第20話:共闘(M)
テストプレイのアンケート結果が良くなかったことは、ミサキにも伝えられた。
もちろん、グラフィックの面で足りなかったという評価ではなく、ゲームプレイの面で今ひとつと評価されているため、ミサキの絵が間に合わなかったことが問題ではない。しかし、自分の能力がプリプロで役に立たなかったことはミサキの中でシコリとして残っていた。
その為、アンケート結果が出たあとの打ち合わせには珍しくミサキも参加する意思を示した。
依然としてプリプロの成果物の開発が進行しているため、レイコとカナが、MITAKAGemesに訪問する形で定例が開かれていた。
「アンケート結果が奮っていないことは伝えた通りだけど、今の結果でも承認会に通すことは難しくないと思う」
レイコは言った。
「ゲームの評価自体は、普通。可もなく不可もなくという評価だから、本プロでクオリティと必要な要素を組み込めれば商品として出せると説得できるはず」
「レイコが言うなら、フィックス側はそう動いてもらって、開発はこのままプリプロの成果物を作るけど。なんか釈然としないよね」
トモミは、気合が入らないのか、脱力して崩した姿勢で椅子にもたれかかった。隣りに座ったコナツは注意したそうにしていたが、今回ばかりは彼女自信もアンケート結果に気落ちしているのか静かにしていた。
プロデュースするフィックス側が、本プロに進ませると言う以上、開発側は何も言えない。本プロに進んでもいいと思える成果物を納品する以外に、プロデュースサイドに協力することは出来ないのだ。
ミサキは、議事録を取りながら、ゲームをプレイしているカナに気づいた。
「おもしろいですか?」
おもむろにミサキがカナに尋ねる。
「おもしろいところを探してる感じですかね」
カナは苦笑した。
「そのモンスター、火が弱点ですよ」
「そっか、じゃアイテムでファイアボムが……。あ、持ち物持てなくなって捨てちゃったんだ」
「じゃあ、ゴリ押ししかないですね」
ミサキは笑みを浮かべた。
カナがタップして、画面に表示されたモンスターに攻撃していく様子をミサキや他のメンバーが見守る。みんな打ち合わせに身が入っていないのだ。
スマホの画面をタップする音が続く。
その様子に、レイコが吹き出した。
「カナ、下手くそだな。横にフリップすれば背後に回り込めるんだぞ」
「え? そうなんですか?」
カナは画面を横にフリップする。すると、モンスターの真横に画面が移動した。モンスターが振り返ろうとしたところで、もう一度横にフリップし、背後に回り込み画面をタップする。
画面が赤く明滅し、モンスターが消滅した。
「知らなかった~!」
ミサキは声を上げて目を輝かせた。
「なにこれ、面白い」
カナも顔を明るくする。
二人の様子に、トモミとレイコが脱力した。
「仕様書にも書いてあるし、最初のチュートリアルで説明あったろ」
「すみません。文字が苦手で……」
「私も、飛ばしちゃってました……」
ミサキとカナは、2人揃って肩を落とした。
その様子に、場の空気が和んだ。
ミサキはふいに、実家でゲームをプレイしているときも、友達と一緒にやっていたことを思い出した。
一本のRPGを友達の家に集まって、あーでもないこーでもないと話しながらプレイする。
「足りないのって、コミュニケーションじゃないですか?」
その言葉に、周囲は目を瞬いた。
「上手く言えないんですけど、RPGの世界に浸るとき、プレイする時はひとりなんですけど、友達とどこまで進めたか話したり――、わいわい楽しかったのが、なんかその世界に浸ってる気持ちになったと思います。ツイッターとかで好きなゲームの世界の話をしてる人を調べたり、仮想現実でRPG体験するときにも、それが必要なんじゃないでしょうか? 仕組みだけじゃなくて、人の交流がないから、普通のRPGに見えちゃう……のかもです!」
ミサキは、高校生の頃や、中学、小学校でのことを思い出しながら話した。彼女のゲーム体験には、常に周囲やネット上でのコミニュケーションがあったのだ。
「あっ……」
レイコは、呆けたように声を上げた。
「だから、3on3なんだ……」
「どういうこと?」
トモミは首を傾げた。
「もともとコンセプトで上げてた3on3は、人とのコミュニケーションを差してるんだよ! そして、コミュニケーション部分の技術=サーバ間のユーザの同期は、MITAKAGemesのエンジニアの強みでもある……。つまり、ゲームの強みと、MITAKAGemesの強みが生かせなかったから、テストプレイでも【普通】といわれたんだ! さっきミサキちゃんがカナに、そのモンスター、火が弱点て言ったとき、ミサキちゃんが実際にプレイして、カナと同じ敵と戦ってたらどうする? 火で援護するよね? そしてモンスターがミサキちゃんの攻撃を受けて怯んだところを、カナが攻撃する」
レイコは強い口調で続けた。
「ゴメン! 私の完全にミスだ! 目指しているVRPGのコンセプトで、3on3は外しちゃいけなかったんだ。仮想現実でのRPG体験を促すためには、ひとりではなく周囲の人、隣りにいる人が必要なんだよ!」
ミサキはカナと思わず顔を見合わせた。
――出現したモンスターと一緒に戦っているイメージが頭の中を駆け巡った。
そして、ミサキとカナは同じようにほほ笑みを浮かべた。
「共闘を入れるとしてもローカル通信だけど……ほとんど通信周りは手付かずで、間に合うかな」
コナツはテーブルに広げたスケジュール表を指差す。
「無理なら口頭で説明するよ。問題点と、なぜプリプロ時にそれが解決できてないのかを話せば、本プロの承認は得られる」
レイコの言葉に、トモミは首を振った。
「可能なら入れたい」
そして、コナツに視線を向ける。
「エンジニア、増員しよう」
「え? これ以上は……」
「わかってる、後で話そう。だけど、ここがウリのポイントだからそれを作らない訳にはいかない。正しく評価してもらって、本プロに進まないと、プロジェクトの方向性がブレる」
コナツは食い下がろうとしたが、トモミの視線を受けて口をつぐんだ。
この時、レイコはふたつの想定をしていた。
ひとつは、共闘部分を作れずに現状のテストプレイのバージョンをプリプロの成果物にし、本プロの承認を取りに行くパターン。この場合は、プリプロ承認時に通した本プロ予算がプロデューサの財布に降りてくる。
そしてもうひとつは、共闘部分まで完成し、重役に本来の想定される面白さが見せられるパターン。おそらくMITAKAGemesはそこを作るために、増員し、利益を削るか、プリプロは赤字を覚悟するだろう。本来そこは、開発会社の持ち出しであるため、フィックスが気にするところではない。しかし、十分に力を使ってもらうには、その分を本プロ時に補填した方がプロデューサとしての例この役目だ。つまり、本プロ時の予算を修正し、増額した上で承認の提案をする。
レイコは、どちらのパターンになっても動けるように、すぐに修正予算を作成した。
現時点でプロデューサが身を削る開発に報いるには、それくらいしかないのだ。いや、正確には、増額の予算を取ってくるところまで動かなければいけないのだ。
見るからに闘志に火がついたトモミを見て、そして、ミサキのカナのプレイする姿を見て、レイコも期待を高めた。
そして、MITAKAGemesのメンバーはレイコの期待通りの成果物を納品し、レイコはそれを持って承認会に挑み、重箱の隅を突っつくような重役の問いかけを全て捌き切り、予算の増額を勝ち取っってきた。
後日、ミサキはその話を聞き、次は自分が頑張る番だと、真っ白な紙面にペンを走らせた。
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