけど、制作する方は言い方悪いかもしれませんけど、芸術家のパトロン的な感じで、いろんな作りての面倒を見るのかもしれないですね」
「パトロンかぁ、上手いこと言うね」
カナは、なるほど、そういう考えもあるのかと妙に納得してしまった。
制作はどちらかと言うとクリエイターというよりも商売人に近いのかもしれない。もちろん商品のことを知らなければ売れないため、ゲームに精通する必要があるのかもしれないが、パトロンという思考なら、一度に複数のゲームを制作することは違和感はない。
ミサキは、カナに訪ねてきた。
「ミサキさんは兼任するんですか?」
「いま、カナちゃんに言われてなんか納得できたよ。まだ、兼任するかは決めてないけどね。ミサキちゃんは?」
「私は……、答えを出すためのヒントがまだなくて」
「そっか」
「キワコさん、MITAKAGemesの社長には、10年、20年、30年先を見据えて決めることをすすめられましたけど――つまり、長い仕事歴の中のひとつにこだわらずに、と言う意味なんですがはじめて関わったタイトルなので、グジグジ、グジグジ迷走してます。カナさんが兼任しないなら、私も残ろうかな、なんて」
カナはその言葉に苦笑した。
嬉しかったが、それは違うと思った。
「私のことは気にしないでいいよ」
ミサキは、その日決断を先延ばした。
カナも、納得したものの意思を決めてはいない。
ふたりとも、大きな流れの中で翻弄され、見えない疲労が蓄積しているようだった。
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