第22話:低予算ゆえに~不穏(K)

 社食――パーラーで昼食を取っていたカナは、ため息を付いた。

 周囲の賑やかな雰囲気が煩わしいと感じることはなかったが、気分は滅入る。

「今日のランチ不味かったの?」

 珍しくパーラーに顔を出したレイコが、隣の席に座る。

「そういうことじゃないんですが……。珍しいですねレイコさんがパーラーにご飯食べに来るなんて」

「この後打ち合わせが入っててね。外に食べ行ける余裕なかったんだよ」

 言いながら、レイコはランチのサラダを掻き込んだ。

 箸を止めていたカナは、レイコに尋ねた。

「今作ってるゲーム、RPGなんですよね?」

「そうだよ」

 当たり前なことを聞くな、というようにレイコは眉をひそめる。

 本プロに入り、本格的な制作が始まったのだが、カナには幾つか気がかりな物があった。

 新しいブランドを立ち上げようとしているところで、本当に現在の戦略が正しいのか。進めていくうちに疑問が生じて来たのである。

「RPGなのに、シナリオがないっていうのは、なんだか不自然な気がします」

 カナは疑問のひとつを口にした。

 レイコは、食べているものを飲み込んでやれやれというようにカナを横目に見た。

「シナリオはあるじゃん。仕様書に書いてあったでしょ。読み飛ばしたの?」

「読み飛ばしてません! 導入と、ボスがいてそれを倒すだけ。途中に会話もないし、村人との交流も、ライバルもいないんですよ。本当にRPGの体験としてよいのか……」

「うーん、やっぱ読み飛ばしてるな」

 レイコは苦笑しながら、食事を続けた。

「ロール、プレイング、ゲーム。私たちが作っているものは、アドベンチャーゲームじゃないよ。世界に浸る=スマートフォンと言うデバイスを使って、仮想世界に入り込み、それぞれの役割を演じるゲームを作ってるわけよ。ここで言う役割は、テキスト上の主人公ではなく職業のこと! 周りの友達と違う職業を選んで、ひとつひとつハードルをクリアしていくことで、ゲームの中をロールプレイングするのよ。テキストで読ませるものを作るなら、コンソールでやるし」

「でも、RPGの新規ブランドと言うには弱いんじゃないでしょうか?」

 なおもカナは食い下がった。

「そんなことないよ。フェザーファンタジアやダンジョンクエストの株式会社フィックスが送り出す『ファンタジー世界に入り込めるRPG。友達とパーティを組んで、仮想現実を旅しよう!』って言い方なら十分引きはあるよ。そもそも、このゲームのコンセプトは、『重厚なシナリオ体験』じゃないし。重厚なシナリオ体験を求めてるお客さんにはがっかりだけど、そもそもそれはウチの客じゃないからね。サービスの範囲外。私たちがサービスを提供するのは、『ファンタジー世界に入り込みたい人』だけだよ。そこを間違えて、ゴテゴテしく着飾ってもプロジェクトの進む方向が迷うだけだよ」

「それはつまり、株式会社フィックスと言う名前を使って売るってことですよねぇ」

「そだね。お客さんがフィックスに求めてるのはファンタジー世界観のRPG。だから、まずはそこに向かって集客する。人がどんどん増えてきたら、マスに売るけどね。基本はニッチ戦略でいかないと、新規ブランドはコケるよ。いや、何個もコカした私が挫折から得た教訓だから間違いない、と思う今回は……」

 レイコは、最後自信がなくなるように言葉をしりすぼみさせていったが、表情は明るいままだった。

「あ! ゴメン打ち合わせ!」

 時間を確認したレイコは、話を早々に切り上げると、勢い良くご飯を口に含み席を立った。

 去っていく後ろ姿を見送りながら、カナはひとり呟いた。

「でも、BGMも社内の人が作るなんて……。せめて有名クリエイターを使えば箔が付くのに」

 愚痴っても無駄だということは、先刻承知。しかし、ブランドの魅力がゲーム本編しかないため、プロモーションの引きが弱いのではないかと、どうしても心配になる。頑張っているミサキには申し訳ないが、有名イラストレータ参加・有名作曲家参加と言った既にファンを持っているクリエイターが参加することで、集客範囲が広がるし、ブランドの価値が上がるのではないかと、カナは思っていた。

 ただ、それは人をプロデュースすることであって、コンテンツのプロデュースとは一線を画す。理想論ではあるが、作っているものに魅力があれば、有名クリエイターの名前を出す必要はない。いや、そもそもコンテンツのブランディングには有名クリエイターは不要なのだ。

 失敗=投資したお金を損を出来ないと言う感覚が、カナ自信にも芽生えたため、何かにすがりたいと言う気持ちが出るのはいたし方ない。

 カナは、食欲が減衰して来ていることに少し自覚していた。


 その時、スマホが鳴った。


「ミサキ……?」

 自分の不安を察したのか、と疑うようなタイミングだった。

 先の打ち合わせで二人になったとき、連絡先を交換していたのだ。

 メッセージが届いていた。

「今日? 突然どうしたんだろう」

 メッセージには、今日の夜ご飯を食べようという誘いの文言が記載されていた。

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