第19話:アンケート(K)
「カナ、プレイしてみた?」
MITAKAGemesからアップされたモックをプレイしながら、レイコが尋ねてくる。
ゲーム内容の基本要素は組み込まれ、モンスターとのバトル部分がプレイできるようになっていた。ふたりとも会社から支給されたスマホにそれを入れて、遊んでみているのだが……。
「一応、触ってみましたけど、まだ途中のものなので……」
「そういうものだよ。仕様書を読んで完成形を頭に浮かべながら操作しないと。でも、なんか一味足りない気がするんだよね。普通のカードゲームでRPGしてる感じで、ピリッとしたこのゲームならではの味が見えない」
レイコは椅子の背もたれにより掛かりながら、天井を見上げた。
「このままの状態でアンケートとっても、良い結果が出るとは思えない」
「作り込まれれば、違うんじゃないでしょうか?」
「うーん、このゲームの特徴が、最後に作られるのはマズイよねー。最初に尖った部分を作らないと。そこがウリでしょ。ブランディングするにも、特徴なのは『ココ!』って言わないと、お客さんにも刺さらない。開発側で振り切れ得てないのか、そこが見えてないのか……。当初のスケジュールを変えたせいで、本来力を使うべきところと違うところに力点が置かれているか」
「絵が決まらない、ことが原因でしょうか?」
「いや、絵は添え物だよ。今回はね。『ゲームの世界観に浸れること』の付加価値が見栄えで、浸れるための仕組みを作らないと行けないんじゃないのかな」
そう言われても、カナに明確な答えを出せるわけもなく、レイコの質問は宙に浮いたままとなってしまった。
テストプレイのアンケートには、社内のゲーム開発者やプロデューサに参加の承諾を貰っていた。一番目の肥えた人にチェックを受けるからこそ、ポイントがぼやけていると評価されないことは容易に想像できた。辛口意見ばかりだと、プリプロの成果が出せず、ここで開発を止められる可能性もある。もちろん、それを改善点として本プロに進めるように調整するのもプロデューサの仕事ではあるが、レイコは自分自身、まだ作っているゲームの面白さを捕まえきれていないことに一抹の不安を感じていた。
カナも同様に不安を感じていたが、彼女の場合は、経験の浅さから完成形を想像できないことに起因している。プレイしながらアンケート項目を作成していると、評価されないような気がして焦りが募ってくる。
「レイコさん……」
カナはノートPCから手を話した。
「私たちの考えている不安を、開発に伝えるべきではないでしょうか? 言わないままモックが完成するよりも、言って完成を迎えるほうが後悔しないと思います」
「後悔ねぇ……。制作サイドがまとまってないことを言うと現場が混乱するよ。言うなら話す内容をまとめてのほうが良いと思うけどな」
フィックスとMITAKAGemesの関係は、いうなれば主従の関係である。主が気になるから直せと安易に言えば、従=開発側は、それに従わざるをえない。カナは大きなお金が動く対外的な仕事の経験がないため、平等に意見を言い合うようにしたほうが良いと考えがちだが、レイコは主が気まぐれに話をして、だめになったプロジェクトをいくつも見てきている。躊躇するのは当然だった。
しかし、カナは譲らなかった。
「疑問を述べるのは良いのではないでしょうか? それを解決するための知恵を出し合うのです。駄目だと思いながら作らせるほうがプリプロのお金を無駄にしているように思いますし……。プリプロだからこそ、混乱してもまだ間に合うかも、と」
レイコは一瞬いい顔をしなかった。しかし、カナは続けた。
「それにミサキさんも言ってたんです。後で言われるより、先に行ってもらったほうが頑張りがいがあるって」
頭に手をおいて黙り込むレイコに、カナは自分の言葉を告げた。
あとの判断はプロデューサに任せるしかない。
カナは、考え込むレイコを真っ直ぐに見た。
やがてレイコは、頭を掻きながら大きく息をついた。
「わかったよ。わ・か・つ・た……。話に行くから、連絡入れておいて」
レイコはそう言って、席を立っていった。
カナはすぐにMITAKAGemesに電話を入れた。
トモミは、レイコとカナの言葉を聞いて呻いた。
「言いたいことはわかった」
レイコは、申し訳なさそうに言う。
「明確にどうすれば改善できるかまでは、こちらも答えを出せてないの」
「いや、あたしも悩んでたところだから、疑問に思ってるなら言ってくれたほうが嬉しいよ。だけどどうするかな。バトルを面白くする? それだと他のアプリと変わらないじゃんね。でも、RPG体験に集中させるなら、一旦バトルを改善するのは正しい選択か?」
トモミは自問するように話した。
そこへコナツが、一言フォローを入れる。
「エンジニアの工数が詰まってるから、あまり大きい変更は入れにくいよ」
「わーってる! RPGの面白さをを出すなら、プレイヤーの成長を感じさせるようにしないといけない。現状、アイテムを取得した後の挙動が、資産が増えるだけの見せ方だけだから、装備を作って――だと工数がかかるから、アイテムをバトルで利用出来るようにして、資産を流動させれば、バトルをプレイするモチベーションにもつながるし、ゲームサイクルもまとまりそうか……。コナツ、スケジュールを出してくれる?」
コナツは、全タスクの線表を印刷したA3サイズのコピー用紙を広げた。
トモミとレイコが覗き込むようにして、スケジュールを確認する。
「カナ、来月の承認回の日程は?」レイコが言う。
「8日と27日です」
「テストプレイの日程を後ろだ押しにして、アンケートの集計期間を見直せば、もう少しバッファー持てそうだな」
レイコがつぶやき、トモミは顔を挙げずに聞き返す。
「バッファーは何日?」
「2日程度」
「カレンダーだと土日がかぶるから、プラス4日。カオルコのタスクに余裕がありそうだな、コナツ確認しておいてね」
トモミの言葉にコナツが頷いた。
スケジュール表を覆いかぶさるように確認していたトモミは体を起こして握りこぶしを作って大きく発声した。
「『最小のゲームサイクルを回せるようにする』コレで行くよ! バトルを作り込んでも、他のアプリと差別化出来ない。要素を循環させることで面白さを出す!」
その場にいる全員が、同意した。
一縷の望みを託すわけではなく、それで勝負をかけようと強い意思を持って。
そして、開発が最後の追い込みをかけてモックは完成した。
しかし、アンケートの結果は振るわなかった。
【普通】
テストプレイヤーの殆どが、ゲームを遊んで可もなく不可もなくと言う、中途半端な判決がくだされたのだった。
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