第16話:新ブランドを作るということ(K)
MITAKAGemesの3人を呼び出して、予算承認の報告と、プリプロのスケジュールについて会話した後、カナとレコは重い空気のまま自席に戻っていた。
「また……、差し出がましい発言をして、すみませんでした」
カナは、先を歩くレイコに声をかけた。
事業検討会でも、重役の発言に反射的に発言していたため、これで2回めである。反省していないと捉えられても仕方がなかったが、レイコは落ち込んでいるカナを見て苦笑するだけだった。
「事前に私とカナで話してなかったのがまずかったね。こっちもごめん。これからは打ち合わせの前に、話をすりあわせておこうか。制作サイドでブレた意見を発信しちゃうと、開発側も混乱しちゃうからね」
そこまで話して、レイコは一度言葉を切った。
「でも~、カナは納得いってないみたいだけど、どうなの?」
レイコは探るような視線をカナに向けた。
「確かに、かわいい感じに寄りすぎているかなと思います。『これ株式会社フィックスのゲーム?』と思われそうな……、ミスマッチが起こりそうだと」
「私もね、同意できるよ。だけど、売り方でカバーできる部分だから、もしこれからリリースまでのあいだにいいえがかけるようになるなら、そのままやってもいいんじゃないかって考えてる。漫画雑誌って読んだことある?」
レイコは、突然話を変えてきた。
「ありますけど……?」
相手の出方を伺うように、カナはおずおず答える。
「新人漫画家がときどき連載開始するけど、連載開始からパーフェクトな作家ってなかなかいないじゃん。それと同じだよ。何か光るものがあれば、その魅力を伝えることで、プロモーションは可能だよ」
「理論はわかりますが、漫画とゲームでは投資にかかってる金額が違うと思います」
「お、言うようになったね。わずか入社1週間ほどで」
カナの返答に、レイコは楽しげな笑みを零した。
「漫画が発売までに係る費用は、人件費と雑誌の印刷代程度。それに対してゲームは莫大な開発費用がかかる。つ・ま・り、新人を起用することが非常にリスキーってことだね。誰だって、有名イラストレータを使って、少しでも集客したいと思うのは、筋ってもんだ」
「なら、どうして有名イラストレータを起用しようとしないのですか?」
「篠田……、ミサキだっけあの子の名前。ミサキの能力が未知数だから、まだ見極めてる段階だというのが、本音だね。確か18で、高卒をそのまま起用してるってことだろ。てことは何かしら光る才能があるってことだ、と思う。MITAKAGemesがバカじゃなければね。プリプロで、光る才能が見えるなら、絵はそこに賭けてもいいんじゃないかなって」
「博打みたいなものでしょうか?」
「いや、売り方の問題かな。いまのところ、そこをウリにするつもりはないから、チャンスを上げてもいいと思ってるわけよ」
カナは、レイコの意見が楽観的な発言にしか聞こえなかった。プリプロで1600万。量産を含めると5000万も6000万も開発費が係る。新人を起用したことがコケる原因になったら、その6000万円が無駄になってしまう。プロデューサなら、コケそうな要素は排除すべきではないのか? カナは、オブラートにレイコに指摘した。新規ブランドを立ち上げて成功させたいという思いが、行動の原動力となっていた。
「違う、と強く思えるなら……、もしかしたら使ったほうがいいのかもしれないね」
レイコはカナの言葉を聞いて、含み笑いを浮かべそう言った。
カナには何を意図しているのか、理解できなかった。
1週間後、MITAKAGemesの坂上コナツと、宮本トモミが株式会社フィックスを訪れた。
プリプロで制作する仕様の精査と、スケジュールについては、すでにメールベースで調整済みだったが、最後の認識合わせを対面で行うために来たのである。
カナはこれまで毎回ついてきたミサキがいないことが気になったが、ふたりは何も言わずに確認作業を続けた。
「OK、行けそうだね」レイコは、メールで確認済みであったが、改めて内容を承諾した。
「行けるように、精査しましたから」
軽い調子で発言したレイコにトモミが小さくつぶやく。
レイコは構わずにコナツに視線を向けた。
「ここから3週間、仕様を密に確認し合いながら進めたほうが手戻りがなく良さそうね」
「チャットやメールベースで、順次ご確認いただき、1週間毎に定例で会話しながら決めたほうが良い箇所を確定させていく流れが良いかと思います」
「それでかまわないです。仕様書は随時メールいただければ確認しておきますよ」
用件を済ませるとコナツとトモミは、MITAKAGemesへ帰社した。
次の定例にも、ミサキは姿を現さなかった。
打ち合わせでは、コナツもトモミも、ミサキについて触れることはなく、ゲームの内容についてレイコの意見を求めた。
カナは、他社の内情のこととは言え、自分が絵のことを口に出したせいで、彼女が気にしているのではないかと気になって打ち合わせに集中できなかった。
「カナ、議事録の手が止まってるぞ」
レイコは、集中力を欠いているカナに気づき注意した。
カナの打ち合わせの場での仕事は、会議内容をテキストに書き残すことである。応接室に備え付けられているディスプレイにノートパソコンの画面を出力し、議案の流れを記録しながら打ち合わせを進める。発言内容に誤認があれば、発言者がそれをその場で指摘し、記録の修正を行う。会話での打ち合わせで、「言った」「言わない」の認識の相違や指示の誤認を防ぐために、議事録は非常に大切な仕事である。
「どこまで進みましたでしょうか?」
「ったく~」
レイコは、遡って打ち合わせの内容をカナに伝えた。
「仕様で不明点があれば言ってくれて良いんだぜ?」
トモミは、議事録を作成するカナに言った。
「疑問点とか、気づいたこととか教えてくれると、プレイヤーがつまずかないで遊びやすいように作れるんだから」
「は、はい」
カナは打ち合わせ中一切発言していなかったことを指摘されていると思って赤面した。
フォローするようにレイコが口を挟む。
「新卒だから、最初は議事録取るので一杯一杯なところがありますが、今後慣れてくれば会話に参加できるようになりますよ」
「そっか、新卒だったもんね。えーっと、カナちゃんだっけ?」
トモミがお茶をすすりながらカナに問いかけると、コナツが慌ててトモミの方を叩いた。
「他社の方をちゃん付けで呼ぶ人がありますか!」
「あ、言っけね。ごめんごめん」
トモミはコナツに叱られて、顔の前で手を合わせた。
カナは、その様子に表情を緩めた。
「大丈夫です。あの、質問よろしいでしょうか?」
「なんだい?」トモミが軽く応じる。
「最近、篠田さんが見えられてないのですが……、何かあったのでしょうか?」
「ミサキなら今頃、ヒーヒー言いながら絵を描いてるよ」
「ヒーヒー……、?」
トモミの擬音表現には首をかしげるが、とりあえずちゃんと働いていることを聞けて、カナはホッとした。
その様子を隣で見ていたレイコは、何かに気づいて、にんまりと悪そうな笑みを浮かべる。
「カナ~、篠田さんのこと考えてぼーっとしてたな~~」
「え、!? いえそんなことは――」
「隠すな隠すな~、心配ならちょっと見てきたら良いじゃん」
「ええっ!?」
「コナツさん、良いよね?」
レイコは、コナツに話を振る。
「そうですね…………。イラストの成果物は来週お持ちしようと思っておりましたので、それまでお待ちいただけますでしょうか? いま、進捗を確認しに来られても本人もプレッシャーになるかと思いますので……」
「チッ、残念」
舌打ちするレイコを、カナはジト目で睨んだ。
しかし、その次の週の定例でもミサキは姿を表さず、進捗が出てくることはなかった。
「別に乗り込んでどうこうするわけじゃないけど、ちょっと進捗を見に行ったほうが良さそうですね」
進捗報告を受けたレイコは、渋い顔でそう告げた。
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