第25話:兼任(M)
イチョウの葉が色づき始めた頃、ミサキの主要キャクターデザインは完了した。
ゲーム全体の画面の方向性も、アナログ調に統一することが確定し、ミサキの絵が映えるように調整が完了した。
プロジェクトは、量産期に入り開発のメンバーも初期の5人体勢から、兼任を含め15人体勢まで膨れている。MITAKAGemes内でも人員調整が行われ――コンソールのソフト開発がマスターアップしたことも一因である――プロジェクトは活気づくとともに、開発の最終段階に入ったことをひしひしと感じさせるようだった。
ミサキも、デジタルでのグラフィック作業にようやく従事できる時が来た。ユーザーインターフェースや登場するモンスターの量産をして、ゲームのリソースを一気に増やしていくのだ。
コナツと、デザインリーダーの中田アツコからタスクを振られる日、珍しくMITAKAGemesの社長大原キワコがミサキの席に現れた。
「ミサキ、話は聞いたけどデザイン作業がうまく行ったみたいだね」
キワコは、意味深な笑みを浮かべながら言った。
突然の来訪にミサキは、生返事を返すだけで、その言葉の意味が何を差しているのか理解できずにいた。
キワコは、話を続けた。
「MITAKAGemesでは君らのプロジェクトの他に、コンソールチームが動いてたことは知ってるよね。それがこの間マスターアップして、アプリ関連のフレームワーク開発と、新規立ち上げチームに分けて話を進めてるんだよ。新規は前から取引のあるパブリッシャの神天党から出資を受けて――まぁ、わかりやすく話を簡略化するとお金をもらって神天党が販売してるハード用のソフトを作るイメージかな。今関わってるプロジェクトよりも、MITAKAGemes側での裁量範囲が増えるから、結構自由に作れるわけだ。で、話を元に戻すと、ミサキにもそれに関わってもらいたいと思ってる」
「えっ、私がですか? 今のプロジェクトでやることが残ってますけど」
「メインの作業は完了したんだったら、他の人がかわりにそのタスクをやっても問題ないよね?」
「え、でも……」
ミサキは、突然の申し出に混乱した。
まだゲームは開発中なのに、どうして途中で止めて他のプロジェクトにかかわらなければいけないか、理解ができなかった。
そこへ、トモミとコナツが戻ってきた。
「ちょっと、キワコさん。聞こえてきたんですけど、ミサキを外す気ですか?」
「重要な役はやり遂げたんだろ?」
「そうですけど、まだ完成してないんですよ?」
トモミは社長という役職に気圧されることなく目を剥いてキワコに詰め寄った。
「完成させることが、ミサキの将来のためになるのか? いや、これは外野が言うことではないが、MITAKAGemesとしても、ミサキに経験を積ませることで、一流に育ってもらいたいと思ってるわけだが、量産に関わるよりも、その魅力的な絵力を新規立ち上げに役立てたほうがいいんじゃないかと思うんだが?」
「それは、そうですけど、まだ入社して半年ですよ。急ぎすぎじゃないですか? 一本作ることを経験したって遅くないでしょう!?」
「1本作るよりも、力を発揮できるところを集中して実践したほうがいいと思うが? 彼女の魅力は現時点ではアナログで発揮している。無理にデジタルで描画することにこだわるよりも、アナログで力を発揮できる場を用意すべきだろう。そういう意味では、株式会社フィックスの羽多レイコくんはいい判断をしたな。ミサキの強みを発見し、そこに力を注がせたのだからね」
キワコはひとりで納得して頷いた。
その様子に、トモミはますます苛立ち、今にも掴みかかりそうな勢いだった。コナツが肩を掴んでなかったら、飛びかかっていただろう。
「トモミは、ミサキが端の仕事をしてそれでいいと思うのかい? もちろん最終的にはミサキが決断すべきだが、彼女の人生のたとえ数ヶ月だとしても雑務にかまけさせていいというのかな? これからミサキに割り振るタスクは、今やらなければいけないことなのか? いや、雑務は暴論だが、プロジェクトのために個人の才能を封殺するのはMITAKAGemesのビジョンと逸脱する。全員が、それぞれの強みを活かし、生涯現役で仕事をする。それに寄って、ゲーム業界という不安定な市場で、生涯年収2億以上を社員全員が獲得するのだよ。会社に所属する人間の個々のエゴを捨て、個のプロジェクトのエゴを捨て、会社を発展させる。それが将来的に飛躍する原動力となる」
「わかってますが、人情はあります」
トモミは吐き捨てるように言い放つが、キワコは全てわかっているというような笑みを浮かべて答える。
「だから、ミサキに選ばせるんだよ」
キワコは、ミサキに顔を向けた。
「見苦しかったが、プロジェクトのためではなく、自分のために決めてもらいたい。君が飛躍することが、MITAKAGemesのためにもなるんだ」
温かい眼差しでキワコはミサキを見下ろす。
「すみません、私、まだわかりません……」
「当然だろうね。考える時間はある。このまま続けて見てもいいし、新しいのに参加してもいい。いい判断を期待してるよ」
キワコはまだ苛立っているトモミの肩をぽんぽんと軽く叩き、戻っていった。
キワコの姿が見えなくなってから、ミサキはコナツに尋ねた。
「私、どうしたらいいか。決められないんですが……」
「難しいよね。ある意味ドライにならないと途中で抜けられないよね。でも、量産でやるべきことは、今やらなくてもいつでも出来るから、ミサキちゃんの才能を伸ばすなら、新しいプロジェクトに参加してもいいのかもしれない。トモミが言うように、人情もあるから、私が話すと押し付けることになるかな……」
コナツは顔をしかめながら、曖昧に話を切った。
トモミは何も言わずに席につくと、自分の作業を黙々と始めた。
ふたりが、残ってほしいと言えばミサキは残るだろう。だからこそ、ふたりは何も言わなかったのかもしれない。
ミサキは何となく宙ぶらりんになってしまったようで、寂しさを覚えた。
その頃、株式会社フィックスのカナにも新規プロジェクトの立ち上げ話が舞い上がっていた。
まさにミサキと同じように言葉を失ってその話を聞いていた。
「部門として、来期の利益を確保するためには12月には新しいプロジェクトの立ち上げを進めないと、来期の利益が担保できないんだよね」
レイコはだるそうに言って天井を見上げた。
「でも、私たちまだプロジェクトの途中ですよ」
「もちろん、現在のプロジェクトは最後までやるよ。兼任して新しいのを立ち上げるって話。今立ち上げると、プリプロとリリースが被って、死ぬぞ……。ダマテンで立ち上げ時期遅らせたいけど、上からの圧力もひどいしな……」
レイコはひとりごちりながら目を閉じた。
カナは、ふたつ同時にゲームを作るなんて可能なのかと、疑問しかなかった。
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