第17話:迷走~信じる(M)

 トモミからメールが届いたとき、ミサキは打ち合わせが終わったから帰宅の連絡を入れてきたのだと思った。

 しかし、『フィックスのふたりも一緒』と言う言葉に、シャーペンを持つ手が震えた。


 進捗を確認しに来るだけなのだが、訪問の理由がわからないミサキにしてみれば最後通告をしに来るのではないかと、気が気でない。メールにはこれまで描いた絵をまとめておくように指示が記載されていた。

(これを見せるのか……)

 絵がフィックスのゲームに見えないと言われたあと、まずはゲームの方向性を決める主人公のデザインに着手した。主人公のデザインを元に、世界観やゲームのUIのデザインを決めていく。全デザインの始点となるため、注意深く、そして力を込めてデザインを起こさなければいけない場所である。

 しかし、その重圧がミサキの思考を阻害していた。

 特別良いというアイデアも出ず、描いては消し、描いては消しを繰り返すだけで、どんどん時間が過ぎていく。やむを得ず先行してUIを作ってみたが、全体の画面にまとまりがなく中途半端なところにとどまっていた。

 それでも、指示は指示である。ミサキは描き溜めたものをかき集め、開発ルームのドアの脇にあるテーブル――オープンスペースにそれらを運び込んだ。枚数があるため努力の跡は見えるが、決定打に欠けるため、ただのパフォーマンスでしかない。




 程なくトモミとコナツは、羽多レイコと安住カナをつれてきた。

「悩みの跡が見えるねぇ」

 レイコは、ミサキの描いた原画を一枚一枚確認しながら呟いた。

 カナもその後ろから覗き込み、渋い顔でミサキの原画を見ていた。

 MITAKAGemesの3人は、フィックスの2人が何を発言するのかを緊張の面持ちで待っていた。

「なんだろう、線が硬いね」

 レイコは、首を傾げた。

「提案書に載ってたキャラより、魅力にかけるよ……」

 レイコの言葉に、トモミは「提案書に乗せた画像印刷して持ってきて」とミサキに指示を出す。

 ミサキが印刷した画像を見せると、レイコは一言「うん、やっぱり今のラフのほうが硬い」と漏らした。

「ちょっと萎縮してるね?」

 レイコは、横目でミサキを見る。

「自分ではそんな気はないんですけど……」

 ミサキは、しゅんと肩を落とした。

 そんなミサキを慰めるように、トモミが肩に手をおいた。

「描くしかないよ」

「はい」

「描いて描いて、納得するものが出来るまで描くしかない。それで駄目なら、……変える」

 ミサキの方に置かれたトモミの指先に力が込められた。

 トモミの言葉に、レイコもカナもそれ以上ミサキの絵について言及するのをやめたようだった。

「スケジュールを入れ替えよう。コナツ、UIを先行して作ろう。プリプロの成果物は――調査用のゲームは、仮絵でも、ゲーム性でフィックスのRPGを体験できるって言わせるものにする。だから、ミサキの絵の完成は本プロまで待つ」

 視覚情報に頼らずに、ゲーム性だけで勝負するというトモミの発言は、ミサキにアートを依頼した自分への覚悟の現れかもしれない。しかし、トモミ以外のメンバーは、そこまでミサキに期待をかけて良いのか――ミサキ自信も決め兼ねていた。

 その空気がトモミに伝わったのか、彼女はミサキにニッコリとした顔を向けた。

「コレが、才能を信じるってやつだよ。だけど、駄目なら、切る!」

 毅然と言い切るトモミに、ミサキは背筋を伸ばして頷いた。

「はい!」




 トモミの決断で、スケジュールに微調整が入った。

 そのすり合わせのため、コナツとトモミ、レイコが打ち合わせをしているあいだ、ミサキとカナはラフの原画を見ながら待っていた。

 カナは、ミサキが描いた絵を吟味しながらゆっくりとした動作で原画を取っていく。

(どうして、打ち合わせに参加しなかったんだろう?)

 その様子を見ながら、ミサキはカナを観察していた。

 カナが、打ち合わせに参加せずに、原画を見てみたいと言ったため、一緒に待っていた。そうでなければ自席に戻って絵を描いているところだった。

 やがて、カナは口を開いた。

「私のせいで、ごめんなさい」

「え?」

「私が絵のことを打ち合わせで話さなければ、迷わなかったかもしれないから」

 カナは、原画をテーブルに戻しながら呟いた。

「羽多さんは、あのとき言うつもりはなかったの。でも私が口を出したばっかりに……」

 そう言って、カナは頭を下げた。

 ミサキは驚いてカナの方を持って、身体を起こさせた。

「何を言ってるんですか! 良いもの作るためには言っていただいたほうが良かったですよ! それに遅かれ早かれ、いつかは絵の問題に直面してました。突然駄目って言われるより、早く言ってもらえて、頑張りがいが出たってもんですよ!!」

 ミサキは、落ち込むカナに元気よく言った。

 実際のところ、知らずに裏で『駄目だね』と言われるよりも、先に不満があることを伝えてくれたことには感謝していた。そうでなければ、何も考えずにデザイン作業をしてしまっていたのだから。そして、何も知らないままプリプロや本プロのタイミングで、駄目だからと交代を宣言される。こんな悔しいことはない。だったらはじめから伝えて貰って、頑張ってチャレンジしたほうが良いではないか。

 ミサキは、カナに感謝していた。一切恨みの感情はない。

「私、頑張りますから、どんどん指摘ください!」

 ミサキはカナの手を握って自分の意志を伝えた。

 カナは「わかった、ありがとう」と言って、目をうるませた。

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