第18話:企画力と調整力(MK)

 ミサキがゲームのUIの仮データを作成しているあいだ、背後では坂上コナツと宮元トモミ、そしてエンジニアの3人が進捗確認を行っていた。

「職業――白魔術使いの仕様がまるまる残ってるのが、厳しいかな。攻撃系の戦士と黒魔術使いは基本設計は似てるから、プリプロの段階では前倒しできる。トモミが言う黒魔術属性を3種ってのも、戦士の物理含めて敵のパラメータに組み込めるようにしておくから、バランス調整も作業はできる」

 エンジニアの米田カオルコが滔々と述べた。普段からぼんやりとした印象で、何を考えているのかわからない女性だが、トモミやコナツには腕を見込まれて一緒にプロジェクトを運営している。

「回復系は、前のプロジェクトで作った仕組みから大きく変えないつもりだから、2日待ってくれれば、枠組みだけ作る」

「わかりました。であれば、そのあいだに敵を倒したときの挙動の設計を進めておく。基本形は過去の流用で……、1営業日で出来ると思う」

「わかったよ! 1日でまとめるって!」

「ありがと」

 カオルコは、ペコリと頭を下げて自席に戻っていった。

 その背中を見ながら、トモミは頭を抱えて、自分の席にドカッと座り込んだ。

「くっそー、今日中に敵のドロップの仕様書切らないとカオルコの手が空いちゃうぜ」

「ウチもそろそろ汎用のフレームワークを作らないと、開発の手が回らなくなりそうねぇ」

 コナツは席に腰を下ろしながら言った。

 反論するようにトモミは手を大げさに振って、

「隣のコンソールが終われば、新規立ち上げチームと、フレームワークチームに分けてやるって話だから、私らが今言っても同しようもないない! さ、仕様書切らないと~」

 と仕事に戻った。

 コナツはその様子を微笑ましそうに見ながら、視線をミサキに移した。

「ミサキちゃんの進捗はどう? 最小限のフラットデザインでかまわないからね」

「はい、持ってるタスクは今日中に終わりそうです」

「なら、明日からまたデザイン作業に戻れるね」

 少人数で制作しているため、ミサキはアートワーク業務以外にもグラフィック周りの作業が振られている。実際にはミサキと分担して、ベテランの中田アツコが作業に加わっており、ミサキはアツコから指示を受けながら業務に取り組んでいた。


 現在の全体の進捗状況を見ると、プリプロの制作物に対して、仕様の確定が60%終わり、実装作業が40%、インターフェース周りのデザインが55%終了している段階であった。全体の繋ぎ込みを行ったあとのデバッグや調整などの期間を考えると、かなりギリギリの進捗状況と言える。




 その頃、株式会社フィックスでは、送られてきた仕様の確認や、ゲームの面白さを調査するための準備に追われていた。

「レイコさん、業務サポート部から、会社で使ってるリサーチ会社の資料もらいました」

「わかった。ざっと目を通して連絡しておいて、打ち合わせが必要だったら今週の開いてる時間に入れていいよ」

 レイコは、机の上の資料から目を離さずに言った。彼女はトモミが作成した仕様書を全て印刷して、全項目に対してチェックを入れていた。不明瞭な点や、問題点に赤を入れ、トモミの見解を確認した。売り物となる商品を作るためには、作品を作る開発ディレクターの視点とは別に客観的な消費者視点で仕様を精査しなければ行けないのだ。

 理解しやすさや、余計な要素が入っていないか入念に見ていく。その為、かなりの時間を仕様書チェックに使うため、ゲームのアンケートリサーチについては、カナが主導で動くよう言われている。

 カナは業務サポート部の資料に記載されている電話番号に電話をかけ、リサーチのあらましを伝えた。

「その内容でしたら、会場を押さえて実際にプレイいただいての調査が一番適切かと思いますね」

「会場を……ですか」

「ええ、守秘義務の契約を予め結んでおります弊社に登録済みのテスターに集まってもらい実際にプレイして検証・ヒアリングするのが、ご希望の通りの調査内容になると思いますね」

 カナは、一語一句そのまま電話口で繰り返す。レイコがそれに気づき、手元のコピー用紙の裏に走り書きをする。

  1)規模の確認

  2)費用の確認

  3)スケジュールの確認

 カナはそれを見て頷いた。

「具体的に、精度の高い調査をするにはどのくらいの規模と、費用感、スケジュールをお見積でしょう?」

「そうですねぇ……。精度の高さで言いますと、1週間程度で、厳選した70名にプレイしてもらうのが良いでしょうね。費用はテスターへのヒアリングの個数にも寄りますが、だいたい150万以上を想定いただけると良いかと思います。一度に何十人もプレイできるのであれば、広い会場を抑えて一気にプレイしてもらって、ウェブでアンケートに答えてもらうという事もできるかと思います。その場合ですと場所の費用を抑えられますので100万程度まで落とせるかと」

「たった70人で、精度が高くなるのでしょうか?」

 カナは、レイコの指摘した内容とは別に、疑問を伝えた。

 たった70人で済むなら、会社の社員に頼めばいいではないかと思ったからだ。新卒30人と、部署のメンバー40人でちょうど70人ぴったりだ。

「ランダムに被験者を抽出する場合、集計データに揺らぎが出ないよう沢山の被験者を用意しますが、今回の場合ですと、特定の条件下にいる被験者にて調査したほうが、具体的に製品の評価ができると思われます。特定条件下の被験者の場合、ランダムに抽出するのとは違い、膨大な被験対象者の中からスクリーニングして――つまりふるいにかけて厳選するため、結果として人数が絞られるわけです」

「わかりました。一旦費用感を検討いたしますので、改めてご連絡差し上げます」

「あー! ひとつ御社向けの割引サービスもございますので、もしご検討いただけそうでしたら後日お打ち合わせの機会をいただければと思います」

「承知いたしました。合わせてご検討させていただきます。失礼致します」

 カナは、なお営業しようとする相手を制し、電話を切った。

「どう?」

 レイコが横目で尋ねてきた。

「社内でやったほうが良いと思いました。RPGの専門家に話を聞いたほうが良いらしく、であればそれに適した被験者は株式会社フィックスの社員だと思います」

「うん、言えてるね」

 レイコはカナの提案にニヤリと笑みを浮かべた。

「じゃあ、うちの部署のプロデューサと開発部門のディレクターに話してみるよ。うちの部署への依頼は任せていいかな?」

 カナは頷いた。

「大丈夫です。せっかくなので同期のメンバーにもテスターになってもらっていいですかね?」

「もちろん」

「ありがとうございます。アンケート内容も私の方でまとめてしまって大丈夫でしょうか?」

「任せる。出来たら目を通すからメールで送っておいて」

 そう言ってレイコはまた仕様書に視線を戻した。

 社内のメンバーの方が、外部の人よりもひと癖もふた癖もあることを知らないカナは、意気揚々とアンケートをテキストで書き始めた。


 アンケート用のROM完成まで残り2週間。

 そして、プリプロ期間の終了まで、残すところ7週となっていた。

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