第23話:絵の評価(M)

 三鷹駅南口のファミレスで、ミサキはカナの到着を待っていた。

 普通、開発会社の人間が制作側の人間と、個人的に接触することはあまりない。しかし、カナはミサキの絵の悪い部分を素直に指摘してくれるため、出来上がったイラストを見てもらいたく連絡を入れてしまったのだ。

 入口にカナの顔が現れたことに気づくと、ミサキは立ち上がって手を振ってアピールした。

「すみません、三鷹まで来て頂いて」

「気にしなくて大丈夫。あまりこっち側来ないから、興味本位もあるし」

 そう言ってカナは笑みを零した。

「ご飯まだなら、先に食べちゃお」

 カナは座りながら、メニューを取った。

 ふたりは簡単に注文し、食事が運ばれるまでのあいだに、ミサキは絵をカナに渡した。

「印刷したものですが、率直な意見をお願いします!」

 肩に力が入っているミサキに、カナは苦笑いした。

「そんなこわばらなくてもいいよ。歳も他の人よりは近いし」

「絵をはじめて見せる時は、緊張しちゃって」

 ミサキは照れながら舌を出した。

 カナは受け取ったコピー用紙をペラペラとめくった。

 表情は真剣だが、めくる早さは早い。

 ミサキは、駄目だったかなとテーブルの舌で握りこぶしを作った。

「前よりも良くなってると思うよ」

 予想外の返答に、ミサキは跳ねるように驚いた。

「ホントですか?」

「うん、正直に言うとね……。でも、まだ垢抜けてないカンジがするけど、逆にこの拙さが惹きつける人には引きつけるのかな、って」

「拙いですか?」

「うん、頑張って描こうとしてるところが見えて、空回りしているって言うか~……。難しいね言い方。でも、前に比べるとキャラクターの顔つきも良くなってるから、なんかミサキちゃんの気持ちが入ったとかあるのかな?」

 カナの評を聞いていて、ミサキはため息をついた。

 パッケージになったとき、新人という肩書など一切通用しない。お客さんは、新人だろうが、ベテランだろうが、良いものを買うだろう。カナに褒められたことは嬉しいかったが、絵描きとしてはイマイチ納得行かない評価だった。アナログ――絵筆を使った水彩画やアクリル絵の具を使った彩色なら、10年以上経験があり、カナが言う頑張っている感じを出さずに絵を完成させることが出来るだろう。

 問題は、デジタルのツールや描画になれていないことが要因である。

 しかし、それは言い訳にすぎないことをミサキは自覚していた。MITAKAGemesがミサキのアナログ絵を見て、将来的な可能性を見つけ、青田買いしたことや、アートワークの中心にコレたことは偶然だ。チャンスを物にする脳力が、現時点でないことの言い訳を他人になすりつけてはいけない。

 ミサキは、カナの批評を受けながら、描き直しを決意した。

 ミサキがMITAKAGemesに入社できたのは、MITAKAGemesに新人を教育するだけの資本があることが大きい。普通の中小企業では、そもそも無駄な人件費をかけられないため、即戦力にもならない新人は不要だし、大手であれば有名美大卒がこぞって就職を希望する。MITAKAGemesだからこそ、ミサキは就職できたといえるだろう。

「描き直します」

 ミサキは、決意を込めるように呟いた。

「え?」

「いま、妥協して中途半端なものを出すよりも、ちゃんとしたものを出したほうがいいと思うんです。だから、描き直します」




 ミサキの発言に、カナは頭をフル回転させていた。

 彼女が考えていたことはただ一つ。

 スケジュールの余力だ。

 本プロに入ってはいたが、グラフィックの全体の進捗が芳しくない。それはひとえに、メインキャラクターやアートワークの方向性が定まっていないことに起因している。これをミサキに話す訳にはいかないが、彼女が方向性を指し示す一手を刺さない限り、スケジュールの遅延は免れないだろう。

 今から新たに描き直すということは、これまで制作した時間を白紙に戻し、また同じ時間をかけることと同義だ。プリプロの4ヶ月間で成果が出ないものを、本プロの7~8ヶ月と言う期間の間でもう一度チャレンジさせてよいのかどうか……。カナには判断がつかなかった。

 いや、むしろカナは反対すべきだという思考が生まれている。現在出来上がっているものも丁寧に描画されていて、悪くはない。悪くはないのだ。それを帳消しにされると、全体の制作スケジュールに影響が出てしまう。

「……描き直すって、全部?」




 カナに緊張が走ったことは、ミサキの目にも明らかだった。

 言葉を選んで話している。

「全部、です。駄目でしょうか」

 だから、ミサキはさらに切り込んで尋ねた。

 先に駄目と言わせないように。

 カナは言いよどんでいた。

 注文した食事が運ばれ、テーブルに並べられても、カナは長考したまま微動だにしない。

 やがて、彼女は絞り出すように答えを言った。

「ここで、判断するのは早すぎると思う……」

 ミサキは、カナの次の言葉を待った。

「ゲーム制作は、ひとりで作ってるわけじゃないもの。全部の要素が集まって、全体を見たときにその評価が決まるんだよ。自分の絵に納得言ってないのかもしれないけど、それは皆と話をして決めるべきじゃないかな? もし今書き直し始めたら、いつ完成するの?」

 ミサキは、返答できなかった。いつ納得できるものが完成するかなんて答え、本人にわかるはずがない。

 ミサキは諦めたようにうなだれて、「わかりました」と呟いた。

「書き直しが駄目って言ってるわけじゃないよ。まずは、トモミさんやコナツさん、レイコさんに絵を見てもらおうよ。明日、レイコさんの時間が大丈夫なら、MITAKAGemesに行くからさ」

「よろしくお願いします」

 ミサキは、テーブルに手をついて頭を下げた。

 カナに対して、絵描きのわがままを言ったことに対する、彼女なりの謝罪の現れであった。

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